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第三十四話「それぞれの思惑と動向について」

北国の軍人

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 秋も過ぎようという時期、ロシアにとっては、一番過ごし難い季節の変わり目。外ではすでに雪が積もり、路面は真っ白になっている。今もなお、雪はしんしんと降り続いていた。

 そんな中、行政機関の中でも特別暖房が効いているとある施設の一室で、執務用の椅子に腰かけた全体的に線の薄い印象を受ける男が、部下らしき人物の報告を静かに聞いていた。その胸には、この人物が大佐であることを示す飾りが施されている。

「──以上です」

「……結構、防空網も完璧に機能しているようで、私としても嬉しい限りだ。しかし、OFMどもは何がしたいんだか」

 部下の報告を聞いて、大佐はそう満足気に頷いてから、次に怪訝そうな顔をして葉巻に火をつけ始める。一息吸って、美味そうに煙を吐き出す。部下は少し煙たそうな顔をしたが、それも一瞬の事で、上司に見咎められる前に真顔に戻っていた。

「一度目か、二度目の攻撃で、こちらの防衛線の強固さは身に染みただろうに、それでもなお攻撃を仕掛けてくる……君はどう思う、ミラナ・エリツィナ中尉」

 問われた部下──背が高く、すらりとした印象を受ける体付きに、鋭い目付きが印象的な金のロングヘアの女性士官は、整った顔立ちを真顔のままに、その問いに答える。

「何か、大掛かりな作戦のための陽動か、あるいは……」

「あるいは?」

「……相手の指揮官が、損得勘定も出来ない、頭の中がお花畑のおめでたい人物であるかと」

 彼女が真顔のまま放った言葉に、大佐は一瞬ぽかんとしてから、愉快そうに笑い声を上げた。

「お花畑か!  はっはっは、そりゃいい!  中尉のそれが当たっているならば、相手は態々OFM鹵獲のチャンスをこちらに与えてくれるお人好しということになるな」

 片手で膝を叩いて愉快そうに笑う、しかし目元だけは笑っていない上官を前に、彼女はにこりともせずに黙って上司が落ち着くのを待った。ひとしきり笑った大佐は、真面目な顔になって「しかしな」と葉巻をもう一度吸い、

「そこまで都合の良い予想が当たるとは限らない。現実としては前者……そして、奴らが何か企てていて、その為に、こちらの防衛戦力を調べようとしている、と言った所だろう」

 煙を吐き出しながら言って「ところで話は変わるが」と大佐は切り出した。

「この度、君に待機以外の指示が出されることになった。詳細はこれだ」

 執務机の引き出しから書類を一枚取り出し、中尉に手渡すと、その場で読むように視線で促した。促されるまま、そこに記された内容に静かに目を通していた彼女の表情が、ここに来て初めて、薄っすらと驚愕の色を見せた。

 その顔を見て、意地悪そうな笑みを浮かべた大佐は、返された書類を受け取ると、それを机の脇に置いてあったシュレッダーにかけてしまった。即座に処理しなければならない程に機密度が高いその内容に、中尉は少し戸惑った様子を見せた。

「何故、これを今、私に?  まさか個人で作戦に参加しろと?」

「いや、君の隊長には別ルートですでに指示が行っている。部隊単位で任務に当たってもらう。何、君の可憐だが抑揚のない顔が驚きに変わる所が見たくてな……冗談だ。物のついでに教えておこうと思っただけだ。君の口の硬さはよく解っているつもりだからな」

 少し睨むような目付きがきつくなった彼女に、大佐は「そう睨むな、美人が台無しだぞ」とまた冗談っぽく言って、半端な長さになった葉巻を灰皿に置いた。どこか、戸惑っている彼女を見て楽しんでいるように感じられる態度であった。

「本件は特に機密が高い任務だ。解っているとは思うが、口外は厳禁だ。この事を認知しているのは上層部と私、そして当事者である君たちのみだからな」

 先程とは打って変わって、真面目なトーンでそう告げる上官に、中尉は戸惑いの感情を捨てて、いつもの真顔になった。如何に奇怪な指示であっても、上からの指示に従うのが軍人としての務めである。
 生真面目な彼女は、その考えに従い、余計なことを考えるのを辞めた。が、しかし、どうしても気になる事があった。任務を確実に遂行するためにも、疑問は一つでも少ない方が良い。

「……了解しました。ですが、一つだけお聞かせください」

「君が質問とは珍しい。構わんよ、言いたまえ」

 椅子の背もたれをぎしりと鳴らして、机の上で指を組んだ大佐に、中尉は疑問を投げ掛けた。

「どのような手段を使って、このような無茶な作戦を実現可能にしたのですか?  政治的にも軍事的にも、かなりリスクが高い作戦であると感じられます」

「……聞きたいかね?」

「大佐が宜しければ、是非」

 問われた男は、執務机の引き出しを開くと、そこから一枚の写真を取り出し、懐かしむような表情になった。その目元は、冗談を言っていた時でも笑っていなかった先ほどまでとは違う、軍人らしくない優しい表情にさえ見えた。

 中尉が知る限り、この上官がそのような顔を見せるのは、部下になって以来、初めてのことだった。大佐は写真を見つめながら、静かな口調で言った。

「……我が上層部にも顔が効く、古い友人がいてな、その伝手を頼っただけだ。奴がいなければ、こんな無茶な作戦など、実現せんよ」

 その古ぼけた写真には、若かりし頃の大佐らしき青年と、ちょび髭と七三分けが目立つ、同年代に見える青年が、笑顔を浮かべて肩を組んでいる所が写っていた。

「それに対OFM戦闘の経験に富んだ彼らは、多少のリスクがあってでも、利用する価値がある。君たちとも所縁がある部隊であるしな、日本での借りは返したいだろう。せっかくの機会なのだから、存分に力を振るいたまえ……他に質問はないな?」

 中尉の無言を肯定と受け取った大佐は「以上だ。待機に戻れ」と短く告げて、目の前の部下から興味を失ったかのように、机の上に広がっていた書類の処理に取り掛かった。彼女は敬礼してから、少し足早に、執務室から退室する。

 執務室とは違って暖房が効いていない、薄ら寒さを感じる廊下を歩く彼女の胸奥は、まだ疑問を浮かべていた。

(我が政府と個人で関係を持つ男……いったい何者なんだ?)

 それは今回の作戦には直接関係のない事柄であったが、どうしてもその事が気掛かりであった。だが、その疑問の答えは、いくら考えても推測の域を出ないのだった。 
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