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第三十五話「極寒の地での任務について」

日露戦、開始

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 お互いの準備が終わり、初期位置に付いた比乃、志度、心視が乗ったTkー7改二は、演習開始のカウントダウンを待っていた。それまでの間に、三人は演習中の段取りについて話し合っていた。

「フォーメーションはパターン四、だけど状況に合わせて臨機応変に行こう」

『つまりいつも通りってことだな!』

『わかった……』

 パターン四。前衛二の後衛一に人員を配置し、後はその時に合わせて柔軟に対応する。言わばアドリブ全開のフォーメーションであるが、これがこの三人の普段の戦い方であった。

「地形的には日本の山岳地帯と似たような物だから、地の利での不利はそこまででもないと思う。けど、相手が相手だからね」

 今回の相手は泣く子も黙るロシア軍の、その精鋭部隊であるスペツナズである。しかも、相手の機体は三.五世代と呼べる本国仕様のペーチル。
 自分たちの乗るTkー7改二も三.五世代と呼べる機体であったが、それでも、油断できる要素は一切ない。

「模擬戦とは言え、気を引き締めて行こう」

『了解!』

『了解……』

 それぞれ短筒と大筒を腰のウェポンラックから引き抜いた三機が、搭乗者の意気込みを表すように、己の得物を構えた。



 同じ頃、漆黒の塗装が成された、ペーチルSを細身にしたようなシルエットの機体の中で、エリツィナはカラシンとグレコフにフォーメーションを告げていた。

「――以上。各員、相手は平和ボケした国の軍隊だが、そんな中でも一応は精鋭と呼ばれる部隊だ。気を抜くなよ」

『りょーかいりょーかい』

『了解しました。エリツィナ中尉』

 臨時の指揮官となっているエリツィナが凛とした声で告げると、同僚と後輩がそれぞれ答えた。

「カラシン中尉、貴様やる気はあるのか?」

 彼女が語気を強めて言うが、カラシンはそれでもおちゃらけた様子を崩さない。

『あるよ、あるある。俺だってあいつらには借りがあるんだから、それを返すつもりでやらせて頂きますよって』

『カラシン中尉は相変わらずですね……』

『グレコフこそ、手心とか加えるんじゃねぇぞ?  後で少佐とエリツィナが煩いからな』

『そ、そんなことしませんよ!  むしろ胸を借りるつもりで挑みます!』

『その言い草からはやる気は感じられても勝つぞって気概は感じられねぇな……』

「二人ともいい加減にしろ……各機、マガジンをチェックしろ」

 指示しながら、エリツィナも自身のペーチルの使用弾薬を確認する。間違いなく、演習用のペイント弾が搭載されたマガジンだった。“予備”のマガジンは、ラックの一番奥に装着されている。故意的に選ばなければ、間違えて使用するようなこともないだろう。

(そう、故意的に……)

 これを必要とする状況、それを想定するのは容易かった。つまり、今回の相手、自衛隊の一団を武力を持って確保しなければならなくなった時の為だ。
 そのような事、今の政治情勢を考えればありえないはずなのだが、事実として、上からの指示でその用意がされていた。つまりは、そういう事だ。

(もし、そうなったとしても)

 任務は任務だ。相手に借りがあったとしても、その指示があれば確実に遂行してみせる。
 エリツィナが決意を固めたのと同時に、アバルキンの声でカウントダウンが始まった。



 カウントダウン終了と同時に、Tkー7三機は動き出した。心視機は後方、見晴らしの良い山頂部分を目指し、比乃と志度は木々を縫うように、接敵に備えつつ前進した。数百メートル程進んだ所で、センサーに感を取ったAIが報告した。

 《一時方向 距離五百 AMW ペーチルと断定》

「近いなっ」

 比乃がそれに反応したと同時に、機体を横に転がす。今まさに居たそこを、ピンクの塗料が花を咲かせた。木々が深く生い茂る中での正確な狙撃。

 やるな――比乃が感嘆しつつ機体を跳躍させる。森林を上から俯瞰するように素早く観測すると、二機の黒いペーチルが見えた。相手もこちらを発見し、銃口を向けようとする。

 それよりも数瞬早く、Tkー7の腰についたスラスターが横方向を向いて瞬いた。弾幕の散布界から抜けるように、右へと直角に曲がった機体が舞う。次に腕部から射出され、地面に突き刺さったアンカーに引っ張られるように真下へと軌道を変えた。既存の陸戦兵器よりは、戦闘ヘリに近い動きだ。

 相手はその奇怪な動きについて来れていない。再び森林へと身を隠した比乃が、ジグザグに回避運動を取りながら更に突き進む。

「ペーチル二機、多分前衛、一機は所在不明」

『了解!  片方任せた!』

「後方からの支援射撃にだけ留意して、心視、索敵よろしく」

『了解……』

 指示しながら駆ける比乃の視界が急に広くなった。木々が途切れた小さい広場になっている。そこへ、丁度相手のペーチルも出てきた所だった。
 判断は一瞬、右手で短筒を保持したまま、左手でナイフを引き抜く。相手の判断も早い、すかさず大型のナイフを振り抜いて合わせてくる。

 咄嗟のインファイト。Tkー7の左からの横薙ぎを、ペーチルはナイフの腹で受け止め、そのまま横に放るように受け流す。
 流されたTkー7が地面に一瞬足をつけ、スラスターを瞬かせて急加速――着地に合わせてライフルを照準しようとしていたペーチル目掛けて再度突っ込んだ。

 今度こそ捉えた。そう比乃が思ったその時、相手のペーチルは驚くべき行動に出た。構えていたライフルを、素早いスナップでこちらに放り投げて来たのだ。

 突然の障害物に、比乃は思わず機体を横に捻って回避運動を取る。そこに、相手のペーチルが大型ナイフを腰だめに構えて突っ込んで来た。

 その身体ごと押し込むような刺突に対し、比乃は瞬時に反応して見せる。右手の短筒を相手のナイフに押し付けるように前に出したのだ。

 短筒の表面にピンクの塗料がこびり付き、判定システムによって損傷、使用不可と認定された。ただの鉄の塊となったそれを支点にしてTkー7がスラスターと膂力を使って相手の真上へ向けて飛び上がる。

 一瞬の攻防が終わる。刺突をいなされたと認識した瞬間に素早く前転して、先程放り投げたライフルを拾い上げたペーチルと、使えなくなった拳銃を放り捨てて、腰からもう一本のナイフを取り出したTkー7が相対した。

「そこら辺のテロリストなんて比べ物にならないね、これは」

 そう言いながらも、比乃の口元には、楽しげな笑みが浮かんでいた。
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