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第三十話「英国の危機と自衛隊の出番について」

各国のテロ事情

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 現在、地球上のどの国へ行っても、テロという言葉から逃れることはできない。それ程までに、世界中でテロ活動が活発化していた。
 ある種の世紀末とも言えようその状況下においても、各国の政府とそれに従軍する兵士達は、国を、国民を、国是を守るために、日々戦いと訓練に明け暮れている。

 例えば米国。ハワイ奪還に戦勝ムードの市民とは対照的に、首脳陣は状況を楽観視していなかった。
 海の敵は、未だにミッドウェイ島に居座っているのだ。いつ戦力を整えて再侵攻してくるか、わかったものではない。ではそちらも叩いてはどうかという意見も勿論出たが、そちらにまで手を回すには、さしもの大国でも、予算が足りなかった。兵士も兵器もただではないのだ。
 それに、南アメリカの状況も芳しくない。テロリストの温床とも言うべき状態に陥っている地域すらあり、目先の敵を叩かなければ、遠く離れた太平洋の孤島にまで手を伸ばす暇もなかった。

 また、これらとは別に内戦状態に陥った国もある。これもテロリストが煽った物で、大きい言い方をすればテロの一種かも知れないが、直接争っているのは同じ国の人種同士だ。

 例えば中国。四つの派閥に割れた人民共和国は、新旧入り混じる兵器を用いて、激しい戦闘を繰り広げている。多数の村や街が焼かれ、人々は難民となって、時には暴徒となって、明日も知らぬ毎日を過ごしていた。
 戦火に巻き込まれる市民は堪ったものではないが、彼らを救う手立ては他国にはない。介入する余裕すらなかった。

 例えば英国。彼の国は現在、軍部による大規模クーデターが発生しており、政府軍とクーデター軍に寝返った軍とで攻防戦を行なっている最中である。
 この戦いの妙な所と言えば、クーデター軍にテロリストと思わしき組織が加勢しているということだろうか、イギリス陸軍のコンカラーⅡの軍勢の中に、ペーチルなどのテロリスト御用達とも言える機種が混ざっているのだ。
 クーデター軍は避難し損ねた一般市民を平然と盾に使い、または民家を攻撃し、踏み潰し、蹂躙しながら、近衛兵が防衛する主要施設や、王宮へと迫って来ていた。

 そんな世界情勢の中、テロリストや武装した市民団体による活動が未だに止むことなく続いている日本では──

 ***

 海辺のコンテナ地区の一角。明け方の静かな港町と言った景色の中に、異様な物体が写り込んでいた。細い、長方形と鋭角で構成された、高さ八メートル程の鋼鉄の巨人。露製AMW、トレーヴォ。

 それが三機、朝焼けを浴びて立っていた。それらが囲むようにしているのは、一台のバスである。車体には観光バスであることを示す広告と、所属する会社名が記されていた。夜、パーキングエリアに止まったところを襲われ、ここまで移動させられてきたのだ。

 それに乗っているのは、数十名の高校生と数名の教師。これだけであればまだ異常はなかったが、運転席には、小銃で武装した、覆面の男が立っていた。運転手は教師たちと一緒くたに縛り上げられて、バスの後部座席に座らされていた。

 運転席には、運転手の代わりに覆面を付けた男が座っており、横に立っている男と何か、高校生たちに取っては未知の言語で会話をしていた。学のある者がいたらきっとわかっただろうが、それは朝鮮語であった。そして、聞き取れる者がいたら、顔を真っ青にしていただろう。

 彼らは北朝鮮の工作員であり、現在、都市部で発生したテロによる混乱に乗じて、大規模な拉致作戦を展開しているのだ。
 勿論、テロを行なっているテロリストとは裏で通じ合っており、ここまでは手筈通り、あとは迎えの船──大型の漁船などに被害者を押し込んで、撤収するだけである。

 それにしても、AMWまで持ち込む必要まであったのだろうか、車外に待機している工作員の一人は、鉄の巨人を見上げて、ふとそんなことを思った。
 都市部で暴れているテロリストからの支給品であるとのことだったが、こんな物を持ち出さなくても、地元の警察も自衛隊も、こちらの作戦を察知している様子も、動いている気配もない。作戦を気取られてすらいないはずだ。

 逆に、こんな大型の兵器を持ち出して目立つのではないか。万が一にでも付近の住民に目撃でもされたら、口封じが面倒になる。戦力としては、これ以上ない程に頼りになるということも、否定は出来ないが、悪目立ちして仕方がない。

 現在時刻が早朝という事と、作戦が順調であること、そして、自分達が保持する過剰な戦力に、工作員たちは、完全に油断していた。この国の防衛戦力、陸上自衛隊の過激さを、完全に失念していたのだ。

 まず一機目のトレーヴォが異常を察知した。センサーに反応。長距離より飛来する物体有り。詳細は不明。パイロットは首を傾げた。旧式の機体だ、不具合だろうとその警告を無視したのが命取りだった。

 次の瞬間、爆音を立ててそれは飛来し、一機のトレーヴォに激突した。他の二機が、辛うじてモニター越しに視認したのは、長方形を組み合わせて組み上げられた四肢と胴体に、頭部に当たる部分には逆三角形のセンサーとブレードアンテナが設置されている特徴的な姿だった。

 陸上自衛隊三〇式人型歩行戦車改良型。通称、Tkー7改。腰に備え付けられた、小型にして大出力のフォトンスラスターによって得られた、莫大な飛距離と勢い、加速で放たれたその飛び蹴りは、トレーヴォの細い胴体を容赦なく潰し、勢いのまま海中へと叩き落とした。

 呆気にとられた残り二機のすぐ後ろ、コンテナの影から、同型の機体がすっと音もなく現れたかと思うと、相手がライフルを持っている手を掴み上げ、空いたもう片方の手で保持した高振動ナイフをトレーヴォの首、装甲と装甲の隙間を縫うように突き刺した。

 しばらく、がむしゃらに抵抗していたトレーヴォだったが、Tkー7改がナイフを更に奥深くに突き刺し、捻ると、糸が切れた人形のように動かなくなった。

 一瞬で仲間の二機が撃破された最後のトレーヴォは、恐怖からか、背中を見せて逃走し始めた。しかし、その先のコンテナの陰から、三機目のTkー7改が姿を現した。錯乱状態になったパイロットが、手にしたAMW用のライフルをそちらに向ける。それを発砲するよりも早く、Tkー7改の手が動いた。

 Tkー7改が腰の火器。大きさは小型のアサルトライフル程になる大型の単発式拳銃、短筒を引き抜き、即座に両手で構えて、早撃ちの要領で発砲。ライフルを構えた姿勢のまま、胴体に徹甲弾の直撃を貰った機体は、上半身と下半身を泣き別れにされて沈黙した。

 僅か三十秒にも満たない間に、自分たちの持つ最高戦力が撃破された。その一部始終を目撃していた工作員は、慌ててバスの中へと引っ込み、朝鮮語で大声で喚き立てた。そしてバスの入り口から座席にいる高校生達に向けて銃口を突きつける。人質にして盾にするつもりだろう。

 そんな車内の様子、工作員がバスの前方部分に固まっていることを、そこから数百メートル離れた地点から双眼鏡で確認した自衛官が、無線機に向けて一言か二言、指示を飛ばした。

 銃を向けられた高校生達が悲鳴をあげる。それをヤケになったのか、嗜虐的な笑みを浮かべて近寄ろうとした工作員の一人の姿が、突如消えた。否、消えたのではない。真上から降って来た、巨大な鋼鉄の刃が、その小さい身体を捻り潰したのだ。余りにも一瞬の出来事だったので、工作員がミンチになった瞬間を目撃した高校生は、幸いなことに居なかった。

 耳をつんざくような音を立てて、バスを横断するように刃が動く。工作員も人質も耳を抑えて身を守ろうと身体を丸める間に、バスの運転席と客席が見事に分断された。そして、分断された運転席側が、ナイフを突き立てたのとは別の機体の渾身の蹴りによって、宙を舞った。

 数秒の滞空時間の後、工作員を巻き込んだバスの前部分は、海へと落下し、水柱を上げて沈んで行った。

『状況終了、オールクリア、どうぞ』

「何がオールクリアだ。そこまでやれとは言っていないぞ。学生にトラウマを植え付ける気か」

『これは失敬。ですが運転席のみを狙って殺れと言われれば、こうもなりましょう?』

「なるか馬鹿者、後で説教してやる」

 そう言って通信を打ち切った自衛官、胸に一等陸尉を示すそれを付けた彼が手を挙げると、それに呼応するようにコンテナの裏から自衛官がバスへと群がり、周辺を警戒し始めた。

「これでクレームが入ったら処理するのは俺なんだぞ、まったく……」

 言いながら、早朝出勤に堪え兼ねたように、一つ大きな欠伸をして、一等陸尉自身も現場へ向けて歩き始めた。
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