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第二十一話「短期的出張と特殊部隊について」
荒々しい出会い
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連絡を受けてから数日後。しばらくの借り住まいとなる富山駐屯地を目指し、最寄駅である砺波駅を降りた私服姿の比乃、志度、心視の三人は歩き出した。
駅から目的地までは二、三キロあったが、到着予定時刻まではまだ余裕があるし、しばらく滞在することになる町の土地勘を、少しでも養っておこうという魂胆であった。
駅から出て少し歩いた志度と心視が、余所者感丸出しできょろきょろと辺りを見渡す。
「なんだか車が多い町だな」
「東京とは……ちょっと違う」
自分たちが今住んでいる場所との違いに驚いている二人に苦笑しながら、比乃も辺りを観察してみる。流石に駅前ということで、それなりに人はいるが、それも疎らで、ほとんど人は歩いていない。その代わり、車が結構な数を走っている。全体的には静かな印象の町だった。
「まぁ東京が特別混雑が激しいっていうのもあると思うけどね」
そんなことを話しながら、大通りを歩いて十数分程経った。すると、通り掛かった路地裏から不穏な声が聞こえてきた。ビルとビルの間、まだ昼間だというのに薄暗いそこは、何か如何わしいことをするには、もってこいの場所だ。
「痛い目見たくなかったら、財布置いてきな」
なんとも古典的な台詞。比乃がその路地を覗き込むと、六人ほどの大柄な青年が、二人の小柄な少年を囲んで凄んでいる。青年たちは、どれもこれも着崩したジャージにシルバーアクセサリを身に纏っている。如何にもチンピラですと言った容姿をしていて、比乃は一目で彼らが真っ当な人種ではないとわかった。
囲まれている二人は、キャップ帽を目深に被っており、その表情はよく伺えないが、外国人に見えた。髪型から少年と少女だろう、年齢は十代前半くらいか。
二人ともお揃いのラフな格好をしており、怯える少女を少年が守るように前に出ている。どうやら兄妹のようだ。前に出ているのが兄だろう。
周りを囲む連中を、きっと睨む少年の姿勢からは、後ろの少女は絶対に守るという気概が見て取れた。が、相手は大の大人が六人、形勢が悪いのは明らかだった。
「どうする比乃、やっちまうか?」
比乃の後ろから路地裏を覗き込んだ志度が、手をぽきぽき鳴らしながら提案する。その後ろにいる心視もやる気満々に見えた。明らかな悪事を見逃すのは、自衛官としての流儀に反する。
「そうだね、ちょっとこれは見過ごせない。いくよ二人共」
比乃は即決すると、二人を連れて路地裏に足を踏み入れた。囲んでいる何人かが気付いて「なんだぁてめぇら」と睨んでくる。 比乃はそれを涼やかな表情で受け流すと、わざと、挑発するような口調で言った。
「大の大人が子供をカツアゲして小遣い稼ぎですか、しょうもない人達ですね」
明らかに十代前半にしか見えない子供にそんなことを言われ、二人を囲んでいた男達は一斉に比乃達の方に向き直った。
「てめぇ今なんつった!」
「子供が舐めた口きいてんじゃねぇぞああ?!」
「僕達危ない大人なのよ、そんな僕らにそんなこと言っちゃ駄目ってわかる? ん?」
そんなことを口々に言いながら、少年を囲んでいた輪を解いて、じりじりと比乃達の方へと近づいてくる。
ここまでは比乃の狙い通り、包囲を解かれた二人に手振りでさっさと逃げるように促すと、更に続ける。
「しょうもない大人だなって言ったんですよ、耳まで悪いんですか?」
子供にしか見えない相手に、そこまで罵倒されて、男達全員が憤慨したように顔を真っ赤にした。比乃を睨み付ける目が殺気立つ。その内の何人かは、ポケットに手を突っ込んでいる。何か得物を持っているらしい。しかし、比乃は怯える様子も一切なく、その集団に向かってむしろ足早に近づいていく。
その態度に不気味なものを感じたのか、逆に気圧されたチンピラの何人かが後退りした。その様子だけで、比乃は彼らの力量を悟った。
「志度、心視。半殺しまでなら許す、一応刃物には注意ね」
「おっけー」
「了解……」
そして比乃の後ろから前に出てきた更に小柄な二人が、殺気を放ちながら男達に近づく。本物の殺気、その迫力に、チンピラ達は言葉を失って、緊張の線が切れたように集団の中の一人が叫んだ。
「てめぇら袋にしちまえ!」
その言葉を皮切りに、男達が一斉に三人に襲いかかった。内の何人かが、ポケットから鈍く光る折り畳みナイフを取り出している。完全に輪から外れた少女が、血相を変えて「逃げて!」と辿々しい発音で叫ぶ。だが、三人は一歩も引かなかった。
まず心視が、殴りかかってきた男の拳をがっちりと掴む。そして力を思い切り込めると、握られた拳から嫌な音がして、男が悲鳴をあげた。そのまま腕を捻り上げて、力任せに地面に叩きつける。
続けて別の男が、志度を斬り付けようとナイフを振るう、志度はそれをひょいと下がるだけで避けると、振り下ろされたナイフの根元を握って、ばきりと折ってしまった。武器を折られた男は、何が起こったのか解らないという顔をしていた。その間抜けな顔面に志度の拳が叩き込まれ、鼻血を撒き散らしながら男の体が吹っ飛ぶ。
そして比乃は、その二人と男達の間を縫うように移動する。そして最初にかかれと叫んだリーダー格らしい男まで一気に近づくと、相手が反応するよりも早く、相手の鳩尾に蹴りを叩き込んだ。義足による蹴りの破壊力は凄まじく、男は体をくの字に曲げ、泡を吹いて地面に崩れ落ちた。
そこからはもう、ただの虐殺だった。比乃の背後から近付いた男が、後ろ蹴りを食らって地面を転げる。 心視にナイフを突き刺そうとした男が、次の瞬間には背中から地面に打ち付けられた。志度に掴みかかろうとした男は、逆に捕まってぽいと壁に叩き付けられた。
あっと言う間に、六人のチンピラを殲滅した三人は、まだ逃げずに、その圧倒的な戦いを呆けて見ていた少年と少女に駆け寄った。自分たちよりも少し歳上くらいの少年少女の大立ち回りに、呆然とした様子だった。
「大丈夫? 怪我はない?」
比乃がそう声を掛けると、少年と少女は不慣れそうな日本語で「あ、ありがとう……」と礼をして頭を下げた。
「お礼はいいよ、これも仕事みたいなもんだし」
「そうそう」
「ゴミ掃除……大事な仕事」
首を傾げて「仕事?」と呟く二人に背を向けて「それじゃあ」とその場を立ち去ろうとした三人の前に、新たな人物が現れた。額に汗を玉のように浮かべたその男性。彫りが深い顔に白髪が目立つ、青い瞳の西洋人が、死屍累々の光景に血相を変えた。
「ダーリア、マラット! 大丈夫か!」
日本語でそう叫んだ西洋人に、少年と少女は駆け寄り「アチェーツ!」と抱き着いた。どうやら、この三人はロシア人らしい。今の二人の言葉と発音から、比のはそう判断すると、父親らしき人物に事情を説明する。
「ちょっとチンピラに絡まれてたみたいです。お子さん、ちゃんと見といてあげてください」
「そうだったのですか……申し訳ない、私が目を離した隙に二人とも居なくなってしまって」
その隙に路地裏に連れ込まれたようだった。ここら辺治安悪いのかな、と比乃は思いながら「それでは、僕らはこれで」と立ち去ろうとする。が、その前に父親が引き止めるように声をかけた。
「貴方達は息子と娘の恩人だ。せめて、名前をお聞かせ願えないだろうか」
「僕は日比野 比乃といいます。こっちは浅野 心視と白間 志度。もう目を離しちゃ駄目ですよ」
それだけ言って、今度こそ三人はその場から足早に立ち去った。たまにはAMW無しでの人助けも悪くない。そんなことを思いながら。
その場に残された父親は、先ほどまで浮かべていた優しげな目から一瞬、鋭い目付きになると、子供たちにも聞こえないような小さい声で呟いた。
「あれが、日野部の子供たちか」
駅から目的地までは二、三キロあったが、到着予定時刻まではまだ余裕があるし、しばらく滞在することになる町の土地勘を、少しでも養っておこうという魂胆であった。
駅から出て少し歩いた志度と心視が、余所者感丸出しできょろきょろと辺りを見渡す。
「なんだか車が多い町だな」
「東京とは……ちょっと違う」
自分たちが今住んでいる場所との違いに驚いている二人に苦笑しながら、比乃も辺りを観察してみる。流石に駅前ということで、それなりに人はいるが、それも疎らで、ほとんど人は歩いていない。その代わり、車が結構な数を走っている。全体的には静かな印象の町だった。
「まぁ東京が特別混雑が激しいっていうのもあると思うけどね」
そんなことを話しながら、大通りを歩いて十数分程経った。すると、通り掛かった路地裏から不穏な声が聞こえてきた。ビルとビルの間、まだ昼間だというのに薄暗いそこは、何か如何わしいことをするには、もってこいの場所だ。
「痛い目見たくなかったら、財布置いてきな」
なんとも古典的な台詞。比乃がその路地を覗き込むと、六人ほどの大柄な青年が、二人の小柄な少年を囲んで凄んでいる。青年たちは、どれもこれも着崩したジャージにシルバーアクセサリを身に纏っている。如何にもチンピラですと言った容姿をしていて、比乃は一目で彼らが真っ当な人種ではないとわかった。
囲まれている二人は、キャップ帽を目深に被っており、その表情はよく伺えないが、外国人に見えた。髪型から少年と少女だろう、年齢は十代前半くらいか。
二人ともお揃いのラフな格好をしており、怯える少女を少年が守るように前に出ている。どうやら兄妹のようだ。前に出ているのが兄だろう。
周りを囲む連中を、きっと睨む少年の姿勢からは、後ろの少女は絶対に守るという気概が見て取れた。が、相手は大の大人が六人、形勢が悪いのは明らかだった。
「どうする比乃、やっちまうか?」
比乃の後ろから路地裏を覗き込んだ志度が、手をぽきぽき鳴らしながら提案する。その後ろにいる心視もやる気満々に見えた。明らかな悪事を見逃すのは、自衛官としての流儀に反する。
「そうだね、ちょっとこれは見過ごせない。いくよ二人共」
比乃は即決すると、二人を連れて路地裏に足を踏み入れた。囲んでいる何人かが気付いて「なんだぁてめぇら」と睨んでくる。 比乃はそれを涼やかな表情で受け流すと、わざと、挑発するような口調で言った。
「大の大人が子供をカツアゲして小遣い稼ぎですか、しょうもない人達ですね」
明らかに十代前半にしか見えない子供にそんなことを言われ、二人を囲んでいた男達は一斉に比乃達の方に向き直った。
「てめぇ今なんつった!」
「子供が舐めた口きいてんじゃねぇぞああ?!」
「僕達危ない大人なのよ、そんな僕らにそんなこと言っちゃ駄目ってわかる? ん?」
そんなことを口々に言いながら、少年を囲んでいた輪を解いて、じりじりと比乃達の方へと近づいてくる。
ここまでは比乃の狙い通り、包囲を解かれた二人に手振りでさっさと逃げるように促すと、更に続ける。
「しょうもない大人だなって言ったんですよ、耳まで悪いんですか?」
子供にしか見えない相手に、そこまで罵倒されて、男達全員が憤慨したように顔を真っ赤にした。比乃を睨み付ける目が殺気立つ。その内の何人かは、ポケットに手を突っ込んでいる。何か得物を持っているらしい。しかし、比乃は怯える様子も一切なく、その集団に向かってむしろ足早に近づいていく。
その態度に不気味なものを感じたのか、逆に気圧されたチンピラの何人かが後退りした。その様子だけで、比乃は彼らの力量を悟った。
「志度、心視。半殺しまでなら許す、一応刃物には注意ね」
「おっけー」
「了解……」
そして比乃の後ろから前に出てきた更に小柄な二人が、殺気を放ちながら男達に近づく。本物の殺気、その迫力に、チンピラ達は言葉を失って、緊張の線が切れたように集団の中の一人が叫んだ。
「てめぇら袋にしちまえ!」
その言葉を皮切りに、男達が一斉に三人に襲いかかった。内の何人かが、ポケットから鈍く光る折り畳みナイフを取り出している。完全に輪から外れた少女が、血相を変えて「逃げて!」と辿々しい発音で叫ぶ。だが、三人は一歩も引かなかった。
まず心視が、殴りかかってきた男の拳をがっちりと掴む。そして力を思い切り込めると、握られた拳から嫌な音がして、男が悲鳴をあげた。そのまま腕を捻り上げて、力任せに地面に叩きつける。
続けて別の男が、志度を斬り付けようとナイフを振るう、志度はそれをひょいと下がるだけで避けると、振り下ろされたナイフの根元を握って、ばきりと折ってしまった。武器を折られた男は、何が起こったのか解らないという顔をしていた。その間抜けな顔面に志度の拳が叩き込まれ、鼻血を撒き散らしながら男の体が吹っ飛ぶ。
そして比乃は、その二人と男達の間を縫うように移動する。そして最初にかかれと叫んだリーダー格らしい男まで一気に近づくと、相手が反応するよりも早く、相手の鳩尾に蹴りを叩き込んだ。義足による蹴りの破壊力は凄まじく、男は体をくの字に曲げ、泡を吹いて地面に崩れ落ちた。
そこからはもう、ただの虐殺だった。比乃の背後から近付いた男が、後ろ蹴りを食らって地面を転げる。 心視にナイフを突き刺そうとした男が、次の瞬間には背中から地面に打ち付けられた。志度に掴みかかろうとした男は、逆に捕まってぽいと壁に叩き付けられた。
あっと言う間に、六人のチンピラを殲滅した三人は、まだ逃げずに、その圧倒的な戦いを呆けて見ていた少年と少女に駆け寄った。自分たちよりも少し歳上くらいの少年少女の大立ち回りに、呆然とした様子だった。
「大丈夫? 怪我はない?」
比乃がそう声を掛けると、少年と少女は不慣れそうな日本語で「あ、ありがとう……」と礼をして頭を下げた。
「お礼はいいよ、これも仕事みたいなもんだし」
「そうそう」
「ゴミ掃除……大事な仕事」
首を傾げて「仕事?」と呟く二人に背を向けて「それじゃあ」とその場を立ち去ろうとした三人の前に、新たな人物が現れた。額に汗を玉のように浮かべたその男性。彫りが深い顔に白髪が目立つ、青い瞳の西洋人が、死屍累々の光景に血相を変えた。
「ダーリア、マラット! 大丈夫か!」
日本語でそう叫んだ西洋人に、少年と少女は駆け寄り「アチェーツ!」と抱き着いた。どうやら、この三人はロシア人らしい。今の二人の言葉と発音から、比のはそう判断すると、父親らしき人物に事情を説明する。
「ちょっとチンピラに絡まれてたみたいです。お子さん、ちゃんと見といてあげてください」
「そうだったのですか……申し訳ない、私が目を離した隙に二人とも居なくなってしまって」
その隙に路地裏に連れ込まれたようだった。ここら辺治安悪いのかな、と比乃は思いながら「それでは、僕らはこれで」と立ち去ろうとする。が、その前に父親が引き止めるように声をかけた。
「貴方達は息子と娘の恩人だ。せめて、名前をお聞かせ願えないだろうか」
「僕は日比野 比乃といいます。こっちは浅野 心視と白間 志度。もう目を離しちゃ駄目ですよ」
それだけ言って、今度こそ三人はその場から足早に立ち去った。たまにはAMW無しでの人助けも悪くない。そんなことを思いながら。
その場に残された父親は、先ほどまで浮かべていた優しげな目から一瞬、鋭い目付きになると、子供たちにも聞こえないような小さい声で呟いた。
「あれが、日野部の子供たちか」
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