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第二十二話「影の思惑と現場の事情について」

状況開始

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 同日の深夜。日付が変わって少し経った頃。伏木富山港の西側に位置する伏木地区の片隅。大型コンテナが積まれている中の一つ、そのコンテナの中で、比乃は大欠伸をした。

「比乃……まだ、眠いの?」

 隣にいた心視が、眼を擦る比乃を心配するような口調で問う。予定通りに戦闘が起こったとして、その最中に眠気からミスをしたなんてなったら、目も当てられない。聞かれた比乃は、ううんっと呻きながら、伸びをした。

「ちゃんと七時間は寝たんだけどなぁ……体内時計はそう簡単には誤魔化せないか」

 東京で送っていた規則正しい生活が仇となったか、などと思いながら、眠気覚しにと買っておいた微糖の缶コーヒーを開けて、一口飲む。程よい甘さと強い苦味が、意識をはっきりさせた。そして比乃は「よしっ」と気を引き締め直す。
 ふと、心視が物欲しそうな目で、自分が手にしている缶コーヒーを見ているのに気付いた。比乃は「ほら」とそれを心視に差し出す。

「いいの?」

「いいよ、僕は一口飲んだら目が冴えた」

その缶を「ありがとう」と言って受け取った心視は、それを一気に飲もうとして、直前で動きを止めた。彼女の視線は先程、比乃が口を付けた飲み口に注がれている。

「………………」

 これに口を付ける行為が漢字と片仮名四文字で表されることに気付いた彼女は、その姿勢のままフリーズした。缶を凝視して固まった同僚には気付かぬまま、比乃はコンテナの中で蹲る自分の機体、Tkー7改二を見上げる。

 逞しくなった脚部と、ワイヤーアンカーの代わりに片側三基ずつ取り付けられたナイフシーンス。そして腰に取り付けられた小型、高出力のフォトンスラスター。
 それ以外は、通常型のTkー7と大差ない。しかし、手足と腰回りが違うだけで、随分と違う機体に見えた。左右に並ぶ、志度と心視のTkー7改と比較するとなおさら、その違いは明らかだった。

 この改造を施した東京技研のスタッフによれば、これをもっと簡易的にした物を、改めてTkー7改として量産し、既存の機体と入れ替わっていくことになるらしい。

 それを聞いた比乃は一抹の不安を覚えた。果たして、このずば抜けてピーキーになった機体を、一般的な機士が扱うことができるだろうか──今、機体を預けられている自分でさえ、その性能をフルに発揮できているとは思えないのに。

 だが、昨今の各国のAMW開発競争は熾烈を極めている。つい数年前まで最新型だったTkー7や、通常型のペーチルが、今では旧型と言わざるを得ない状況になっているのだ。

 そして、その分だけ、テロリストの繰り出して来るAMWもどんどん性能が上がってきている。ペーチルが改良型のS型に、トレーヴォなどの旧世代機は、武装やアビオニクスが強化された最新仕様に……旧来のままの通常型のTkー7では苦戦する現場も増えてきていると、比乃は聞いたことがあった。

 他国を例に挙げると、未だにクーデター軍と戦闘を続けている英国では、カーテナが正式に主力機となった。米国のXM6は、その型番から試作番号であるXの文字が外れようとしている。
 今回の騒動の元となっているロシアには、テロリストが扱うモンキーモデル、輸出仕様のペーチルなどよりも強力な、本国仕様の改良型ペーチルが配備されていると聞く。

 どの機体も、Tkー7など軽く遇らえる性能を持っている。この間に合わせの改造をした機体で、どこまで戦えるだろうか。今回の作戦も、上手くやることができるだろうか。

 作戦の直前になって、比乃は自機を見上げながら、そんなことを考えていた。その隣では、そんなことは知らない心視が、決心したように缶に口をつけようとしていた。その直前。

『比乃、心視、動きがあった!  搭乗急げ!』

 跪いていたTkー7改の片方、乗り込んでセンサーを巡らせていた志度が通信機越しに告げた。複数の熱源反応が動くのを察知して、志度の機体が、コンテナの天板を片腕で押し上げるように開きながら立ち上がる。

「こっちが当たりだったか、心視、行くよ」

「……うん」

 自機へと駆けていく比乃の背と、今しがた飲もうとしていたコーヒーを交互に見て、心視は名残惜しそうに缶を地面に置くと、自分の機体へと駆け出した。



 志度のTkー7に続き、機体を起こした比野は通信機を起動させた。

「こちらchild1、child2がAMWらしき動体を複数察知……こちらでも確認できました……照合一致、ペーチルSです」

 通信無線で新湊地区にいる富山駐屯地所属の小隊に向けて連絡を取ったのとほぼ同時に、数百メートル先にあったコンテナが内側から弾け飛んだ。それと同時に、どこに仕込んであったのか、コンテナのあちこちからスモークによる煙幕が焚かれた。あっと言う間に、周辺の視界が劣悪になる。

『了解。今すぐ応援に向かうが、最短でも二十分はかかる。それまで持ち堪えてくれ』

 通信機の向こうで、小隊長が淡白な口調で告げる。しかし、新湊地区から伏木地区まで大体八キロ。深夜と言えど交通がある中を直接歩くわけにもいかないから、コンテナから取り出して移動用キャリアーに積んで移動してとなると、どう頑張っても二十分で着くわけがない。

 それが解っている比乃は、正面の煙を睨みつけるように観察しながら、

「それより早く片付けます。通信終わり」

 そう勇ましく言って通信を切った。通信をしている間にも、スモークの中で動く影が複数あった。しかし、スモークにチャフでも混じっているのか、それを目視した次の瞬間には、熱源探知も役に立たなくなった。

 比乃は短筒を腰の武装ラックから取り出してその影に向かって構えようとしたが、それよりも早く、機影はコンテナの裏へと回ってしまう。
 こちらが動き出したことは既にバレている。比乃は舌打ちすると、それでも出来るだけ音を立てないようにコンテナから機体を出した。

「志度、心視。そっちで敵の動きは追える?」

『駄目だ、センサーが役に立たねぇ』

『……こっちも』

 ただでさえ、積み上がったコンテナが壁となって迷路のような地形になっているというのに、スモークによってセンサーを無力化されているとなっては、隠れている敵機を捕捉するのは容易ではない。

「有視界戦闘でやり合うしかないか、お互いに死角をカバーしつつ前進。敵機を捕捉次第攻撃」

『『了解』』

 三人は上から見て三角形になるように陣形を組むと、こちらまで広がって来た煙の中、周囲を警戒しながら、慎重に動き出した。最初に見えた影の数は三つ。少なくとも、それ以上の数の敵機がいる中で、派手に動き回る訳にはいかなかった。
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