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第三十二話「決戦の決着について」

怪物退治

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 安久は集中力の限界を迎えようとしていた。敵の動きその物は大した事はなのだが、機体性能差、火力と防御力に差があり過ぎた。
 そして、疲労した安久は一つミスをした。退路としていた場所が袋小路となっていたことに気付かず、逃げ場を失ったのだ。

 敵機が容赦無く迫り、左腕の高振動ナイフを振るってくる。すんでのところで安久は身を屈め、その一撃を避ける。しかし、攻撃の余波で左肩の装甲が吹っ飛んだ。猛烈な衝撃に、一瞬、意識が遠のくが、気合で繫ぎ止める。一瞬でも意識を手放したら、それは死を意味する。

「っ!」

 安久は巧みな操作技術で機体の姿勢を戻し、その姿勢から突風のような回し蹴りを放った。Tkー7改の踵が、敵機の左手首を打ち据え、その手からナイフが落ちる。

『おおっと?』

 相手の意外そうな声、安久は続け様に、腰から引き抜いたナイフを敵機に叩きつける。斬撃というよりは、ほぼ打撃に近い一撃を頭部に受け、敵機がよろめく。
 さらに腰から光分子カッターを素早く引き抜き、そのまま斬撃。敵機の右腕が半ばで寸断されて落ちる。やはり、相転移装甲相手にはフォトン粒子由来の装備が適切であった。

『おっとっと?』

 両手の武器を失った黄色い機体が、戸惑うように自身の両手を見やる。その悠長な動きに、安久は容赦なく二撃目を繰り出そうとした。

『まぁ、別に媒体がなくてもいいんですけどね』

 それより先に、敵機が残った左腕を横薙ぎに振るった。それだけで、安久のTkー7改は後方に転がされる。そこに黄色い機体が嬌声を上げながら突っ込んできた。手を手刀のように振り上げている。

『横っ腹いただきぃ!』

 宇佐美の声と共に、黄色い敵の姿が横へと吹っ飛んでいった。距離を取っていた宇佐美機が、スラスターの推力を乗せた飛び蹴りを放ったのだ。
 蹴りを腹に受けた敵機の機体がビルに激突する。その隙に、安久は腰のスラスターを吹かせて素早く跳躍させて離れた。宇佐美機も同時に距離を取り直す。

「助かった、teacher2」

『貸しだからね剛』

「帰ったら何か奢る」

 そう言ってる間にも、姿勢を立て直した敵機が首を巡らせ、自分に蹴りを放ってきた宇佐美機に向けて、残っている手の親指を下に向けた。搭乗者の怒りが、殺気となって漏れ出している。

『あらやだ、今度は私がご指名みたいね』

『こちらchild3、射線が取れた』

 心視からの通信機越しの声、それと同時に、長距離からの狙撃が、今まさに宇佐美機に飛びかかろうと身を屈めた敵機を襲った。飛来した弾丸は、薄緑色の残光を残しながら敵機の左肩に命中し、その機能を損失させた。

『は?  狙撃?  そちらは封じた筈――』

 それに、相転移装甲の前に通常弾は効かないはず――狙撃してきたTkー7改のそれが、通常弾頭でないことを察した黄色い敵機は、次弾が来る前にビル裏へと跳躍し、射線から逃れようとした。しかし、その着地地点には、

『ようやっと出番だ!』

 志度のTkー7改が待ち受けていた。ここに来て初、めて慌てたヒュペリオンは残った右腕を振るうが、断ち切られた腕では、上手く障壁を張ることはできない。不完全な衝撃波を、志度は前転するように回避。そのまま懐に飛び込み、

『穿てぇ!』

 右腕に備え付けられていた超電磁光分子ブレイカー、穂先に光分子カッターと同様の処理を施し、その鉄杭を圧縮したフォトン粒子で打ち出す、その必殺の一撃が、敵の腹部を捉え、炸裂した。吹き飛ぶ黄色い上半身。下半身は力なく倒れ、宙を舞うコクピットの中、ヒュペリオンは呆然と呟く。

『ば、馬鹿な……この私は敗れるなど……ありえない……』

 そして、宙を舞う黄色い上半身が、二発目の狙撃によって貫かれ、爆散した。



「あーあ、ヒュペリオンやられちゃったかぁ」

 これじゃあ、もう遊んでられないかな、そう呟いたステュクスの前。比乃のTkー7改二は、手酷く損傷を受けていた。左肩から先が無くなっており、脚部にも裂傷が走り、頭部のブレードアンテナは折れて無くなっていた。

 しかし、それでも動き自体には、見た目ほど影響を受けている様子は見られなかった。傷付いているのは表面装甲と折れたアンテナ、失った左腕のみで、他の部分は、内側にまでダメージを負っていないのだ。
 
搭乗者もまだ俄然やる気らしく、残った右腕に構えた高振動ナイフを、こちらに向けて半身で構えていた。

 相変わらずしぶといなぁ、とステュクスは内心で比乃を賞賛した。一世代差がある機体で、性能差もあるのに、よくもここまで持ち堪えてみせるものだ。それに、剰え戦闘続行の意思を持ち続けるなど、普通のパイロットだったら、とっくの昔に逃げているか、やられていただろう。

 それに、こちらも割と本気を出したというのに、取れたのは左腕一本のみ。戦闘開始時は、両手足両足をへし折って回収してやろうと思っていたのに、これはとんだ計算違いであった。

「もうちょっと遊んで、それから回収してあげたかったけど、時間切れじゃしかたないね。先生からも無理はするなって言われてるし」

 自身の師からの指示を思い出し、残念そうに、こちらの出方を伺っているTkー7改二を見やる。

 もう少し、時間があれば確保できそうだったのだが、流石に、こちらに駆けつけてくるであろう四機まで相手取ってはそんな余裕はない。仕方ないが、ここは撤収するしかないだろう。

『ステュクス、妨害電波を発信しました。今のうちに撤退を』

「はいはい、わかってるってドーリス……それじゃあ軍曹、私が捕まえるまで、そうやってしぶとく生き延びててよね」

 後半は外部スピーカーに乗せて、彼に向けてそう一方的に告げると、ステュクスは機体を西に向けて疾走させた。市街地を出て、ドーリスと合流し、撤収用の潜水艦が待機している場所まで移動する手筈になっている。

 相手が追撃をかけてくる様子はない。こちらが撒いたガスで、今や自分たちが汚染物なのだ、余程思い切りがなければ、汚染地域を広げながら追いかけてこようなどとは思わないだろう。

 守る側って大変ね――テロリストであり、その辺りのことは全く考える必要のないステュクスは、夜闇の中を駆け抜けて行った。
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