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第三十一話「英国の決戦について」

歓迎準備

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「攻撃された滑走路の復旧はどうなっている?!」

「そ、それが攻撃はAWM格納庫にも及んだらしく、どう急いでも復旧に五十時間は……」

 深夜帯になっても続いた会議中に入った下士官の報告に、その場に居た将校らは動揺し、ざわめいた。
 五十時間の制空権の喪失。それは、自分たちに取って、喉元に刃を突き付けられたに近かった。次は、この陣地が攻撃を受けるかもしれないとなれば、悠長に会議などしていられなかった。

「そもそも、制空権はこちらが握って居たはずだぞ、それがどうして」

「どうやら、こちらの戦闘機群が補給に戻っている間を狙い澄ましたかのように狙われたらしく、また同時に複数の拠点を攻撃された為に対応が遅れて……」

 これまで、制空権を優勢に保って居たのは、テロリストから付与されていた航空戦力があったからだ。それが、滑走路が復旧するまでの数時間とは言え、行動不能になったという事実は、クーデター軍に取って致命的な隙となる。

 そして、その致命的な隙を突くように、大型の航空機の出す特有のエンジン音が、彼方から聞こえてきた。その音の正体を察した将校の顔から、血の気が引いた。



「やれやれ、アルゴスの情報は怖いほどよく当たる。本当に客人が来るとは……ま、彼の予言が外れるはずがないとは思っていましたが」

 AMWがずらりと並ぶ駐機場の一角で、そんな独り言を漏らす男が一人いた。丸メガネに金髪の男、組織内では“ヒュペリオン”と呼ばれている男が立っている。
 今回は、しっかりとほっそりとした長躯を操縦服――全身タイツのようにぴっちりと全身を覆うデザインのそれに包み、手にはフルフェイス型のヘルメットを持っていた。

 慌てふためいて、迎撃の準備をし始めるクーデター軍を、丸メガネ越しに眺めていると、その滑稽さに笑いが込み上げて来た。自分たちの行ってきた事のツケが回って来ただけだと言うのに、何を今更、慌てているのか。

 我々の組織が戦力を提供しなければ、立ち上がることすらできなかった小物が、借り物の力で驕るからこうなるのだ。もっとも、そうなるように仕向けたのは自分たちだが……それでも、実に滑稽である。

 そんな彼の後ろから「ヒュペリオン」「ミスタ、ヒュペリオン」と声をかけた人物が居た。

 男が呼ばれて振り向くと、そこには二人の少女が立っていた。寒色系の白い髪色をした白人と、対になるような褐色の肌に髪をバンダナで纏めた少女、ステュクスとドーリスだった。
 二人共、ヒュペリオンと同じデザインの操縦服を着ており、体系をぴっちりと表すスーツは、どこか艶やか印象を見るものに与えていた。

「やぁやぁ二人共、ようこそ英国へ、長旅は如何でしたかな?  歓迎のパーティも出来ずに申し訳ない。貴方方とは別口の客人の来訪に対応するのに、忙しくてですね」

 両腕を大仰に広げながら、飄々とした態度で話し始めたヒュペリオンの言葉を、ステュクスが不機嫌そうな声で遮った。

「前置きはいいのよヒュペリオン。それに、その別口の客人……日比野軍曹たちが来るから、私たちが呼ばれたんでしょ」

「そうそう、そうでした。まさかあの堅物のオーケアノスが、二人も、それも“ネーム持ち”を援軍を寄越してくれるなど、思いもしませんでしたよ。そんなに、かの人物は重要なので?」

「ええ、とってもね。出来ることなら生け捕りにしたいとこだけど」

「上層部曰く、彼の脳さえ無事なら、身体の状態はどうでも良いとのことです。コクピットが形を残していれば、私たちとしては何ら問題ありません」

 ステュクスの発言に続けたドーリスの言葉に、ヒュペリオンは「無茶を仰る」と態とらしく困り顔を作って見せた。

「私の機体、ソーラーディエディーは力加減が難しいのです。それに、敵に手心を加えるというのは、私の流儀に反する。上からの指示とは言え、私は承服しかねますね」

「あんたに流儀なんてあったんだ……ま、そしたら日比野軍曹の相手は私がするから、ヒュペリオンは雑魚の相手しててよ。その間になんとかするから」

「……雑魚と仰いますが、むしろ他の隊員の方が厄介者に感じられますがね。データを見る限りでは」

 怪訝そうな顔で「むしろその日比野軍曹こそが雑魚では?」とヒュペリオンは言った。そんな彼に向けて、ステュクスは皮肉めいた笑みを浮かべた。

「あんたはちっとも解ってないね、ヒュペリオン。確かに日比野軍曹は想定外の状況、イレギュラーに弱いけど、それと同時に土壇場での底力は馬鹿にできないのよ。そうよね、ドーリス」

「ええ、過去の戦闘データを見るに、彼は追い詰められれば追い詰められるほど、力を発揮するタイプであると言えます。精神論は非科学的ではありますが、データは無視できません」

「つまり、火事場の馬鹿力があるタイプだと……まぁ、お二人がそう仰るなら、そうなんでしょうねぇ」

 二人の言うことを真に受けていないのか、肩を竦めてやれやれと呟くヒュペリオンに、それ以上その件について言うつもりはないらしく、ステュクスは話を作戦内容に移した。自分が乗って来たコキュートスを、正確にはその手に持っている得物を見て、ヒュペリオンに問いかける。

「今回の作戦、私が思う存分暴れまわっていいって聞いてるけど、本当に大丈夫なの?」

 言葉の割に、これっぽっちも心配などしていない態度でそう尋ねたステュクスに、ヒュペリオンは「勿論です」と即答した。

「すでにこちら側の人員は退避済み、残っているのは、浮かれのぼせているお山の大将と、その手下だけです。貴方がどれだけ暴れまわっても、自分たちに損害は出ません」

「そ、ならいいけど。先生から味方に損害は出すなって、きつーく言われてるから」

「それはそれは、オーケアノスの言伝は守らないといけませんねぇ。彼、怒らせると怖いですから」

 戯けた様子で会話を続ける彼に、ステュクスは露骨に嫌そうな顔をした。アレースもそうだったが、この手のタイプの男は苦手なのだ。一方のドーリスも、無感情に見える表情を向けながら、葉巻を取り出したヒュペリオンに告げる。

「その為の私と、ネーレーイスですから、心配には及びません。戦場に出るこちらの戦力は私たち三人だけ、このスーツを着ている限り、余程の攻撃を受けなければ、作戦に問題はないでしょう」

 にこりともせずに言うドーリスに、ヒュペリオンは咥えた葉巻に火をつけて、丸メガネをクイっと上げると「頼もしいことです」と器用に言葉にして、楽しげに頰を歪めて笑った。

「それでは、客人の歓迎パーティと行きましょうかね」
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