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第三十六話「ロシア軍人との交流について」

ロシア観光

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 道中にあったホムトヴォ空港を更に北に進んだ車は、ユジノサハリンスクの中心地とも言えるユジュノ=サハリンスク駅前にあるパーキングに停車した。それから降りた一行は、カラシン案内の元、観光ツアーを開始した。

 まず最初に行ったのが、この土地の観光の定番中の定番と言える場所、ガガーリン記念文化公園であった。今は雪化粧が成されたそこは、この寒さの中でも多くの人々で賑わっていた。

「サハリンに来たらまずはここってくらいの場所だからな。ただの公園と言っちゃあそうだが、ここ一帯じゃ一番でかい公園なんだぜ?」

「へぇ……あ、遊具、というか遊園地みたいなのもありますね」

 カラシンの解説を聴きながら辺りを見渡していた比乃が、観覧車を見つけて「まるで遊園地みたいだ」と呟いた。

「ああ、ここにはローラーコースター、ティーカップ、射的、ゴーカート場とかの遊具があって、有料で楽しめる……って書いてあるな。どうする軍曹、ゴーカートで勝負でもするか?」

「いえ、僕もいい年ですから、遠慮しておきます」

 途中からパンフレットを見ながらの解説を始めた彼と、その横で相槌を打つ比乃から少し離れた所では、志度と心視が妙に良い手際で雪だるまを量産していた。あまりの手際の良さに、公園に遊びに来ていた子供達が集まってわいわい騒いでいる。

 そんなちびっこ達を見守りながら、カラシンは解説を続ける。

「春に来れば、満開の桜が見れたみたいだが、ちょっと来るのが早すぎたな……夜ならビールが飲める出店にビアホールもあったか、つくづくタイミングが悪いな。夜に来れれば軍曹達と一杯やりたかったんだが、残念だ」

「僕らは未成年なので、お酒飲めませんけどね」

「おっと、そういえばそうだった」

 言って「ははは」と笑う二人。そんな仲良さげな二人のやり取りを不機嫌そうに見ているエリツィナと、子供達を相手取って雪合戦を始めた志度と心視を止めに入って、両陣営から集中砲火を浴びせられているグレコフ達を見て、周囲の一般人達は妙な集団だなぁと、彼ら彼女らを遠巻きに眺めていたのだった。



 次に向かったのは、公園から北に向かった所にあるサハリン動物園だった。入り口でロシア語しか通じない係員から入場チケットを購入し、中に入る。そこは、日本では中々お目にかかれない動物達でいっぱいであった。

 特に、動物園など生まれて初めて来た志度と心視は大はしゃぎで、気になった動物の檻に向かっては、ロシア語で書かれた解説プレートをグレコフに英訳してもらいながら、次はあそこ、次はあっちへと彼を引っ張りまわした。

「ここはサハリン唯一の公設動物園だ。狼にヒグマ、エゾシカ。見所は絶滅寸前のアムールトラだって書いてあるな」

 完全にパンフレット頼りで解説をするカラシンに、遂にエリツィナが「解説書がないと何も言えんのかお前は」と突っ込みを入れた。しかしカラシンは気にした素振りも見せず、パンフレットから視線を外さない。

「しょうがねぇだろ、俺だってサハリンなんて田舎に来たの始めたなんだからよ」

「それにしてもだ、もう少し事前に調査をしておけばよかっただろう。日本人に舐められるぞ」

「こんなことでロシア軍が侮られてたら、ご近所の半島軍とか大陸の軍隊はどうなっちまうんだよ」

「あれと我がロシア軍を比較する時点で侮辱だろうが、そもそも貴様は――」

 それから、あーだーこーだと言い合いを始めた男女二人に、比乃は困惑しながらも仲裁に入ることにした。

「あの、お二人とも、自分たちが読めないパンフレットを英訳で解説してもらってるだけでも、十分ありがたいですから、そんな喧嘩しないでください……」

「喧嘩などしていないっ」

「そうそう、こいつがただ突っかかって来ただけだ」

 カラシンはともかく、エリツィナの方は完全に喧嘩腰だったが、比乃も流石にそこは指摘しなかった。

「折角の観光なんですし、お二人も初めて来たんでしたら一緒に楽しみましょうよ、ね?」

 二人の間に割って入って比乃が困り顔で見上げる。自分達より二回りは年下の少年に諭されては、大人としては引き退るしかない。ここで言い返したり、剰え怒鳴るようでは、大人失格である。

「そうだな、悪かった軍曹、エリツィナもな。チームなんだから仲良くしようぜ」

 ほれ、と仲直りの握手を求めてカラシンが右手を差し出したが、エリツィナはそれを無視してさっさと歩き始めてしまう。

「おいおい、どこ行くんだよ。そっちは出口だぞ」

「……こんな獣臭い所にいられるか。私は先に外で待っている」

「おいおい」

 そう言ったきり、彼が声をかけても振り向きもせず、彼女は出口の方へと歩き去ってしまった。カラシンは右手でそのまま後頭部をがりがり掻くと、ロシア語で一言、小さく罵声を漏らした。同僚の態度に、流石に気分を悪くしたらしい。

「……悪いな軍曹」

「いえ、僕は大丈夫です。エリツィナ中尉は、こう、気難しい方ですね」

「まったくだぜ……エリツィナの奴め、後で少佐にチクってやる……奴さんは放っといて、もう少し奥の方も見てこようぜ軍曹。というか、グレコフ達がどっか行っちまったから探さないといけないしな」

 そう言って歩き始めたカラシンの背と、エリツィナが去って行った方向を見比べた比乃は、逡巡してから、カラシンの方へと駆け寄った。

「あの二人、テンションが上がるとすぐ迷子になるんですよ。グレコフ少尉には付き合わせてしまって申し訳ないです」

「なぁに、それもあいつの仕事の内さ。それにあいつ、あんななりで子供好きだしな」

 そう笑いながら話す彼に、笑顔で相槌を打ちながらも、比乃の心中では、エリツィナ中尉のことが棘の様に引っ掛かっていたのだった。

 自分達、というよりも、自分の何が、彼女をあそこまで苛立たせているのだろうか。交流の場を設けられても、相手があの態度では、打ち解けようがない。さて、困った……そんな比乃の心中を察したのか、グレコフの失敗談について語っていたカラシンが、薄ら笑いを浮かべた。

「心配するなよ軍曹。エリツィナなら、次に行く場所で少しは機嫌も良くなるはずだから、そこで交友を深めればいい。俺達としても、あんまり隊員個人の事情で日露関係を悪化させるわけにもいかないからな」

 そう言う彼の言葉に、比乃はなるほどと頷いてから、はてと首を傾げる。

「いったいどこに行くんです?」

 あの気難しそうな彼女が機嫌を良くする場所とはどこだろうか、比乃が疑問符を浮かべると、カラシンはパンフレットを捲って、目当てのページを開いたそれを比乃の顔の前に突き出した。
 ロシア語で書かれているパンフレットでも、辛うじて写真に写った建物の様相から、それが何の施設か、比乃にも察せられた。

「サハリン州立美術館。あいつ、ああ見えてこういうの大好きなんだぜ?」
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