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第二十四話「客人と試験について」

PMC

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 廃墟群と化して長かった区画を、元からあった道路を利用して作られた滑走路に、二機の輸送機が着陸のアプローチに入った。初夏も過ぎたというのに、夜にも関わらず生暖かい空気が辺りを支配する中、そのどんよりした空気を切り裂くように、高機動車が一台、滑走路の脇に停車した。

 助手席に乗っていた楠木博士は、AMW用の輸送機の巨影を見上げながら、いつもの様に笑みを浮かべていた。運転席の自衛官が同、じく輸送機を横目で見ながら、時計を確認する。現在時刻は十時半。予定通りの到着であった。

「傭兵と言えど、時間には正確みたいですね」

 運転席の、角刈りに体格の良い、正に陸自と言った様相の自衛官が呟く。PMCではなく、傭兵と彼らを呼ぶ辺りが、この自衛官の心情の複雑さを表していた。外部から軍隊を招き入れることに抵抗感がある自衛官は、少なくない。それが、新型機のテストの相手となっては尚更だ。

「むしろ、むしろ我々がギリギリの到着になってしまったな」

 PMC、民間軍事会社は読んで字の如く、軍事的な戦力を業務として顧客、国家や企業に売り込む、民間企業のことを示す。世界各地で対テロ戦闘が頻発している中、こうした民間企業を予備戦力、もしくは防衛戦力の要として採用している国家も少なくはない。そのため、世界中でその規模は拡大の一途を辿っている。

 もっとも、日本や米国などと言った、ある程度の自衛戦力が整っている国としては、通常であれば無縁の存在である。このような国において、PMCの活動は、直接的な戦闘の参加の他にも、正規軍に対するアグレッサー役などと言った教導関係の仕事や、後方支援活動の補助などの支援役を担うことがある。

 今回の新型機テストの相手というのも、その直接的な戦闘以外の業務に当たるというわけだった。秘密裏に行われた、PMCとの契約を知っているものは、Tkー11の存在同様、自衛隊にも、与党議員にも数人しかない。世間に漏れでもしたら、大問題に発展しかねないのだが、秘密裏のテストという形態から、致し方ないことであった。

 今、博士達の眼前に伸びる滑走路に降り立った、二機の輸送機の中に、その契約を結んだPMC、グロリオーサの部隊が乗っている。

「傭兵だろうがPMCだろうが、時間に正確というのは、実に、実に良いことだ。スケジュールも押しているしな」

「貴方が無茶な計画を立てるからでしょう」という自衛官の突っ込みを無視して、博士は高機動車から降りる。

「さて、さて、それではお客様をお迎えしようではないか」

「お待ちください楠木主任。私も同行しますから……!」

 運転席から降りた自衛官は、勝手にずんずん輸送機に近付いていく博士の後を、慌てて追いかけていった。



 博士と自衛官が歩いて輸送機に近づくと、ちょうど輸送機の後部ハッチが開いた所だった。そこから、女性と男性の二人組が降りてくる。女性は長い茶髪を後ろに一本で括った美女で、もう一人は二メートル近い高身長の、帽子を深く被って眼鏡をかけた端正な顔立ちの白人だった。

 博士達に気付いた二人は、余裕を持った態度で歩み寄って来ると、流暢な日本語で挨拶する。

「グロリオーサ、AMW教導隊班長のリビュー・エンサーです。この度は我々をご指名頂き、有難うございます。ミスター楠木」

 そして、彼女は優雅に礼をして微笑を浮かべる。まるで軍人とは思えない妖艶な笑みに、自衛官は思わず頰を赤らめた。博士は「まさか、まさか班長が女性とは」と驚いている。とても傭兵だとは思えないと言いたげだった。

「あら、今の世の中、女性だって強かでないと生きていけませんの。それに 女性自衛官だって、最近は増えていると聞きましたよ?」

「う、うむ。確かに……挨拶が遅れました。私は第八師団機士科中隊長の矢代 大貴ヤシロ ダイキ一等陸尉です。今回の試験の警備任務に当たらせていただきます。そして、こちらが今回の件の責任者である楠木技術主任です」

「博士、博士と呼んでくれたまえよ」

 自衛官、矢代一尉が角刈りの頭を下げて答礼し、博士がいつもの決まり文句を言う。それを聞いたリビューと名乗った女性が目を細めてクスクス笑った。

「わかりました。楠木博士、矢代少尉、よろしくお願い致しますね……しかし、警備ですか。我々が信用できないと、そういうことでしょうか?」

 そう言って眉をひそめる彼女に、矢代は慌てて「いえ、そういうわけではないのですが」と、しどろもどろになるが、そこに博士が助け舟を出した。

「君達が、君達が信用できるかどうかではないのだ。今回のテストは極秘かつデリケートな案件、案件なのだ。万が一に備えるのは、当然だろう」

「そう、万が一のため、ですか……それならば仕方ありませんわね。何はともあれ、お互いにとって良いビジネスになるように心がけましょう」

 彼女はそう言って右手を差し出す。

「ビジネス、ビジネスか。中々使い慣れない言葉だが、それで上手くいくのなら望まん限りだ」

 いつもの笑みを浮かべた博士が、差し出された白磁のような小柄な手を握り返した。

「ところで、そろそろ持ってきた兵装を搬入したいのですがね」

 そこに、眼鏡のフレームを弄りながら、女性の隣にいた長身の男が口を挟んだ。細身ながらも、引き締まった筋肉が首筋に見える、長身の男だった。こちらも女性とは別の意味で、PMCとは思えない様相をしている。二人揃って、モデルか何かだと名乗られた方が余程しっくり来る。

「この施設の脇に、AMW用の格納庫を用意してあります。そこを使って頂ければ」

「承知しました。それではそこをお借りしますわね」

 女性が通信機を手に取り、何事か命じる。すると、輸送機の開いていたハッチの奥から、四機の鉄の巨人が姿を表した。

「なんだ、なんだ、普通のペーチルか」

 博士が少しがっかりしたように呟く。現れたのは、通常型の輸出仕様のペーチルであった。武装は装備していないが、その重そうな機体を揺らしながら輸送機から離れて移動していく。しかし、女性は残念がる博士の反応を予想していたように、笑みを浮かべる。

「あれは、見た目こそただのペーチルですが、中身は別物ですわ」

「と、言いますと」

「外装以外の部分は極力、本国仕様の物と同じ部品を使っておりますの、出力重量比こそ本物には及びませんが、他の部分ではほぼ正規品と同じですわ」

「なんと……」

 話を聞いた矢代がたじろぐ。ロシアの兵器管理の厳密さは有名な話で、輸出品とロシア正規軍用の機体の差異など、その最もな話であるが、それを潜り抜けて正規仕様の部品を手に入れるとは、どのような伝手があれば可能なのか。

「あ、この話、一応オフレコでお願いしますわね」

「は、はぁ……ところで、一番奥にある、あの機体は出さないのですか?」

 矢代の視線の先、輸送機の格納スペースの奥に、八、九メートル程の大柄な機体らしき物……上から保護シートを被せられ全容は明らかではないが、恐らくはAMWであろう機体があった。

 聞かれた女性は「ああ、あれは……」と少し言い淀んだ。

「あれは予備の機体ですの、今回は出番がない事を祈りますが、お披露目するかは、明日次第ですわね」

 そう言って、矢代に向かってウィンクして見せた。自衛官もPMCの事情に深く踏み入る気などなかったので、特に追求することもなかった。
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