上 下
254 / 344
第三十五話「極寒の地での任務について」

猛犬の使命

しおりを挟む
 グレコフの乗るペーチルは、戦闘区域を俯瞰して、主戦場となっている中央を迂回し、遠回りするように、潜伏しながら移動していた。今、エリツィナの指示を受け、相手の狙撃手が射撃位置としているポイントへと急行している最中だった。

 本来であれば、自分が相手前衛の側面を突き、相手が連携を乱した所を一気に攻め立てて倒すというのが、事前に打ち合わせた作戦であった。だが、今はそれに固執している訳にはいかない状況だ。

 エリツィナが釘付けにされ、カラシンは追い回され、自分は迂回していた為に、どちらの援護にも駆け付けられない。全員が分断されてしまい、チームでどうこうよりも、個人技量でどうにかしなければならなくなってしまっていた。

(しかし……)

 何故、あの狙撃手――情報によれば浅野 心視という少女は、エリツィナ中尉の機体にとどめを刺さなかったのだろうか。物静かでどこか不思議な雰囲気を纏っているとは思っていたが、その真意は悟れそうにない。

 疑問を浮かべていたグレコフだったが、これ以上、その少女の好きにさせて、味方を不利にさせるわけにはいかない。今は考えるよりも行動である。

 そして、彼のペーチルが二度目の跳躍を行った時。警報が鳴った。

(狙われた!)

 AIが三時方向からの照準を察知し、搭乗者に警告した。と同時に、グレコフは機体を操作していた。四肢を振って強引に身を捻り、空中で半スピンするように機体を動かす。すると、正確に胴体へと飛んで来ていた弾丸が装甲を掠めて行った。

 今回、ロシア側で演習に参加している中では一番若く、一番経験が劣るのがグレコフ少尉だったが、一番身のこなしが軽いのも彼であった。生身での身のこなしは、AMWにおいても有効に働くことを証明して見せた形となった。

「っし!」

 上手くいった、と内心でガッツポーズを決めながらも、次弾への警戒を怠らず、着地と共に木々を盾にするように身を低くして、発見されないように移動を開始する。

 また接近を急いで跳躍でもしたら、次こそ直撃をもらう事は明白であった。相手に射撃のチャンスを与えない事こそが、最大の狙撃対策である。グレコフはその基本に忠実に従って、狙撃手との距離を詰め始めた。



「……外した?」

 低い山、というよりは丘と言った方が適切とも言えるその天辺に陣取っていたTkー7の中、心視は首を傾げていた。

 確かに今のショットは直撃コースだったはずだが、相手が空中で妙な動きをしたと思うと、射撃が外れていたのだ。
 実のところ、彼女の狙いが悪かった訳ではなく。あまりにも正確にコクピット、つまりは胴体ど真ん中を狙ったので、相手が軸をずらしただけで回避されてしまったのだ。心視はそこまで考えなかった。今は見失った獲物を再補足することが大事だ。そこへ、

『ちょっと心視、さっきのどうして直撃じゃなくて武器狙ったの!  相手が明らかに怒ってるんだけど!』

 という、比乃からの苦情が入った。後ろから武器と武器がぶつかる激しい音が鳴っているので、絶賛交戦中らしいが、それでもこちらへ一言入れる余裕があるとは、流石は比乃だ。と、心視は変な所で関心しながら「はてな?」と考える。

 彼女としては、模擬戦がそんなに呆気なく終わらせてしまっては、訓練にならないだろうという気遣いと、比乃が割と楽しんでいるのを邪魔するのも悪いという、彼女なりの思い遣りからの行動だったのだが……それがどうも裏目に出たらしい。

「……んー?」

 何故怒られているのかわからない心視は、とりあえず答えた。

「……そっちの方が、面白そうだったから?」

『よーし後で二人きりでお話しようね』

 比乃が平坦な声でそう告げて、通信は切れた。二人きりで話とはなんだろうか、少し期待してしまう、ドキドキもしてしまう、嬉しい――などと頰を赤らめて考えながら、片手間で心視は先程仕留め損ねた黒いペーチルを探す。

 しかし、深く生い茂った森林の中に巧妙に隠れた相手は、中々見つからない。目視での発見は困難を極めた。目視での捕捉を諦め、センサーの出力を上げて探査しようとした。その時、

 《敵機補足 三時方向 距離四百》

(近い……!)

 センサー感度を上げるまでもなく、相手はすぐそこまで迫って来ていた。心視が咄嗟にAIが報告した方向へ向けて大筒を向ける。その射線を飛び越えるように、黒いペーチルが跳躍して来た。

 相手はすでに射撃姿勢を整えている、心視は素早く判断した。反撃を諦め、回避に徹する。Tkー7が大筒を抱えるようにして後方へ飛んだ後に、地面にピンクの塗料がぶちまけられた。

 着地と同時に大筒を構え直そうとするが、それよりも追い掛けてくる相手の射撃の方が早い。構えるよりも先に機体を右へ左へ走らせて、演習弾のシャワーから逃げ回る。

「……嫌らしい、相手」

 こちらに射撃チャンスを与えず、距離を離さないことを優先した動き。狙撃手の対処法が判っている、実に嫌な動き方をする相手だった。

(……だったら)

 だが、心視はただの狙撃屋ではなかった。
 相手がマガジンを素早く交換し、再度構えたところで、行動に出た。



 弾が尽きたライフルに新しい弾薬を装填しながら、グレコフは呟いた。

「よし、抑え込めてる」

 自惚れでも侮りでもなく、事実としてそれが出来ていることを実感していた。このまま、相手を封殺して、中尉たちの援護に向かう、それで形成は逆転する。

 あの少女には悪いが、これで終わりだ――遂に大型ライフルを片手に持って立ち尽くした相手に銃口を向けて、トリガーにかけた指に力を込めた。対するTkー7は次の瞬間、グレコフが予想もしなかった行動に出た。持っていた大型ライフルを振り被って、こちらに投げつけてきたのだ。

「なっ?!」

 突然の行動にグレコフは反応できない。指は既にトリガーを引き絞っている。ペイント弾の雨が回転しながら宙を舞うライフルをピンク色に染め上げる。それを盾にして一瞬の猶予を得たTkー7が、その後ろから飛び掛かって来ていた。

 その両手には、小振りなナイフを一本ずつ握っている。

「ここに来て接近戦?」

 ライフルを捨ててまでか――驚きながらも冷静に考える。マークスマンが自衛のためにある程度の近接戦闘技能を持っているのは当然のことだが、それはあくまで自衛レベルのことである。本職の前衛に敵うはずがない。

 そして、自分はその本職の前衛である。

「っ舐めるな!」

 思わず叫んで、グレコフはライフルを腰に引いて大型ナイフを引き抜いた。そして腰だめに構えたライフルを乱射しながら、飛んでくるTkー7に斬りかからんと前進する。

 対するTkー7は、腰のスラスターを瞬かせて一直線に向かって来た。腰だめ撃ちの牽制射など屁でもないと言わんばかりに、被弾など全く恐れていないように、真っ直ぐ来た。

「……!」

 急加速で迫った相手に、しかしグレコフは反応してみせた。相手はスラスターを偏向させて、途中で横回転するようになった。その横薙ぎの二連撃を、辛うじて弾く。

 だが、相手は止まらなかった。そのまま独楽のように回転するTkー7が、勢いを殺さず回転二連蹴りを放って来たのだ。

「なぁ……?!」

 相手の三半規管はどうなっているのか、一発目がナイフを握ったペーチルの太い腕を弾き飛ばし、二発目がそれでも反射的に防御しようとしたもう片腕をライフルごと弾き飛ばした。両腕が上に上がって、更に言えば仰け反ってもはや抗いようがない胴体へ目掛けて、本命の突きが来た。

 スラスターを無理に稼働させ直進運動に乗った細身の機体が、自分の懐へ目掛けて飛び込んで来る。

 決して相手を侮っていたわけではなかった。それでも、狙撃手がここまでの格闘技能を持っていることは、想像できていなかった。
 その想像できなったが為に、一瞬で詰みへと持っていかれたグレコフは、自分の不甲斐なさに顔を歪めた。

「――申し訳ありません、中尉!」

 次の瞬間、二本のナイフによってペーチルの黒い胴体に二本線が描かれた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

装甲列車、異世界へ ―陸上自衛隊〝建設隊〟 異界の軌道を行く旅路―

EPIC
ファンタジー
建設隊――陸上自衛隊にて編制運用される、鉄道運用部隊。 そしてその世界の陸上自衛隊 建設隊は、旧式ながらも装甲列車を保有運用していた。 そんな建設隊は、何の因果か巡り合わせか――異世界の地を新たな任務作戦先とすることになる―― 陸上自衛隊が装甲列車で異世界を旅する作戦記録――開始。 注意)「どんと来い超常現象」な方針で、自衛隊側も超技術の恩恵を受けてたり、めっちゃ強い隊員の人とか出てきます。まじめな現代軍隊inファンタジーを期待すると盛大に肩透かしを食らいます。ハジケる覚悟をしろ。 ・「異世界を――装甲列車で冒険したいですッ!」、そんな欲望のままに開始した作品です。 ・現実的な多々の問題点とかぶん投げて、勢いと雰囲気で乗り切ります。 ・作者は鉄道関係に関しては完全な素人です。 ・自衛隊の名称をお借りしていますが、装甲列車が出てくる時点で現実とは異なる組織です。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第三章フェレスト王国エルフ編

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する

高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。 手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

スライムすら倒せない底辺冒険者の俺、レベルアップしてハーレムを築く(予定)〜ユニークスキル[レベルアップ]を手に入れた俺は最弱魔法で無双する

カツラノエース
ファンタジー
ろくでもない人生を送っていた俺、海乃 哲也は、 23歳にして交通事故で死に、異世界転生をする。 急に異世界に飛ばされた俺、もちろん金は無い。何とか超初級クエストで金を集め武器を買ったが、俺に戦いの才能は無かったらしく、スライムすら倒せずに返り討ちにあってしまう。 完全に戦うということを諦めた俺は危険の無い薬草集めで、何とか金を稼ぎ、ひもじい思いをしながらも生き繋いでいた。 そんな日々を過ごしていると、突然ユニークスキル[レベルアップ]とやらを獲得する。 最初はこの胡散臭過ぎるユニークスキルを疑ったが、薬草集めでレベルが2に上がった俺は、好奇心に負け、ダメ元で再びスライムと戦う。 すると、前までは歯が立たなかったスライムをすんなり倒せてしまう。 どうやら本当にレベルアップしている模様。 「ちょっと待てよ?これなら最強になれるんじゃね?」 最弱魔法しか使う事の出来ない底辺冒険者である俺が、レベルアップで高みを目指す物語。 他サイトにも掲載しています。

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

処理中です...