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第二十四話「客人と試験について」

博士の因縁

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 情報集積所のプレハブのすぐ側には、研究施設に隣接されたAMW用の格納庫があった。そこに戻った比乃と心視を、大勢の技術スタッフが出迎えた。駐機姿勢を取ったTkー11から二人が降り立つと、すぐさまスタッフが機体に取り付いて、点検とデータ採取を始める。
 額の汗を拭いながら、比乃はその様子を遠巻きに眺めていた。

 コクピットの中は、完全密閉されてエアコンが効いている。そうは言っても、どうしても新機体のテストとなっては緊張で汗をかいてしまう。汗が冷えて肌寒いくらいだった。

「おーい、比乃、心視、ごくろうさんっと」

 情報集積所から一足早く格納庫へと来ていた志度が、二人にスポーツ飲料を投げ渡す。それをキャッチした二人は、礼もそこそこに、掴んだペットボトルの封を開けてぐいっと煽った。緊張でカラカラに乾いていた喉が潤い、比乃はほぅっと息を吐いてひと心地ついた。

「俺も博士達と一緒にテスト見てたけどすげーな、比乃は忍者みたいに機体飛ばすし、心視は射撃の命中率百パーセントだし、俺も明日からのテスト負けないように頑張らないとな」

「え、志度もTkー11乗るの?」

「違う違う、Tkー7用の新しい装備のテストすることになったんだ。博士直々のご指名だぞ!」

 どうだ!  と胸を張る志度に、比乃と心視は「おおー」と拍手をする。

「それは良かったじゃないか、志度、ずっと暇そうだったもんね」

「ああ、これで買い出し当番ともおさらばだぜ!」

「いや、それは交代制でこれからもやってもらうけど……」

「そうは言っても……そろそろ、テストも終わり」

 心視の言う通り、事前の日程では、比乃達がこの施設でテストパイロットを行う期間は一週間となっていた。その内の半分はすでに過ぎているので、残り三日間で、このテストも終わりを迎えることになる。

 テストが終わってからは、得られた実働データを元に、量産型の開発に取り掛かるらしい。この全体的に駆け足なスケジュールの影響で、比乃達も職員達も泊まり込みになっているのだ。

 この無茶なスケジュールを組んだのは、他でもない楠木博士である。そこに新たに新装備のテストまで入れた物だから、技術スタッフや職員らからすれば堪ったものではない。彼らは、この施設に人権など存在しないかのように酷使されていた。

 これには比乃らも同情して、積極的に差し入れを入れたり、手伝えることは手伝っていた。故に彼等から見たテストパイロットへの心象は悪くない。むしろ、あのマッドな博士に付き合わされている、新たな犠牲者として数えられている。これは比乃たちは知らないことだった。

「お疲れ様、お疲れ様だ日比野三曹、浅野三曹。ネメスィの具合はどうかね?」

 そこに、ハードスケジュールの元凶である楠木博士がやってきた。この博士も泊まり込み、それも徹夜同然で分析やら調整やらを行なっているはずなのだが、そのテンションは一向に落ち着く気配を見せない。どころか、新しい実験データが入る度に、狂喜乱舞して喜んでいたりする。

「Tkー11の調子は悪くありませんね。むしろ調子が良すぎて、操縦してるこっちが合わせるのに苦労するくらいです」

 比乃が実感した内容に、お世辞を混ぜてそう言うと、博士は「さようか、さようか」と満足げに頷く。

「具体的、具体的には、どの辺りが苦労するのだね。述べて、述べてみたまえ三曹」

「こう、機体との一体感がTkー7よりも強いですね。思いのまま動く具合というか、思考と実行のラグが少ないというのか、それが逆に、ラグに慣れきってる身体からすると早すぎるんです」

 操縦者の脳波を汲み取って動く、AMWという兵器は、他の乗り物と違う点が多い。その一つに、直接的な“機体と操縦者の一体感”というものが存在する。
 特に、脳波によるコントロールの比重が高い日本の機体では、その傾向が大きい(逆に、米軍の機体などは旧来の操縦桿とペダルによる操作の比重が高いので、そう言った感覚は薄い)。

 Tkー7も反応速度は相当高い方だが、Tkー11はそれ以上である。念じて動作するまでのタイムラグがほとんど感じられなかった。それを聞いた博士はにやりと得意げな笑みを浮かべる。

「それは、それは当然だ。ネメスィに採用されている脳波受信装置は、この私が開発した、既存の第三世代、いや、第四世代AMWとは比べものにならない程に、高精度なものだからな。浅野三曹の射撃精度の高さにも関与していると思うが、どうかね、どうかね?」

 聞かれた心視は「……んー」と首を傾げて、悩んでから感想を絞り出した。かなりの感覚派である彼女には、比乃のように具体的な意見を言うのが難しいのだ。

「……よくわからないけど。さっき、比乃が言ってた通り、逆に、敏感すぎる……気もした……あと、足回りを他人に預けてるっていうのも……不思議な感覚。二人羽織みたい」

 なので、そう率直な意見を述べた。博士は「なるほど、なるほど」と懐から取り出したメモに何事か書き込み「それでもあの命中精度か……素晴らしい、素晴らしいな」と呟いた。

「しかし、そこは、そこは慣れてもらう他ないな。ネメスィのフォトンウィングは、非使用時はサブマニピュレータにもなる。腕を動かす感覚は、これまで、これまでと変わらないはずだが。それはどうかね?」

「そこは……問題、なかった」

「うむ、うむ。それならば大いに結構」

 満足げに頷く博士に、比乃は挙手して質問した。

「あの、博士、例の件ですが、最終テストは本当にあの話で行くんですか?」

「勿論、勿論だとも、すでに向こうとも上とも話はつけてあるからな。そのつもりでいてくれたまえ」

 例の件とは、PMCを相手にした模擬戦闘のことである。どう話をつければ許可が降りるのだろうか、比乃は心底不思議に思いながら、後ろで首を傾げて「例の話?」と問いた気にしている二人に説明した。

 説明を受けた二人も、比乃と似たり寄ったりの反応を見せた。要はドン引きである。しかし、博士はやはり全く気にせず。

「なに、なに、テスト当日には万が一のために第八師団の一個小隊が警備に着く。何か、何か起こっても心配無用だ……それに、それに何より重要なのは、あのTkー10を使わずに済むかもしれんということだ」

 言って、博士は格納庫の奥にある、比乃たちがここに来てから一度も動かされていない機体の方を見た。頭からすっぽりとシートを被せられているそれを、憎らしい気とも言える目で見つめている。
 その機体は、時折、何人かの作業員が取り付いて作業しているのを見たことがあっても、実際にシートが取り外された所を見たことはなかった。

 本来であれば、Tkー11の模擬戦の相手はあのTkー10だったらしいということも、比乃は職員から聞いている。どうしてそれを、PMCを使うなどと無理をしてまで避けたのか、そして、いつも笑みを浮かべている楠木博士にしては、珍しい表情を浮かべている。三人は顔を見合わせてから、比乃が三人を代表して博士に聞いた。

「あの、博士。博士はどうしてそんなにTkー10を目の敵にしているんですか?」

「……つまらん、つまらん話さ。あれを設計したチームは、私を全否定した連中なのだ。革新的な技術など必要ないとな……ただ、ただそれだけの話だ」

 本当につまらなそうに、それだけ話すと「話は終わり、終わりだ。報告書は後でまとめて私の所に持ってきてくれたまえ」と話を無理やり締め括って、博士はその場を後にした。

「……聞いたら不味かったかな」

 あの博士がああいう態度になるとは……比乃は気不味そうに呟いた。
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