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第三十一話「英国の決戦について」

闇夜の空挺降下

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「作戦時間だ」

 狭いTkー7改二のコクピットの中、小声で呟いた比乃は、閉じていた目を開いた。目の前のスクリーン上には、輸送機から送られてきている地上の情報が映し出されていた。真夜中、街灯も付いていない都市部が眼下を通り過ぎ、次第に木々が多くなっていく。

 目的地である敵の野営地が僅かに見え、比乃は「よしっ」と小さく気合いを入れた。作戦目標は敵戦力の撃滅。時間制限がある以外は、それほど困難なミッションではない。
 例の化け物とやらがどれほどの物かは知らないが、今回は、用意できる限りで一番、強力な装備を持ち込んで来ている。不安など無かった。

『child3、お先に……』

guest1アイヴィー、続くよ』

 輸送機のカーゴベイがゆっくりと開き、大口を開ける。大型のライフルを抱えたTkー7改と、ライフルを持つ、シルバーの塗装がなされたカーテナが、目標地点の数キロ前でその口から吐き出され、降下した。

 これで二回目の空挺降下とは思えないほど、慣れた手付きで落下していく心視と、自動制御に身を任せながら、悲鳴を上げないように懸命に堪えているアイヴィーの二機が、空中で落下傘を開き、それからゆっくりと地面に降り立った。

 敵からの対空砲火は無かった。迎撃準備が整っていないのか、まだこちらに気付いていないのか、それとも――

(誘い込まれている?)

 まさかね、と今浮かんだ考えを自身で否定するように首を降って、自分の番に備えた。三分後。

『child1、knight1ジャックの降下ポイントに接近。降下タイミングは任せる』

 機長から入った通信に、比乃は機体を固定している装置解除に連動しているスティックを、強く握り直した。

「了解……child1、行きます、カウント!」

『knight1、child1に続く……行くぞ、少年!』

 開きっぱなしだったカーゴベイに、外部から吹き込んで来る乱気流が荒れ狂う。そんな中、比乃はカウントダウンを始める。

「三、二、一、ゴー!」

 比乃がスティックのボタンを握りこむと、機体を輸送機と固定していた電磁ロックが解除された。レールの上を滑り落ちていくTkー7改二。そして次の瞬間、機体は空中へと放り出された。レールと接続していた中継装置が外れ、闇夜に消える。
 一瞬の浮遊感、直後、重力に捕まった機体はみるみる内に、地表へ向かって落下し始めた。落下の衝撃と乱気流が、コクピットに激しい振動を与える。

「……!」

 比乃はしかし慌てず、冷静に念じる。機体はその状況下でも正しく動いた。四肢を広げ、錐揉み回転しかけた全身を制御すると、機体が安定する。
 やはり、敵からの対空砲火は無かった。妙な静けさすら感じさせる中、機体は降下していく。
 地表から数百メートルの地点で、背中に装着していた落下傘が開く。一瞬の衝撃の後、落下速度が激減する。そして腰のスラスターが逆噴射を掛け、機体は地表すれすれで落下の衝撃を殺しきり、静かに着地。

「こちらchild1、着地成功、周辺警戒に移る」

 比乃はすぐさまセンサーを起動し、周囲を警戒する。センサーに感あり。敵AMW、機種――コンカラーⅡ。見える範囲で五機、こちらに向かって来ていた。

(気付かれてないわけじゃなかったのか……?)

 ならば何故、無防備な降下時を狙ってこなかったのか、一瞬だけ頭に疑念が過ぎるが、それを考えるのは後にして、すぐさま戦闘に頭を切り替える。

 続けて降下してきたジャックの金色のカーテナが後方に着地したのを確認し、腰から短筒を引き抜く。続いて、左腕に装着された小型の盾の具合を確かめる。システムオンライン、機能に異常無し。空挺降下による影響は、装備にまでは及んでいなかった。

 比乃が正面、木々の向こう側からこちらを半包囲する形で向かってくる敵機を睨みつけて、ジャックに指示と提案を飛ばす。

「knight1、teacher1と2、child2が降下する前の梅雨払いをやるよ……どっちが突っ込む?」

『knight1了解。無論、私が行く――さぁ、我が剣技をとくと見るが良い!』

「了解、援護するよ!」

 日本製第三世代AMWと、英国製第四世代AMWが、それぞれの得物を片手に、迫ってくる敵集団に向けて木々の間を突き抜けるようにして飛び込んで行った。



 一方、クーデター軍の将校らが集まっているプレハブ小屋の中は、虚しい喧騒に包まれていた。一人の士官が、通信機越しに自分たちの持つ戦力、コンカラーⅡへ着陸した敵への迎撃命令を飛ばしているその横で、別の通信機を片手に喚いている将校が居た。

「な、何故空挺部隊を迎撃しないのです、これでは易々と敵に攻撃のチャンスを与えているような物ではないですか!」

 口角から泡を飛ばしながら無線機越しに怒鳴る将兵に、しかし通信の相手は無情にも『まぁまぁ、これも作戦ですから』としか返さない。取り合うつもりなどまったくない様子だった。

 対空迎撃用の対空車両などは、そのほとんどがテロリストが配備した物だ。彼らがそれを用いなければ、空挺降下してくる敵部隊を迎え撃つことができない。しかし、その肝心の対空車両は、無人のまま放置されていたのだ。

 この事実を知った将校らは、テロリストの幹部、即ちヒュペリオンに抗議の連絡を入れたのだが、相手は何を考えているのか、抗議を聞き流すばかりで、空中の無防備な相手を積極的に迎撃することをしなかった。ただ、敵が降りてくるのを待っているだけであった。

 将校は縋るように通信機を握りしめ、ヒュペリオンに懇願する。

「このままではここまで敵がやってきてしまいます……なんとかしてくれ!」

 もはや、テロリストに頼ることしか出来ない将校たちに、通信相手、ヒュペリオンは、押し殺した笑いを漏らし、嘲るような口調で返した。

『そんなに慌てなくても、降りて来た敵はちゃんと掃除してあげますよ。そんなに慌てていると、いざという時に動けませんよ?』

「そ、そもそも、そちらが迎撃を行なっていれば、こんな事態には……!」

『ですから、責任を持って掃除して差し上げると言っているのです。おっと、それと、貴方方はそこから動かないようにお願い致します。流れ弾に当たって死ぬなど、貴方方も嫌でしょう?』

 それだけ言って『それでは、掃除がありますので』通信を一方的に切られた将校たちは、顔を見合わせた。
 あの得体の知れない男の言うことを信じて、ここで待つか、自分たちの判断でここを離れるべきかの二者択一。クーデター軍が選択したのは――
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