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第二十二話「影の思惑と現場の事情について」

毒牙の脅威

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「それでは、踊りましょう」

 ガデューカの中で女性、組織からコードネーム“ラミアー”の名を受けた彼女が、妖艶に微笑んだ。前方、まずは自衛隊のTkー7に向かって飛び、その両腕を大きく広げ、抱きつくように飛び掛る。

「くっ!」

 比乃はそれを横っ飛びに回避した。ガデューカが、今さっき居た場所を通り越し勢い余って、背後にあったコンテナを紙切れのように切り裂く。
 なんという馬力と斬れ味、あんな物と取っ組み合いなど御免被るが、手持ちの飛び道具は、ペーチルSに破壊されてしまった。Tkー7改二は、比乃お得意のワイヤーアンカーもオミットされている。代わりに付いているのは、今もっともしたくない、取っ組み合い用の装備だけだ。

 舌打ちした比乃は、機体に受け身を取らせながら高振動ナイフを一本取り出し、アンダースローの要領で投げつける。だが、苦し紛れの一撃は避けるまでもなく、片手で弾いて見せた。

 そこに少佐の黒いペーチルが射撃を加えるが、弾着するよりも早く、敵は跳躍してそれを避ける。そのまま、ペーチルに襲いかかった。

『ぬぅ……!』

 そのパイロットである少佐は、咄嗟に腰の武装ラックから高振動ナイフを取り出して一撃を捌いたが、もう片腕による二撃目が、黒いペーチルの胴体を深く抉った。
 攻撃を食らった機体は堪らず尻餅を付いた。起き上がろうと身動ぎするが、その動きはおぼつかない。制御系にダメージを受けていた。
 とどめを刺そうとするガデューカの背後に、Tkー7改二が飛び掛る。だが、その動きを先読みしたように、敵機は素早く飛び退がる。そのまま、敵機はコンテナの影に身を隠した。

 比乃は咄嗟にレーダーに目をやるが、すでにスモークは晴れつつあるというのに、敵影は映らない。とんでもない隠密性に、思わず二度目の舌打ちをする。

 どこに隠れた──周囲を見渡す比乃から離れた所で、爆発が起こった。

『いかん……!  小隊各機、そちらに敵が行ったぞ!』

 通信を入れっ放しにも関わらず、慌てた様子で少佐が叫ぶ。しかし、それを嘲笑うかのように、爆発と破壊音は立て続けに起こった。
 この一瞬で、ロシアの部隊が撃破されていっている。状況を理解した比乃は、ロシア軍を援護するため、相手の了承も聞かずに機体を跳躍させた。

 アンカーとスラスター無しでも爆発的な跳躍力を発揮し、空中に舞った機体の眼下。一機の黒ペーチルがライフルを失い、ガデューカに追い詰められつつあった。

「させるか……!」

 Tkー7改二のスラスターを噴射、光の粒子を撒き散らしながら、黒ペーチルとガデューカの間に急降下。二機の間に着地した。
 敵は、機体を滑り込ませて来た比乃に驚きもせず、構うことなく、鋭い形状をした腕部による刺突を繰り出した。それを、腕部ナイフシーンスから展開した高振動ナイフの竜手で受け止めて、上に流す。硬い物に刃物を当てたような音を立てて、ナイフの上を敵のマニピュレータが通っていく。素手で高振動ナイフに触れたというのに、相手の腕部には傷一つ付いていない。

(どういう装甲してるんだ……!)

 腕を跳ね上げて、空いた胴体に蹴りを入れた。ガデューカが後方に吹っ飛ぶ。もろに打撃を食らったように見えたが、受け身を取って着地したその姿に、ダメージを受けた様子は見受けられず、またコンテナの裏に隠れて比乃の視界から消えた。

「後退して、早く!」

 状況に付いて行けず固まって居た黒ペーチルへ外部スピーカーで一方的に告げると、比乃は再度機体を跳躍させた。射撃武器を持った敵がいないのならば、上から敵を探せば良い。しかし、敵の姿は見えなかった。どこへ行った。自分の死角にいるのか、

 ──自衛隊に用はなかったのですけれど、
 ──邪魔をするのでしたら、
 ──お仕置きしてしまいましょう。

「……!」

 その時、比乃が反応できたのは奇跡と言って良かった。背後から感じ取った殺気に反応して、スラスターを後方へ吹かして前のめりになった背中に、一撃が加えられた。

「ぐっ……」

 突然の衝撃に息がつまる。墜落しそうになった機体を、どうにかして制御して着地させた。

 《背面冷却ユニット損傷》

 AIがダメージを報告する。それを聞いて、比乃は今何をされたのかをやっと理解した。相手もこちらと同時に跳躍し、背後を取って見せたのだ。更に、スラスターなどの姿勢制御装置もない機体で、一撃を入れて来た。もし、こちらにもスラスターが無かったら、今のでやられていた。

「ふざけた真似を……!」

 と、背後で着地音。比乃は再度、殺気を感じた。振り向きながら高振動ナイフを振り抜く、それに続く相手の動きは更に素早かった。ガデューカの放った貫手を受け、ナイフが手元から弾け飛び、二撃目で肩部装甲が吹っ飛んだ。

 《右肩部損傷》

「くっそ!」

 先程から翻弄されている。再度ナイフを抜き出し、しかし気迫負けしてジリジリと後退する比乃のTkー7改二に、ガデューカは余裕すら感じる動きで、歩を進めて行く。

『離脱しろchild1!  接近戦ではその機体に勝てない!』

「今ここで引いたら、後ろから斬られるだけですよっ!」

 少佐叫びに、返事をしつつ比乃から攻撃を仕掛ける。高振動ナイフを振りかざし、眼前の敵目掛けて突進する。勝算は無かったが、抗わなければ死ぬだけだ。

 突撃してきたtkー7に、ガデューカが空気を切り裂く音を立てながら貫手を放ってきた。それを間一髪の動きで、脇の下に受け流すと、脇を締めることでがっしりと挟み込んで、敵の右腕の動きを封じた。そのまま、もう片方の手にある、ナイフを振り上げた。

「獲ったぁ!」

 比乃が思わず叫んだ。しかし、刺突が敵の胴体を捉える前に、素早く動いたガデューカの右腕が、がしりとTkー7のマニピュレータの根元を掴み、そのまま捻り上げ──否、握り潰した。
 破砕音を立てて、ナイフを取りこぼす。二撃目が来る前に、比乃は脇を緩め、眼前の相手に蹴りを入れて距離を取り直した。

 組み合った結果として、こちらが一方的に損傷を受けただけの形となってしまった。比乃はAIにダメコンを指示しながら、構えを取って、気丈に相手を睨みつける。その頰に、一筋の冷や汗が流れた。

 一人では勝てないかもしれない。その嫌な予感が、現実味を帯びてきていた。
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