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第三十三話「文化祭の大騒ぎについて」

呼び出された人々

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 かくして、サクラ作戦を行った二年A組の教室は、見た目は大盛況のように見える様相となった。ただし、客の内訳は約半分がクラスメイトの身内、残り半分が黒と白のスーツを着たむさい男たちという、異常な状況となっていた。

 特に後者は、全員目つきが鋭く、常に真顔で、周囲を警戒するように目配せを繰り返していた。さらに言えば、お互いに真反対の色合いをしたスーツの相手を、牽制しているようにも思える。
 いつでも席を立てるように、姿勢は中腰で、白と黒のスーツが相席している机では、お互いに睨み合いながら料理を口に運んでいた。

 はっきり言って、前者の客が居心地悪そうにしているのが、教室の空気を率直に表していた。

「な、なんか休日に教官に呼び出されて来てみれば」

「……これはあれか、新手の訓練か」

「どういう訓練……?」

 そんな中、比乃に呼び出された三人。ある意味、前者と後者の中間辺りの存在の第八師団教育隊のメンバー、菊池、鈴木、斎藤は、落ち着かなさそうにしながら、出されたジュース、コーヒー、紅茶を啜って居た。

 休日、外出届を出していたので、買い物に行こうと思っていた矢先、自分たちの教官である比乃からお願いされて、この学校までやってきたのだ。「文化祭なんて何年振りだろうね」などと、わくわくしながら来てみれば、そこは異様な雰囲気の教室。自分たち自衛官と、どこか似た感じのするスーツ姿の男たちが犇めく模擬店だったのだ。

 この三人で無くとも、何事かと警戒する物である。

「そんなわけないでしょう。はい、ホットドッグ三つ、お持ちしました」

 そこに、調理用のエプロンを身に付けたままの比乃がやって来て、お盆に乗せていた料理を三人の前に並べた。三人は制服姿にエプロンという教官の姿と、出された料理を二度見して、

「……教官、本当に高校生だったんだ」

「実は年齢サバ読んでると思ってた、私」

「こうして現実を見せつけられると、嫌でも認めざるを得ないですね」

 などと、若干失礼な内容のひそひそ話を始めた。その声に反応した比乃が、呆れ顔で半目になり、席に着いている三人を見下ろす。

「僕の背丈と顔を見て、どうして高校卒業してると思うんです?」

「いえ」

「どちらかと言うと」

「中退した方かなと」

「……怒りますよ?」

 そんなやり取りをしていると、会話を聞き付けたクラスメイトがやって来た。

「お、なんだ日比野が呼んだのは結構美人なお姉さん方か、どういう知り合いなんだ?」

 などと聞いてくる。それに対して三人が口を開く前に、比乃が言った。

「ああ、僕がバイトしてる先の後輩だよ。年上だけど、先に仕事に入ったのが僕で、教育係りもしてるんだ。ね、皆さん?」

 早口でカバーストーリーを語り、三人の方を向く。その顔には「合わせろ」と言う、有無を言わせぬ無言の迫力があり、三人はごくりと生唾を飲み込んだ。目の前にいるのは、只の高校生ではない。自分たちの教官である、日比野三等陸曹殿である――比乃の顔が見えないクラスメイトは、頭に疑問符を浮かべて、呑気な声で聞く。

「へぇ、じゃあお姉さんたちは大学生?  態々休日に来てくれるなんて、いい人たちじゃないの」

「あ、ああそうそう、私たち同じ大学で、日比野“先輩”にはバイト先でお世話になってるの」

「色々面倒見てもらってるから、頭が上がらないのよ」

「とっても頼りになる先輩ですし、普段のお礼になればと思って」

 ぎこちない笑顔を浮かべながらも、比乃の出した設定に合った内容の返事をする。男子生徒はそれでも納得した様子で「浅野さんがいるってのに、憎いねぇこのこの」と比乃を肘で突っついて、料理を受け取りに厨房へと戻って行った。

 男子生徒が去ると、比乃はいつもの鬼教官顔から、男子高校生の顔に戻った。笑みを浮かべて、未だに威圧されている三人にメニュー表を指差しながら、

「まぁ三人共、大したもてなしは出来ませんが、ゆっくりして行ってください。僕は厨房に引っ込んじゃいますけど、デザートもありますから」

 そう言って、空になったお盆を片手に、教室奥の仕切りの向こうへと消えて行った。比乃が居なくなって、ようやく落ち着いた三人は揃って息を吐いた。

「……なんだかんだ言って」

「高校生でもあり」

「自衛官でもあるんですねぇ……」

 そうして、少し冷めてしまったが、思いの他美味しいホットドッグを齧り始めた。その三人の後ろの席で、心視と志度が呼んだ客たちが席に着いていた。

「ここが白間少年と浅野少女の言っていた模擬店か、中々本格的ではないか」

「ほっほ、文化祭など何十年振りじゃかのう、若々しいのう、良いのう」

「兄さんがこれなかったのは残念ですが、中々楽しそうですね」

「そうだな」「そうじゃのう」

 それは、はんなり荘の住人たちであった。レディースの甚平姿の刀根、タンクトップに短パン姿で筋肉を露わにしている重野、子供らしいファッションの宝子の三人は、席に着いてきょろきょろと周囲を見渡しながら言った。

 こんな雰囲気の中、楽しそうという感想を抱く彼ら彼女らは、やはり普通の人種ではない。比乃が居れば思ったことだろう。そこに、接客す羽田の志度と心視が、お冷を乗せたお盆を片手にやって来る。「三人とも、来てくれてありがとう」と、揃ってぺこりとお辞儀をした。

「何、休日で暇を持て余していたことだし、丁度良かった」

「それにしても面妖な格好をしておるな……それはもしや、坊主たちの仕事服ではないのか?」

 重野に言い当てられた二人は顔を見合わせて、心視は人差し指を口の前に持ってきて、ジェスチャーする。

「そうだけど……ここでは、秘密」

 合わせて志度が、少し小声になって、

「だから、俺たちは普通の高校生ってことで宜しく」

「はい、わかりました。白間のお兄さん」

「それじゃあ、注文が決まったら呼んでくれよな!」

 そう言って、二人も接客に戻っていく。それを見送った三人は、その動きを観察しながら、各々口を開いた。

「武士の休日と言う奴か、彼ら彼女らも、戦いを生業にしながらもこうして日常を謳歌できる。実に良いことだ」

「まったくじゃ、街を守るヒーローにも日常という物は必要だからのう。それを楽しめるということは良いことだのう」

「そうですね……普段大変だからこそ、学校生活を楽しんでいるというのでしょうか……あ、私注文決まりました、お二人は?」

 そんな会話をしながら、三人は忙しなく動き回る二人の自衛官の様子を眺めていたのだった。とだけ書けば、いい話に聞こえるのだが、目立つ三人。主に、刀根と重野が店の入口側に座ったせいで、一般客が入口で回れ右してしまっていることには、誰も気付いていなかった。
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