169 / 344
第二十三話「最新鋭機とその適正について」
女蛇、再び
しおりを挟む
ゲームセンターを後にした女性は、機嫌が良さそうに一本に括った茶髪の髪を左右に揺らしながら、街中をどこかへと足を向けて歩いて居た。
信号に差し掛かり、それが青に変わるまで立ち止まって待っていると、持っていたハンドバックの中から携帯端末の着信音が鳴った。女性が端末を取り出して通話ボタンを押す。電話口から流れてきたのは、流暢な英語だった。
『お遊びが過ぎるんじゃないのか、ラミアー』
「あら、見ていたんですか、アレース」
電話の第一声から相手を特定した女性、ラミアーは同じく英語で返しながら、周囲にさっと目配せするが、こちらを見ているそれらしい姿は見当たらなかった。いったいどこから見ていたのやら、ラミアーは少し不機嫌そうな口ぶりになった。
「女性のプライベートを覗き見するなんて、良い趣味とは言えませんわね」
『そう怒るなよ。仕事のついでで見えちまったんだから、しかたないだろ』
「仕事……標的の監視ですか」
『ああ、あいつら、今も呑気にゲーム三昧だ。あれがステュクスを退けて、お前を撃退したのと同じだとは思えねぇなぁ、ただのガキだぜ』
「ただの子供、にしては腕が立ちますけどね。直接戦っていない貴方にはわからないでしょうけど」
あれは、実際に戦ってみないと本質が見えない類のパイロットだ。実際、この間も、最初と最後では見違える程に手強く、そして面白い相手に化けた。次に戦場で会った時は、是非とも、本気で叩き潰してみたい。その欲求が、彼女の身体を熱らせた。
ラミアーが言外に、標的を高評価していることを察したアレースは『お前もオーケアノスも、評価基準が甘いんじゃねぇのか?』と呆れた様子で言った。
『最近はステュクスもご執心みたいだしよ。脳みそのチップ以外に、そこまでの価値があるとは思えねぇけどな、向上心がある奴は嫌いじゃねぇがな』
それが面白くないのか、うんざりした様子のアレースに対し、ラミアーは提案するように言う。
「だったら、貴方も直接戦ってみたらいかがです? そうすればきっと……」
言っている間に、先日の戦いの一抹を思い出したのか、ラミアーはうっとりした口調になった。しかし、アレースは電話口の向こうでため息を吐いた。
『生憎だが、俺は遊び相手は極力選ぶ趣味なんでな。今回の件も、足止めに専念させてもらうぜ』
「あら、それは嬉しいですわね。それはつまり、存分にあの子と遊ぶことが出来るということでしょう?」
今から楽しみですわ、とクスクス笑うラミアーに、アレースは釘を刺すように、強めの口調で言う。
『楽しむのは良いがよ、楽しみ過ぎて標的を壊すなよ、ラミアー。パイロットも機体もだ。それが仕事なんだからよ』
注意を受けた彼女は、心外のように、口元に手を当てて驚いたように言ってのける。
「あら、私が仕事でやり過ぎたことなんてありましたか?」
『数え切れねぇ程にな、悪い癖だぜ本当に……だからお前と組むのは嫌なんだ』
この女パイロット、ラミアー。ギリシャ神話に登場する女怪の名を授けられた彼女は、同じ組織の人間から、様々な要因で恐れられている人物であった。高い技量は勿論のこと、気紛れ過ぎるその性格や、仕事を遊びと称して、目的以上の被害を周囲に振り撒き、その時の気分で、敵も味方も関係なく、生かしも殺しもする。
他の幹部からは、有能だが扱い難いことから、腫れ物扱いされている。しかし、本人は全く気にしておらず、仕事と遊びの場を提供してくれるという理由だけで、組織に忠誠を誓っていた。
「貴方だって遊びは大好きじゃないですか、仕事中に遊び始めるのはお互い様でしょう?」
ようやく青になった信号を渡りながら、ラミアーはそう反論する。アレースも確かに、仕事中に遊び始める悪癖はあるが、仕事はきっちりとこなすだけ、ラミアーと比べれば幾分かマシである。
『俺は仕事のついでに遊ぶんだ。仕事自体を遊びにしてるお前とはちげぇよ』
もし、ここにまとめ役のオーケアノスがいたら「どちらも大して変わらん。改めろ」と言っていただろうが、残念なことに、ここにその壮年の男はいなかった。
「それにしても、あの子が目的なのでしたら、あの場で攫ってしまってもよかったのではないですか? 私と貴方なら、造作もないことでしょうに」
『別にあのガキだけが標的って訳じゃねぇし、側にいる二人のガキが厄介だ。ありゃあ生身じゃ一筋縄じゃいかねぇよ。お前だって資料見ただろ』
「見ましたけども……所詮はステュクスの模造品でしょう? そこまで警戒することでしょうか」
『……あいつの身体能力見てそう言えるお前が、俺は時々おっかなくなるよ』
「あら、淑女に対して酷い言い草ですわね。それに少し運動ができるくらいでは、戦いでは生き残れなくてよ?」
それでも、言ったこととは裏腹に、面白そうに小さく笑う。多少身体能力が高いくらいでは、彼女にとってはハンデにならない。そう思っている口振りであった。そうして通話しながら道を歩いて居た彼女は、ふと足を止めた。
「それでは、また後程連絡しますわね」
『おいおい、まだ仕事の話の途中だぜ?』
まだ話の本題にも入っていない。アレースが少し慌てた声で言うが、彼女はそんなこと御構い無しといった様子で、
「良さそうな喫茶店を見つけましたので、ちょっとお茶をして行こうと思いますの。堅苦しいお話は、その後でお願いしますわ」
『……お前ってほんとに』
マイペースだよな、とアレースが言いかけた所で、ラミアーは通話を切った。そして何事も無かったかのように携帯端末をハンドバッグに仕舞うと、軽い足取りで、側にあった小さいカフェへと入って行ったのだった。
信号に差し掛かり、それが青に変わるまで立ち止まって待っていると、持っていたハンドバックの中から携帯端末の着信音が鳴った。女性が端末を取り出して通話ボタンを押す。電話口から流れてきたのは、流暢な英語だった。
『お遊びが過ぎるんじゃないのか、ラミアー』
「あら、見ていたんですか、アレース」
電話の第一声から相手を特定した女性、ラミアーは同じく英語で返しながら、周囲にさっと目配せするが、こちらを見ているそれらしい姿は見当たらなかった。いったいどこから見ていたのやら、ラミアーは少し不機嫌そうな口ぶりになった。
「女性のプライベートを覗き見するなんて、良い趣味とは言えませんわね」
『そう怒るなよ。仕事のついでで見えちまったんだから、しかたないだろ』
「仕事……標的の監視ですか」
『ああ、あいつら、今も呑気にゲーム三昧だ。あれがステュクスを退けて、お前を撃退したのと同じだとは思えねぇなぁ、ただのガキだぜ』
「ただの子供、にしては腕が立ちますけどね。直接戦っていない貴方にはわからないでしょうけど」
あれは、実際に戦ってみないと本質が見えない類のパイロットだ。実際、この間も、最初と最後では見違える程に手強く、そして面白い相手に化けた。次に戦場で会った時は、是非とも、本気で叩き潰してみたい。その欲求が、彼女の身体を熱らせた。
ラミアーが言外に、標的を高評価していることを察したアレースは『お前もオーケアノスも、評価基準が甘いんじゃねぇのか?』と呆れた様子で言った。
『最近はステュクスもご執心みたいだしよ。脳みそのチップ以外に、そこまでの価値があるとは思えねぇけどな、向上心がある奴は嫌いじゃねぇがな』
それが面白くないのか、うんざりした様子のアレースに対し、ラミアーは提案するように言う。
「だったら、貴方も直接戦ってみたらいかがです? そうすればきっと……」
言っている間に、先日の戦いの一抹を思い出したのか、ラミアーはうっとりした口調になった。しかし、アレースは電話口の向こうでため息を吐いた。
『生憎だが、俺は遊び相手は極力選ぶ趣味なんでな。今回の件も、足止めに専念させてもらうぜ』
「あら、それは嬉しいですわね。それはつまり、存分にあの子と遊ぶことが出来るということでしょう?」
今から楽しみですわ、とクスクス笑うラミアーに、アレースは釘を刺すように、強めの口調で言う。
『楽しむのは良いがよ、楽しみ過ぎて標的を壊すなよ、ラミアー。パイロットも機体もだ。それが仕事なんだからよ』
注意を受けた彼女は、心外のように、口元に手を当てて驚いたように言ってのける。
「あら、私が仕事でやり過ぎたことなんてありましたか?」
『数え切れねぇ程にな、悪い癖だぜ本当に……だからお前と組むのは嫌なんだ』
この女パイロット、ラミアー。ギリシャ神話に登場する女怪の名を授けられた彼女は、同じ組織の人間から、様々な要因で恐れられている人物であった。高い技量は勿論のこと、気紛れ過ぎるその性格や、仕事を遊びと称して、目的以上の被害を周囲に振り撒き、その時の気分で、敵も味方も関係なく、生かしも殺しもする。
他の幹部からは、有能だが扱い難いことから、腫れ物扱いされている。しかし、本人は全く気にしておらず、仕事と遊びの場を提供してくれるという理由だけで、組織に忠誠を誓っていた。
「貴方だって遊びは大好きじゃないですか、仕事中に遊び始めるのはお互い様でしょう?」
ようやく青になった信号を渡りながら、ラミアーはそう反論する。アレースも確かに、仕事中に遊び始める悪癖はあるが、仕事はきっちりとこなすだけ、ラミアーと比べれば幾分かマシである。
『俺は仕事のついでに遊ぶんだ。仕事自体を遊びにしてるお前とはちげぇよ』
もし、ここにまとめ役のオーケアノスがいたら「どちらも大して変わらん。改めろ」と言っていただろうが、残念なことに、ここにその壮年の男はいなかった。
「それにしても、あの子が目的なのでしたら、あの場で攫ってしまってもよかったのではないですか? 私と貴方なら、造作もないことでしょうに」
『別にあのガキだけが標的って訳じゃねぇし、側にいる二人のガキが厄介だ。ありゃあ生身じゃ一筋縄じゃいかねぇよ。お前だって資料見ただろ』
「見ましたけども……所詮はステュクスの模造品でしょう? そこまで警戒することでしょうか」
『……あいつの身体能力見てそう言えるお前が、俺は時々おっかなくなるよ』
「あら、淑女に対して酷い言い草ですわね。それに少し運動ができるくらいでは、戦いでは生き残れなくてよ?」
それでも、言ったこととは裏腹に、面白そうに小さく笑う。多少身体能力が高いくらいでは、彼女にとってはハンデにならない。そう思っている口振りであった。そうして通話しながら道を歩いて居た彼女は、ふと足を止めた。
「それでは、また後程連絡しますわね」
『おいおい、まだ仕事の話の途中だぜ?』
まだ話の本題にも入っていない。アレースが少し慌てた声で言うが、彼女はそんなこと御構い無しといった様子で、
「良さそうな喫茶店を見つけましたので、ちょっとお茶をして行こうと思いますの。堅苦しいお話は、その後でお願いしますわ」
『……お前ってほんとに』
マイペースだよな、とアレースが言いかけた所で、ラミアーは通話を切った。そして何事も無かったかのように携帯端末をハンドバッグに仕舞うと、軽い足取りで、側にあった小さいカフェへと入って行ったのだった。
0
お気に入りに追加
76
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
装甲列車、異世界へ ―陸上自衛隊〝建設隊〟 異界の軌道を行く旅路―
EPIC
ファンタジー
建設隊――陸上自衛隊にて編制運用される、鉄道運用部隊。
そしてその世界の陸上自衛隊 建設隊は、旧式ながらも装甲列車を保有運用していた。
そんな建設隊は、何の因果か巡り合わせか――異世界の地を新たな任務作戦先とすることになる――
陸上自衛隊が装甲列車で異世界を旅する作戦記録――開始。
注意)「どんと来い超常現象」な方針で、自衛隊側も超技術の恩恵を受けてたり、めっちゃ強い隊員の人とか出てきます。まじめな現代軍隊inファンタジーを期待すると盛大に肩透かしを食らいます。ハジケる覚悟をしろ。
・「異世界を――装甲列車で冒険したいですッ!」、そんな欲望のままに開始した作品です。
・現実的な多々の問題点とかぶん投げて、勢いと雰囲気で乗り切ります。
・作者は鉄道関係に関しては完全な素人です。
・自衛隊の名称をお借りしていますが、装甲列車が出てくる時点で現実とは異なる組織です。


忘却の艦隊
KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。
大型輸送艦は工作艦を兼ねた。
総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。
残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。
輸送任務の最先任士官は大佐。
新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。
本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。
他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。
公安に近い監査だった。
しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。
そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。
機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。
完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。
意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。
恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。
なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。
しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。
艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。
そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。
果たして彼らは帰還できるのか?
帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
札束艦隊
蒼 飛雲
歴史・時代
生まれついての勝負師。
あるいは、根っからのギャンブラー。
札田場敏太(さつたば・びんた)はそんな自身の本能に引きずられるようにして魑魅魍魎が跋扈する、世界のマーケットにその身を投じる。
時は流れ、世界はその混沌の度を増していく。
そのような中、敏太は将来の日米関係に危惧を抱くようになる。
亡国を回避すべく、彼は金の力で帝国海軍の強化に乗り出す。
戦艦の高速化、ついでに出来の悪い四姉妹は四一センチ砲搭載戦艦に改装。
マル三計画で「翔鶴」型空母三番艦それに四番艦の追加建造。
マル四計画では戦時急造型空母を三隻新造。
高オクタン価ガソリン製造プラントもまるごと買い取り。
科学技術の低さもそれに工業力の貧弱さも、金さえあればどうにか出来る!
Hand in Hand - 二人で進むフィギュアスケート青春小説
宮 都
青春
幼なじみへの気持ちの変化を自覚できずにいた中2の夏。ライバルとの出会いが、少年を未知のスポーツへと向わせた。
美少女と手に手をとって進むその競技の名は、アイスダンス!!
【2022/6/11完結】
その日僕たちの教室は、朝から転校生が来るという噂に落ち着きをなくしていた。帰国子女らしいという情報も入り、誰もがますます転校生への期待を募らせていた。
そんな中でただ一人、果歩(かほ)だけは違っていた。
「制覇、今日は五時からだから。来てね」
隣の席に座る彼女は大きな瞳を輝かせて、にっこりこちらを覗きこんだ。
担任が一人の生徒とともに教室に入ってきた。みんなの目が一斉にそちらに向かった。それでも果歩だけはずっと僕の方を見ていた。
◇
こんな二人の居場所に現れたアメリカ帰りの転校生。少年はアイスダンスをするという彼に強い焦りを感じ、彼と同じ道に飛び込んでいく……
――小説家になろう、カクヨム(別タイトル)にも掲載――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる