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第二十三話「最新鋭機とその適正について」

通常業務

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 小柄な身体には少し広めのコクピットの中、比乃はすっかり慣れてしまった高Gをその身に受けながら、文字通り空を飛んでいた。

 場所は防衛装備庁直轄の研究開発施設、東京技本の持つ、試験場として使われている廃墟群である。元々、六年前は、ここも立派な市街地だったが、東京事変の被害を受けて無人化してしまったのだ。その廃墟と化した土地を国が買い取り、こうして、兵器開発の場として活用しているのだ。

 そのAMWの試験の為だけに用意された広大な廃墟群の中を、比乃のTkー7改二が飛んでいた。腰の両側に備え付けられた小型の推進装置。フォトンスラスターから光の粒子を撒き散らしながら、ビルの壁面から壁面へと、軽やかに飛び移っていく。

「こちら比乃三曹、テスト行程の五十パーセントを完了、どうぞ」

『こちら本部、データは上々です三曹。そのままの調子でお願いします』

「了解、テストを続けます」

 やり取りをしている間にも、六階建てビルの壁面に着地し、落下する前にスラスターを瞬かせて跳躍する。今回のテストは、脳波によるスラスター制御や、それによる三次元機動の可動領域、そして燃料であるフォトンバッテリーの燃費を測るテストである。量産化に向けた、最終調整でもあった。

 最終調整というと仰々しく感じられるが、内容は実に簡単なものだ。指定されたルートを、スラスターを使いながら移動するだけである。勿論、目標タイムなどはあるが、比乃は想定されたそれを、二回りは上回るスピードで、市街地を飛んでいた。

「……やっぱり、テストパイロットの方が性に合ってるのかな」

 目標地点の一つを飛び越しながら、比乃は呟いた。そう、比乃は元々、第三師団に居た頃から本業はテストパイロットであった。兼業として、治安維持や暴徒鎮圧、テロリスト制圧を行なってはいたが、こうして新型機のテストを行うのが、本来の業務である。

 OFMと一騎打ちをしたり、重要人物の護衛をしたり、太平洋のど真ん中で戦ったり、ロシア軍と共闘したりするのは、想定外の仕事なのである。

 比乃としては、国民の平和を守るために、前線に立ってテロリストを撃退して、どんどん活躍したいと考えている。しかし、上司である部隊長としては、息子に危険な仕事をさせようとは思っていなかった。なので、無理をしてまで、こうした業務に就かせていた。比乃はそれに若干不服を覚えていたが、

(実際、ここんとこ戦績良くないしなぁ……)

 去年の沖縄では敵と相打ち、英国の王女亡命の時と、米軍の沖縄来日の時は逃げ回っていただけ、ミッドウェイでの戦いも危なかったし、先日の密輸騒動でも、自機を大破させてしまった。

 比乃はここ最近になって、己の技量の程に疑いを向けていた。要は、前線で戦い抜く自信が無くなってきたのである。このまま、後方で機体のテストに専念していた方が良いのではないか、そう思うことすらある。

 しかし、本来、テストパイロットとは熟練の場慣れしたパイロットが就くのである。決して、前線を張るパイロットに、技量で劣る故に与えられる役割という訳ではない。米国陸軍の少女、リアという例外中の例外もあるが、基本的には、求められる技量の高さから、その門戸は広くはない。

 まず、テスト計画を理解するだけの頭がなければいけない。特殊な環境、状況でもテストを完遂できる操縦技術も必要である。更には、万が一テスト中に問題が起こったとしてもそれを迅速に解決できる能力も必要だ。

 そして、乗機に対する経験知識が豊富で、乗り心地や使い勝手と言った、感覚的な部分で少しでもおかしなところがあれば、すぐに気付くことができなければならない。今も、ビルの横っ腹に両足をつけた機体の中、比乃が首を傾げていた。

(……着地地点が、予想よりちょっと右にブレるな、後で報告しとかないと……実戦でこの症状が出たら転びかねないし)

 脳波コントロールによる、感覚的な操縦が主であるAMWという兵器群においては、こうした違和感は致命的な結果を生みかねない。問題点をすぐに発見するには一種の才能、センスが必要である。

 比乃は、社会経験こそ、成人の機士に比べればまだまだ未熟であるが、Tkー7には導入された時から乗っている。実戦経験も申し分なく、技量自体も、上には上がいるが、決して低くはない。むしろ、高水準と言える。年齢さえ釣り合えば、テストパイロットとしてはぴったりの人材と言えよう。

 故に、ある人物に目を付けられることになるのだが、ビルからビルへと短距離飛行を繰り返しながら、自機の状態をチェックすることに夢中の比乃には、知りようもないことであった。



 東京技本の情報通信センター。試験場からのデータがリアルタイムで逐一送られてくるその部屋の中。乱雑に並べられた椅子の一つに腰掛ける、初老の男がいた。

 観測用ドローンから送られてくる映像と、手元にある機士のデータが記載された書類を交互に、何度も何度も見比べて、にんまりと口を歪める。

「合格、合格だ。素晴らしい、素晴らしいぞ」

 同じ言葉を二度繰り返しながら、若干興奮した様子で呟いているその姿は特徴的だった。古びた白衣に、薄くなった頭髪、大きい丸眼鏡。見るからに「博士」という人種であることが伝わる出で立ちをしていた。むしろ、これで研究者でなかったら嘘だろう、そんな人物であった。

 実際、彼はデータを観測している職員の一人から「楠木クスノキ博士、必要データが採れましたが」と声を掛けられていた。しかし、博士は興奮冷めやらぬと言った様子で職員を無視した。

「連絡、連絡をしなくては、善は急げと言うしな」

「あのー、博士、もしもし?」

「……データはまとめて、まとめておけ、いいな」

 鬱陶しそうにそれだけ職員に指示すると、博士は椅子を蹴って立ち上がる。そして、懐から取り出した携帯端末で、目的の人物に電話をかけた。ぴったりスリーコールで「はい、もしもし」と通話相手が出る。博士は更に興奮した様子で、口角から唾を散らしながら、

「日野部君。例の、例の彼だが、素晴らしい、素晴らしいな……ああ、技量、受信値、”背丈“に”体格“、全てぴったりだ。それにバディ候補が二人、二人いるのも良いな。予備があるのは良いことだ……怒るな、怒るな、ただの例えだ……そうだ。是非、是非、彼をテストに招待したい……よろしく、よろしく頼むよ」

 通話相手、沖縄の第三師団の師団長である、部隊長の生返事を最後に通話を終えた博士は、懐に携帯端末をしまうと、震える手で書類に記載された名前をなぞった。

「日比野 比乃君。君こそ、私の最高傑作に相応しい、相応しい……!」

 言って「ひひひひひひひっ……!」と高い笑い声を上げた。周囲にいる職員が、不気味がって物理的に距離を離すが、本人は全く気にせず、愉快そうに笑い続けたのだった。
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