上 下
240 / 344
第三十四話「それぞれの思惑と動向について」

海底を往く者たち

しおりを挟む
 マリアナ諸島近海。アメリカ海軍が陣取っているその海の深く深くを、悠々と進む一つの艦影があった。全体的に丸っこい、鯨のような巨大なフォルムに、翼のような操舵翼が左右に三枚ずつ生えている。まるで大型の宇宙生物のような見た目をした、真っ白な潜水艦であった。

 その艦内でも特にだだっ広い“OFM格納庫”で、竹刀を握った少年、白鴎が、息を荒げて硬い床に転がっていた。

「どうした白鴎、そんなんじゃ例の自衛隊にリベンジなんて、遠くて遠くて話にならんぞ」

 彼にそう言うのは、セミショートの髪をした背の高い女性だった。竹刀を肩に担いで、汗一つかいていない。強者としての余裕が感じられる人物だった。

「し、師匠……容赦なさすぎ……」

「阿保ぅ、弟子を扱くのに手加減する師匠が何処にいる。さぁ、もう一本やるぞ」

 言って、竹刀をぶんっと振った師匠に、白鴎は悪態を吐きながら立ち上がり、構えた。息は上がっているが、構え自体にぶれは無く、見た目はしっかりとした物であった。しかし、

「……しっ!」

「甘ぁい!」

 そこから放った縦一閃は、師匠の一喝と共に、手元をどう動かしたのか、白鴎の竹刀は切っ先を奇妙な動きで絡め取られた。そのまま、真上へと弾き飛ばされる。
 自身の手元から得物が無くなった事に気付いた白鴎が「あっ」と声を上げている間に、打ち上がった竹刀はくるくると回転して、

「あいたぁっ?!」

 持ち主の頭頂部に直撃した。思わず頭を抑える彼に、師匠は竹刀の切っ先を突き付ける。そして容赦なく告げた。

「集中力が足りん、鍛錬も足りん、足りない事尽くしだな、白鴎。そんな様子では、いつか戦場で死ぬぞ」

「仰る通りで……」

 散々な言われようにしょげる彼に、師匠は「この程度で落ち込むな、情けない」と溜息を吐いた。

「今日の訓練はここまでだ。これが私の姉弟子だったら、怪我の一つでもしていたところだぞ」

「師匠の姉弟子さんですか……どんな人なんです?」

 どんな人、と聞かれて、師匠は少し言い澱んだ。そして、考えるようにしてから言った。

「化け物、だな。今はもう焼けて無くなってしまったが、以前居た道場では、手合わせをする度に、良く吹っ飛ばされた。五回勝負して、一回いい勝負が出来れば良い方という人だった」

「そ、そんな恐ろしい人がいるんですね……」

「ああ、敵には回したくない人で、超えたいと願ってしかたのない人だ。今はどこで何をしているのやら……さ、無駄話は終わりだ。さっさとシャワーでも浴びて来い。休憩も鍛錬の内だ」

「はい、じゃあお先に失礼します。師匠」

 そう言って、竹刀を持ち直して格納庫の出口へと向かう弟子を見送る。師匠、彼女は、どこか遠くを見るようになって呟いた。

「本当に、今頃何をしているのやら……姐さん」


 シャワールームから出て、タオルを首に下げて歩いていた白鴎は、通路で二人の少女に絡まれた。長い栗色の髪を一纏めにした、気の強そうな少女と、ショートヘアの活発そうな印象を受ける少女。白鴎と同じOFMパイロットの、アリサと真木であった。

 二人は直属の上司である川口と共に、つい最近まで東南アジアの方へと出張っていたのだが、今回、本部からの招集を受けてこの潜水艦「ジュエリーボックス」へと戻ってきたのだった。

「白鴎あんた、例の刀持った自衛隊機と会ったんでしょ?  詳しく聞かせなさいよ」

「ごめんね白鴎君、アリサ、一度言い出したら聞かないからさ。ちょっとでいいから付き合ってあげてくれない?」

 端整な顔を迫らせて凄んでくるアリサと、申し訳なさそうに顔の前で手を合わせる真木に、白鴎は苦笑した。

「それじゃあ、食堂で話しようぜ。通路で話してると邪魔になるし」

 そう言って、二人を連れて艦内食堂へと足を運んだ。今は昼前で人も疎らな食堂で、彼はハワイで遭遇した自衛隊について話をした。話をしたと言っても、彼が直接相手をしたのは、件の刀を持った機体ではなく、白い新型機だった。刀を持った敵機の相手をしていたのは、その時一緒に居た隊長である。そのことを告げると、アリサは「なーんだ」と拍子抜けしたような声を出した。

「その新型に例の侍女が乗ってるかもと思ったけど、聞いた限りだと違うっぽいわね。それじゃあ隊長に話を聞いた方が早いかしら」

「その方がいいと思う。けど、そんな話聞いてどうするんだよ」

「勿論、リベンジするのよ。スピネルの手足もやっと復元終わったし、真木のアイオライトと一緒に今度こそぼっこぼこにしてやるんだから……去年の借り、きっちり返してやる」

 言って「くっくっくっ」と薄ら暗い笑みを浮かべる彼女と対照的に、真木の方はあまり乗り気ではなさそうだった。

「私はもう戦いたくないかなぁ……去年出会ったあの自衛隊の機体、今でも夢に出てくることがあるくらい怖かったもん」

 その当時のことを思い出して、真木はぶるりと身を震わせた。あの時に遭遇した、肩に「〇一」とペイントされた自衛隊機は、尋常な相手ではなかった。大きな損傷をする前に、川口が助けに入ってくれたから良かったが、あのまま戦い続けていたら、自分は今、この場に居なかったかもしれない。

 東南アジアでもかなりの戦闘をこなしたが、あそこまで脅威に感じる敵には出会わなかった。神妙な顔をする彼女の背中を、アリサが叩いた。

「なぁに弱気になってるのよ真木。私たちだってこの一年で見違えるほど強くなったんだから、次こそ勝てるわよ!」

「その自信はどこから湧いてくるんだか……けど、俺も自衛隊にはでかい借りがあるからな。リベンジしたいってのは同感だ」

「それじゃあ、一緒に打倒自衛隊に向けて訓練しましょ!  紫野とか緑川も誘ってさ、久々に模擬戦とかしたいし!  ばりばり訓練して経験積めば、自衛隊なんて鎧袖一触よ!」

「お、いいな。それじゃあ後で隊長たちのとこ行って許可貰ってくるか」

 そうテンション高めに盛り上がる白鴎とアリサを尻目に、真木は浮かない顔でぼそりと呟いた。

「そう簡単に勝てる相手かなぁ……自衛隊って」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました

フルーツパフェ
大衆娯楽
 とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。  曰く、全校生徒はパンツを履くこと。  生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?  史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。

スケートリンクでバイトしてたら大惨事を目撃した件

フルーツパフェ
大衆娯楽
比較的気温の高い今年もようやく冬らしい気候になりました。 寒くなって本格的になるのがスケートリンク場。 プロもアマチュアも関係なしに氷上を滑る女の子達ですが、なぜかスカートを履いた女の子が多い? そんな格好していたら転んだ時に大変・・・・・・ほら、言わんこっちゃない! スケートリンクでアルバイトをする男性の些細な日常コメディです。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

異世界災派 ~1514億4000万円を失った自衛隊、海外に災害派遣す~

ス々月帶爲
ファンタジー
元号が令和となり一年。自衛隊に数々の災難が、襲い掛かっていた。 対戦闘機訓練の為、東北沖を飛行していた航空自衛隊のF-35A戦闘機が何の前触れもなく消失。そのF-35Aを捜索していた海上自衛隊護衛艦のありあけも、同じく捜索活動を行っていた、いずも型護衛艦2番艦かがの目の前で消えた。約一週間後、厄災は東北沖だけにとどまらなかった事を知らされた。陸上自衛隊の車両を積載しアメリカ合衆国に向かっていたC-2が津軽海峡上空で消失したのだ。 これまでの損失を計ると、1514億4000万円。過去に類をみない、恐ろしい損害を負った防衛省・自衛隊。 防衛省は、対策本部を設置し陸上自衛隊の東部方面隊、陸上総隊より選抜された部隊で混成団を編成。 損失を取り返すため、何より一緒に消えてしまった自衛官を見つけ出す為、混成団を災害派遣する決定を下したのだった。 派遣を任されたのは、陸上自衛隊のプロフェッショナル集団、陸上総隊の隷下に入る中央即応連隊。彼等は、国際平和協力活動等に尽力する為、先遣部隊等として主力部隊到着迄活動基盤を準備する事等を主任務とし、日々訓練に励んでいる。 其の第一中隊長を任されているのは、暗い過去を持つ新渡戸愛桜。彼女は、この派遣に於て、指揮官としての特殊な苦悩を味い、高みを目指す。 海上自衛隊版、出しました →https://ncode.syosetu.com/n3744fn/ ※作中で、F-35A ライトニングⅡが墜落したことを示唆する表現がございます。ですが、実際に墜落した時より前に書かれた表現ということをご理解いただければ幸いです。捜索が打ち切りとなったことにつきまして、本心から残念に思います。搭乗員の方、戦闘機にご冥福をお祈り申し上げます。 「小説家になろう」に於ても投稿させて頂いております。 →https://ncode.syosetu.com/n3570fj/ 「カクヨム」に於ても投稿させて頂いております。 →https://kakuyomu.jp/works/1177354054889229369

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

[完結済み]男女比1対99の貞操観念が逆転した世界での日常が狂いまくっている件

森 拓也
キャラ文芸
俺、緒方 悟(おがた さとる)は意識を取り戻したら男女比1対99の貞操観念が逆転した世界にいた。そこでは男が稀少であり、何よりも尊重されていて、俺も例外ではなかった。 学校の中も、男子生徒が数人しかいないからまるで雰囲気が違う。廊下を歩いてても、女子たちの声だけが聞こえてくる。まるで別の世界みたいに。 そんな中でも俺の周りには優しいな女子たちがたくさんいる。特に、幼馴染の美羽はずっと俺のことを気にかけてくれているみたいで……

性転換マッサージ

廣瀬純一
SF
性転換マッサージに通う人々の話

もうダメだ。俺の人生詰んでいる。

静馬⭐︎GTR
SF
 『私小説』と、『機動兵士』的小説がゴッチャになっている小説です。百話完結だけは、約束できます。     (アメブロ「なつかしゲームブック館」にて投稿されております)

処理中です...