自衛隊のロボット乗りは大変です。～頑張れ若年陸曹～

第三十五話「極寒の地での任務について」

狂犬の作法

　一度は距離を詰められたカラシンの操る黒いペーチルだったが、巧みな回避運動と牽制射撃を混ぜ合わせて、どうにか再び距離を離すことに成功していた。

　そして、眼前の相手に手に持ったライフルの三点射を立て続けに発砲する。だが、相手はその射撃の間と間を縫うように、左右に機体を振りながら距離を詰めて来ていた。

　典型的な、それも厄介なタイプのインファイターだ。カラシンは相手の挙動、戦い方から、そう確信を持って判断した。素の運動性能だけでも十分に厄介だが、それよりも、

「というか反則だろ腰のそれ！」

　言いながら、距離を詰め切らせないよう後方へ後方へと、小ジャンプを繰り返しながら射撃を続ける。
　しかし、相手のTkー7は“腰のそれ”であるフォトンスラスターを小刻みに吹かし、AMWとしては無茶苦茶にも見える直角機動を繰り返しながら接近してくる。

　事前の情報によれば、それに乗っているのは、白間とか言う名前通りの白髪赤目のわんぱくそうな子供のはずである。

　できれば、借りを返す意味でも日比野の相手がしたかったが、そっちは同僚のエリツィナの方へと行ってしまった。まさか目の前の相手を無視してそちらに向かうわけにも行かないので、今は眼前のTkー7の相手に集中する。

「ちょろちょろ良く動き回るなぁおい！」

　接近してくるにしても、単純な突進でないだけ質が悪い。というか、あれだけの急制動を繰り返して中のパイロットは平気なのか、そんな疑問がカラシンの脳裏を過ぎる。しかし、そんな疑問とは裏腹に、相手はまた直角に、連続で方向転換をして射撃を避けた。

　そして、その挙動の中で手に持っている大型の拳銃をこちらに向けて、数発撃って来た。だが、その弾丸はペーチルの黒い装甲を汚すことなく、右へ左へ逸れて行く。

「射撃は下手か！」

　本当にインファイト特化のパイロットらしい。それとも、こちらの動きを制限するための牽制射撃のつもりだったのか……カラシンは相手の意図を掴みかねたが、それでも、口元には笑みが浮かんでいた。

　あの機動力で射撃精度まで高かったら、こちらの勝ち目は薄かったが、そこまでの猛者ではなかったらしい。もっとも、そんなパイロットが自衛隊ごときにいるのかどうかも疑問だが。

　そうしている間に、弾が尽きたライフルからマガジンが落ちた。ペーチルは跳躍しながら素早くリロードして、更に後退しながら射撃を加えようとした所で、相手の挙動が変わった。

　Tkー7の腰のスラスターが、上から見て八の字になるように偏向させていた。直線で一気に距離を詰めるつもりか、それならば対処は容易い。

（焦れたか早まったか、もらったな）

　カラシンがライフルを真正面、姿勢を低くした相手に向けて、今度はフルバーストで弾丸をばら撒いた。果たして、その弾幕を前にしたTkー7がピンク色に染め上がるかと思われた。しかし、そうはならなかった。Tk-7は前進しながらも、僅かに右に軌道をずらして、その弾幕から逃れて見せたのだ。

「はぁ？！」

　見れば、相手は八の字に開いたスラスターの左側だけを吹かして、最小限の移動距離でこちらの射撃を避けていた。慌てて逃げた方、逆方向へと照準を向けるが、改めて発砲するよりも早く、Tkー7が今度は左側へと軌道を変える。

　二本で一組のスラスターは、片側だけの推進では移動距離を大きく稼ぐことはできない。それでも、大出力と軽量化が過ぎる機体が合わされば、横方向へスライドさせることは充分に可能なのだ。Tkー7の軽量さ故にできる芸当であった。

「おいおいおいおい！」

　最小限の動きで攻撃をかわすなど、相当な技量と経験がないとできない。それを、あの子供にしか見えないパイロットは身につけているというのか。

　カラシンは、驚きと、何故か込み上げて来た嬉しさから思わず笑い声をあげた。そして、次の相手の動きを予期して、ペーチルの左腕を腰のウェポンラックに伸ばした。

　次の瞬間。Tkー7が来た。左右に開いたスラスターの両方が瞬いて、急加速で突っ込んでくる。この速度から逃れられる運動性を持つAMWなど存在しない――遂に追いつかれた。

　予感が的中したことにまた笑い声をあげて、腰から大型ナイフを引き抜いて、その突進を受けた。

　相手のナイフは拳を振るうように右ストレートで飛んでくる。それをカラシンは左からの袈裟斬りで迎撃する。あわよくば手首を叩き斬ってやろうと振るったそれと、相手の刀身が激突した。

　突進の勢いが乗ったそれに僅かに押し負けそうになる。が、四肢の持つ膂力はこちらの方が上で、それらが相乗した結果、押し合いは互角となった。

　押し合いの均衡によって一瞬静止する両者、先に動いたのは黒いペーチルだった。
　相手との力比べを続けたまま、右手のライフルを至近距離で向けた。

「獲ったぁ！」

　歓喜と共に叫んで、発砲。塗料を含んだ弾丸が相手の胴体を染め上げるとカラシンは確信していた。
　しかし、その確信は外れた。ライフルを向けられた段階で、Tkー7は腰のスラスターを真下に向けており、射撃されると同時にフォトン粒子を噴射していたのだ。

　結果、相手に押し付けていたナイフを支点にして、Tkー7は逆立ちするようになって接射をかわした。

「ほんっとによぉ！」

　本当に、面白い動きを見せてくれる。関心とも感嘆とも取れる表情を浮かべたカラシンを、次の瞬間、打撃による衝撃が襲った。
　振り上がった下半身を、そのまま重力に任せて振り子のように戻し、半回転したTkー7がその勢いを殺さず蹴りを放ったのだ。

「がっ！」

　ペーチルの胴体を強打され、思わず声が漏れる。それほどの衝撃だった。揺れる視界の中、反射的に機体バイタルを確認する。正面装甲に僅かな歪みが発生したが、今の打撃による撃破判定は成されていなかった。

　模擬戦のシステム上、打撃攻撃も装甲が受けた衝撃などを計算して有効、無効が判定されるが、ペーチルの強固な装甲に対しては、今の蹴りは無効扱いになったのだ。

　カラシンは一瞬安堵してから、頰を歪めてなお笑う。戦っていてこんなに面白い相手は、ここ数年いなかった。久しぶりの楽しい戦いが、この程度で終わってしまうのは非常に惜しい。

　この男、カラシンは、闘争の中に楽しみを求める人種だった。今はそれを咎める上官もいない。彼は全力で楽しむことにした。

「もっとだ、もっと楽しもうぜぇ！」

　嬌声をあげながら、カラシンの黒いペーチルが右手にライフル、左手に大型ナイフを構えて、再度突進してくるTkー7に立ち向かった。