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第三十二話「決戦の決着について」

王族の祈り

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 その頃、ロンドンのバッキンガム宮殿。赤いカーペットが敷き詰められた長い通路を、メアリー三世は護衛の近衛兵を引き連れて歩いていた。足元のカーペットの感触が、数ヶ月離れていただけだというのに、妙に懐かしく思えた。

 目的の部屋である一つの執務室の前に来ると、近衛兵の一人が重厚なドアをノックする。中から入室を了承する声が返ってくると、近衛兵の一人が恭しく扉を開けて、メアリは中に踏み入った。
 そこは豪華絢爛という言葉が似合う部屋であった。上をシャンデリアが連ね、下を幾何学模様が成されたカーペットで装飾された部屋。その奥、公務用の椅子に、二人の男女が座っていた。

 一人は国王、年の割に精悍な体格と顔立ちをしたジョージ七世。もう一人、簡素なドレスを着て薄い笑みを浮かべているのは、その妻であるヴィクトリア王妃である。久しく見ていなかった父の顔は、最後に会った時に比べて、少しやつれているように感じた。それだけ状況は逼迫しているということだろう。

 その国王は、手にしていたペンの動きを止めて、入り口に佇んでいるメアリを一瞥してから、近衛兵に「下がって良し」と告げる。近衛兵二人はその言葉に従い、頭を下げてから退室し、静かに扉を閉めた。足音が離れて行き、完全に無音になった執務室。まず最初に口を開いたのは、国王だった。

「メアリー、率直に聞こう……何故、戻って来た」

「あら、お父様。娘が両親を心配して様子を見にくることが、そんなにおかしな事でしょうか?」

「……そうだな、この状況下で無ければ、里帰りも問題なかった。私も歓迎しただろう……もう一度言うぞ」

 国王は薄っすらと疲弊した表情で、愛娘に問いかける。

「何故、比較的には安全な日本から、この危険な英国に戻ってきた」

 問われたメアリは、にこりとした笑みを崩さず「先程申し上げた通りです、お父様とお母様が心配だったので」と返した。国王は深い溜息を吐くと、首を静かに振る。自身の娘の性格はわかりきっていたつもりだったが、彼女の自由奔放ぶりは、自分の予測を超えていた。

「たったそれだけのことで、この危険な場所に戻ってきたというのか、この馬鹿娘が」

 静かな口調で、内心では激昂している父親を前に、しかし娘は悪びれも臆しもしない。

「勿論、ただ帰ってきただけではありません。今回はとても頼れる人たちと共に、戻ってまいりました」

「それは、自衛隊のことですね、メアリ?」

 成り行きを見守っていた王妃の問いに、メアリは「はい、お母様」と即答する。

「それは、お父様が山札に混ぜ、そして引き当てた、私たちにとっての切り札です」

「そして、敵にとってのジョーカーというわけですね。出来ることであれば、自分の国の問題は、我が軍で片をつけたかったですが、致し方ありませんか。近衛の一人を同行させているとは言え、敵の首級を取った功績は誰に渡せばいいのか、解らなくなってしまいます」

「……かの部隊の長は、私の古い友人だ。貸しもあるし借りもある。今更、彼の力を借りたとして、それで事態を解決できるならば安いものだ。しかし、それも確実ではない。敵の心中に少数で突入するなど、彼らには悪いが、成功する算段の方が少ない」

 国王は、憂いが混ざった表情で、執務室の窓から外を見やる。今のところ、クーデター軍の攻勢は止んではいるが、それでもまだ敵の主力部隊は健在。いつまた、このロンドンにまで攻撃が及ぶかも解らないのだ。それも、今回の攻略作戦が失敗に終われば、攻撃を受ける可能性が高くなる。
 父親の杞憂ももっともであるが、それでも、メアリは言葉を重ねる。

「お父様、私が連れてきたのはとっておきの切り札です。それに、ジャックとアイヴィーも自衛隊と共にいます」

「なんと、アイヴィー嬢まで戻ってきて、更には前線に出ているだと?」

 国王と王妃は、流石にこれには目を丸くした。アイヴィー・ヴィッカースは国防企業BMSの社長の一人娘で、急所とも言える重要人物である。そして、その社長と国王は、旧知の仲でもある。
 友人の娘を危険な戦場に向かっているなど、冷静ではいられない。思わず席を立った国王だったが、今更どうにもならないことを察して、へなへなと椅子に座り直し、頭を抱えた。

「娘を戦いに行かせたなどと、我が友になんと言えば良いのだ……何故止めなかった。お前の親友が戦場に向かうことを、制止しようとは思わなかったのか?」

 詰問するような口調になった国王に、メアリはしれっと、

「いえ、彼女やる気満々でしたし、止めても聞かなかったでしょう。大丈夫です。彼女、才能だけなら近衛兵をも上回ります」

「そう言う問題ではない!」

 メアリの答えに声を荒げた国王を、王妃が「まぁまぁ」と宥める。

「あの娘がおてんばなのは、私たちだって知っていたことでしょう。メアリも止めるに止められなかったことでしょうし、もう行ってしまったものはどうしようもありません。無事に生還してくれるのを祈るしかないでしょう」

「しかしだな……」

 王妃に宥められながらも、二の句を紡ごうとした国王を、メアリの言葉が遮った。

「お父様、アイヴィーが共にいるのは、日本でも最強と名高い第三師団の、その更に精鋭部隊です。今は彼らと彼女らを信じて待つ。私たち、無力な王族には、もはやそれしかできないのではありませんか?」

 娘に諭されて、国王は唸り声をあげた。確かに、今回のクーデターにおいて自分は無力だった。近衛に守られ、荒れる国をただ傍観しているだけに過ぎない存在であった。荒れ果てた内政も、全て生き残った議員たちに任せるしかなかった。
 それでも、王としての矜持はある。だが、今はそれも、意味がないのかもしれかった。今の英国では、力が無ければ、強い意志があろうと意味を成さない。

「……今からでも、何か出来ることはないものか……」

 無駄だと解っていても、そんなことを口にしてしまう。悩ましげにこめかみを抑える国王に、胸の前で手の平を組んで、まるで祈るような姿勢で、メアリは告げる。

「大丈夫です。私の友人たち、日比野軍曹とアイヴィーはきっとやってくれます。信じましょう、私たちには、それしかできないのですから」

「……本当に、そう言うところが、昔のヴィクトリアにそっくりだよ。お前は」

 ジョージ七世は、友人を頑なに信じて疑わない愛娘を見て、そう呟いた。
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