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第二十二話「影の思惑と現場の事情について」

猛攻

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 一方その頃、心視のTkー7改の掌に乗っていた志度は、その移動中、施設の裏に怪しい人影があるのに気付いた。

「なんだ?  おーい、そこの人!  避難勧告出てるだろぉ!」

 志度が声をかけると、その人影は慌てた様子で何処かへと走り去って行った。変だなぁ、マスコミでも紛れたかな。と思い、そちらから視線を外した志度の耳に、小さい電子音が届いた。
 普通の人間では聞き取れなかったかもしれないほどに小さな音であるが、超人的な聴覚を持っている志度の耳には、確かにそれが聞き取れた。

「……心視、ちょっとストップ。機体止めてくれ」

『どうしたの……?』

「いいから」

 志度からの突然の指示に、心視は不自然に思いながらも、言われた通りに機体を止める。静かになったところで、耳を澄ませば、やはり何か、周期的に音を立てる何かがある。嫌な胸騒ぎがした。

「ちょっと降りるぞ」

 言うが早いか、志度はTkー7改の掌から飛び降りると、すたっと着地して、音がする方へと慎重に歩みを進める。建物の角を曲がった所に、大型のアタッシュケースが一つ置いてあった。どうも、音はそこから聞こえる気がする。

 不審物、あからさまに怪しい音、慌てて逃げていった人物──それらから志度の脳裏に考え付いたのは、危険物という判断だった。

「心視!  建物の裏に爆発物らしき危険物を発見、排除頼む!」

 言いながら、志度は駆け足でその場から距離を取る。これが本当に爆発物だったとして、至近距離で爆発でもされたら堪ったものではない。

『排除……了解』

 志度の意図を素早く汲み取った心視は、志度が言った場所にあったアタッシュケースを器用に摘まみ上げると、慎重に持ち上げて、すぐ側にある絶好の投棄場所。海へ向かって放り投げた。

 志度が見守る中、放物線を描いて海へと落ちたそれは、落下の衝撃か、それとも別の何かが原因か。海面で大爆発を起こした。海を紅蓮の炎が赤く照らす。

 あのアタッシュケースに満載に爆発物が収まっているとしたら、その総重量は二十キロはあるだろう。そんなものが、施設付近で爆発していたら、どれだけの被害が出ていたかを想像して、志度は冷や汗を拭った。

「処理完了。それじゃあさっさと離脱……」

 しようと言いかけた志度の動きが、止まる。嫌な予感がして、小走りでまた別の建物の裏手に回ってみる。そこには、先ほど見たのと同型のアタッシュケースが鎮座しており、志度の耳に、ぴっぴっぴっと、嫌な音を響かせていた。

「……心視、また爆発物だ……これ、一帯に仕掛けられてると思うか?」

 志度の嫌そうな声に、淡々とした口調で心視は答える。

『……私がテロリストだったら、そうする』

「だよなぁ……」

 志度の後ろから伸びたマニピュレータが慎重に、且つ素早く不審物を摘み上げて、再度、海面目掛けて放り投げた。また爆発。

 今から警察に連絡して、爆発物処理班を手配する時間などない。AMWを用いた危険な爆弾処理作業の始まりであった。同時に、それは現在も戦闘続行中の比乃の救援にも向かえないことを意味していた。

 ***

 戦闘の余波で引き裂かれ、穴が空いた色取り取りのコンテナを背景に、二機のAMW。Tkー7改二とガデューカは対峙していた。片方は腕にナイフを持って構え、もう片方は素手をだらりと下に垂らしている。

 機体のカメラが、モニター正面に全身がナイフのように鋭利な、小柄の機体を姿を映し出していた。その映し出された敵を、比乃は睨みつけるように凝視する。一瞬の隙がないか、でなければ、どうやってその隙を作り出すか、それだけで頭がいっぱいになっている。

 身体が熱い。興奮している。命の危機だと言うのに、ちりちりと焼き付くように顔が熱かった。

 様子見をしていて動かない比乃に焦れたように、相手が先に動き出した。滑らかな動き、相当の受信値と能力がなければ、あのような動きはできない。最初は歩くように、次第に駆け足になり、最後は飛び掛かってくる。

「っ!」

 一瞬の判断。比乃は反撃を諦め回避に専念する。機体の上半身を大きく逸らすと、胸部装甲を掠めるようにして貫手が飛んできた。バックステップで距離を取ると、今度はこちらの番とばかりに、敵機に斬りかかる。

 最初の薙ぎが、なんて事なしに躱される。

 まだ、と足裏から鉄杭を迫り出させて蹴りを放つ。これを相手は平然と受け止めて見せた。
 まだまだ、その掴まれた足を支点に地面に着いていたもう片足を上げると、再度、足裏から鉄杭を射出した状態で蹴りを見舞う。今度は堪らず、相手も掴んでいた腕を離して防御した。
 まだまだまだ、仰け反った相手に、素早く着地したTkー7改二が渾身の突きを見舞う。だが、これも防御された。

 いつの間にか、攻防が逆転していた。片腕のナイフで、自衛官が毒蛇を追い詰めんと斬り込んで行く。それらを防ぎ、避け、時には斬り返す相手と、攻撃と防御、回避を繰り替えして行く内に、一進一退の攻防に縺れ込む。

 比乃の頭の中にはもう、どうやって眼前の敵を切り刻むかしか考えていない。先ほどまでの勝利への疑念など、どこかへと消え去ってしまっていた。あのいつもの、脳内に響くハードディスクを引っ掻くような異音も聞こえない。完全な無音の中、比乃は武器を振るう。

 お互いの機体の表面に無数の傷が付く。ガデューカの肩装甲にナイフが深く刺さり、装甲板が脱落した。Tkー7改二の腰に健気に付いていたスラスターが、相手のハイキックを受けて押し潰され、機能を停止した。更にもう一撃、胴体に蹴りを受けて、比乃は吹っ飛ばされた。

 僅かに歪むコクピットブロック、そして余りの衝撃に「かはっ」と息を吐きながらも、比乃は念じるのを辞めない。吹っ飛んだ機体は空中で姿勢を整えると、飛んだ先にあったコンテナに両足を付いてクッションにすると、そのままバネのように横方向へ跳躍した。

 激突。



「あっはははははは!」

 傷付いて行くガデューカの中で、ラミアーは嬌声を上げていた。なんて楽しいのだろう。たかが日本の軍隊と侮っていたが、これ程の遣い手が居たとは……!

 つまらない仕事だと思っていたが、とんだ楽しみがあった物だ。仕事を回してくれたオーケアノスには、後で感謝の言葉でも送っておこう。

 笑い声を止めずに、真正面、文字通り飛んできたTkー7を、ガデューカが真正面から受け止めた。正面衝突し、地面に足を擦らせ、音を立てて後退する機体。しかし、流石はロシアの最新鋭機。この程度ではビクともしなかった。

 再びクロスレンジへと縺れ込んだ二機は、踊り合うように斬り合いを始める。間合いに入ったナイフが弧を描き、それが火花を散らしてガデューカの表面装甲を削る。反撃の貫手、が、Tkー7は紙一重の動きでそれを避けて、またその腕を脇に挟み込むようにして動きを封じてきた。

「同じ手ですか!」

 今度も通じませんよ──相手の潰れた腕に展開された高振動ナイフが迫るが、それを左腕で受け止める。片腕でがっつり組み合う形になった両機のモータが唸りを上げる。サイズは同格でも、出力ではガデューカが上だ。掴まれた腕が更に歪み、高振動ナイフが破損して行き、徐々に、Tkー7が押される形で仰け反る。

「このまま押し潰してさしあげます……!」

 完全に自分が有利な形になり、勝利を確信したラミアーの眼前、モニターいっぱいにTkー7の逆三角形の頭部が写り込んで来た。

「なっ!」

 がつんと大きな衝撃。メインカメラに損傷。組み合いになったTkー7が、最後の足掻きに仕掛けて来たのは、猛烈な頭突きだった。歪んだ視界の先で、再度逆三角形の頭部が、ガデューカの頭を押し潰すように迫り、激突した。

 思わず離してしまったTkー7が、潰れかけた、もはやただの鉄の塊と化した腕が、トドメとばかりにガデューカの頭部に叩き付けられ、その一撃で、毒蛇の目は完全に潰えた。

 真っ暗になった視界の中、尚もこちらを、向こうもメインカメラを失ったのか、滅茶苦茶に叩いてくるTkー7のパイロットの執念深さと、小型故にダメージに弱い機体構造を理解していなかったこと、そして勝ちを確信して油断したことが、彼女の敗因であった。

「欲求不満ですが……仕方ありませんわね」

 ラミアーは本当に残念そうに呟くと、脱出レバーを引いた。
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