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第二十一話「短期的出張と特殊部隊について」

新しい勤務地

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 何かまた任務があるのではないかと比乃は踏んだ。まさか、ただの世間話をするためだけに電話をかけてきた訳ではあるまい。いや、その可能性も否定できないのだけれど、部隊長であるし。

 とりあえず、前者であることを想定した比乃が「また困りごとですか」と、少し声を潜めて言う。すると、電話口の向こうで、部隊長が小さく唸る。

『実はその通りだ……あまり、お前たちに学校を休んで欲しくはないのだがな、少し遠出してもらうことになってな。その連絡だ』

「学校はまだ休んでも大丈夫だから平気ですよ。それで遠出というのは、北海道ですか?  九州ですか?  それとも国外ですか?」

『いやいやいや、別にそんな遠くに行けとは言わんぞ』

 部隊長は否定したが、比乃はどこか遠い目になった。

「いえ、なんだか最近、沖縄から遠出ばっかりしてる気がするものでつい」

 ここ最近、沖縄から東京に出て学校生活を始めさせられたり、太平洋のど真ん中に拉致されたりしているので、もうどこへ行けと言われても驚かない。比乃の言い草に、電話の向こうで部隊長は冷や汗をかいた。

『ああ……ま、今回はそんな遠くではない、行き先は北陸の富山県にある港だ』

 それを聞いて、比乃はそこそこ遠いじゃないかと思いながら「富山県の港と言うと……」と呟いて、手元の携帯端末にワードを入力して検索をかけた。そして、ページの頭に出てきた検索結果を見た。

「伏木富山港ですか?  ロシアとか中国、韓国との貿易港になってるところですね」

 伏木富山港。日本海側の重要な交易拠点となっている、巨大な湾港である。六つの埠頭が有り、大型のコンテナ船や国際フェリーなども寄港する場所だ。そんな場所で自衛隊の出番となるような案件は一つしかない。テロリストによるAMW密輸の調査である。

『そうだ。と言っても、中国は四つに割れて内戦状態。韓国は北の将軍が何をしでかすかわからない緊張状態で、まともに交易が出来てるのはロシアくらいだけどな』

「安定してますもんね、ロシアの対テロ戦闘は。それで、何故僕らがそんな所に?」

『先日、危険思想団体が、テロ組織からAMWを密輸入するという情報が入った。その経路が、どうもロシア経由らしい。それで、積み荷の受け取り先を絞り込んだら、自然とそこに繋がったわけだ』

 伏木富山港は、車の輸出入が日本国内でもトップクラスに多い場所だ。そこならば、車やその部品類を隠れ蓑にして、AMWの部品や本体を密輸入するには打って付けというわけだろう。
 もしかしたら、今まで引っ掛かっていなかっただけで、比乃達が相手をしてきたテロリストが乗っていたAMWも、そこから運び込まれた物かもしれない。

 それに、ロシア政府は国家間だけでなく、不特定多数の相手に対してモンキーモデル、輸出仕様のAMWを販売しているという噂でも有名である。その真偽はともかく、そこから横流しされたか、もしくは直接購入した機体が、日本でのテロ行為に使われていたとしても不思議ではない。

「というか、いつもの密輸入組織のパターンじゃないですか」

『ああ、いつものパターンだ。だが、今回の相手は規模が相当でかいらしくてな。現場の部隊だけでは手に負えるか解らないらしい』

 北陸地方の駐屯地と言えば、第十四普通科連隊がある金沢駐屯地や、富山駐屯地などがある。しかし、そこにあるAMW部隊はいずれも新設されたばかりだった。練度が不足しているし、数も不足していた。

『最近、東北地方で別の密輸入組織が潰されたとあって、向こうも慎重になるか、あるいは強行してくる可能性が出てきている。前者であれば、徹底的に調査して見つけ出せばいいだけだが、相手が後者で出てきた場合、北陸の師団だけでは、対AMWの戦力が足りずに対処できるか不安がある。そこで俺が泣き付かれたわけだ』

「それで、丁度いいことに、東京にいる僕らにお声がかかったと」

『そういうことだ……全く、どこから聞いたのか、東京に部下が居るのも知ってやがった』

 部隊長が忌々しげに呟く。どうやら、泣き付かれた相手に比乃達の情報が漏れていたのが気に食わないらしい。

「話を纏めると、僕らが応援として港の警備、警戒任務に就いて、場合によっては、その密輸組織の鎮圧に当たるってことですね」

 それだけであれば、そんなに大ごとではないなと、比乃は思った。やることは、普段とそんなに変わらない。現地の部隊だけでテロ組織を鎮圧できればそれでよし、できなければ、自分たちが増援として出て、敵を蹴散らす。ただそれだけだ。しかし、部隊長は『それとな』と神妙な口調で付け加えた。

『これは個人的な線から聞いた話だが、今回の密輸組織とその購入先を潰すのに、ロシアのスペツナズが動いているらしい。おそらく、極東軍管区の第十四独立旅団……ウスリースクの駐留部隊だな』

 極東軍管区第十四独立特殊任務旅団とは、GRUグルー(ロシア連邦軍参謀本部情報総局)の所有するスペツナズ(特殊任務部隊)の一つを指す。主に敵国の諜報や破壊工作、要人暗殺を主にした部隊のはずだが、それが何故ここで出張って来るのか、それを聞いた比乃は眉を顰めた。

「ロシアの特殊部隊が?  それまたどうして」

『流石にそこまでは知らんが……今回、自分の尻は自分で拭くつもりなのかもしれんな。あの国にしては珍しい心掛けだが。確かAMWを所有している部隊もそこのはずだ……まさかとは思うが』

「AMWを持ち込んで来て作戦行動を取る可能性もあると?」

 そんなことになったら、下手をすれば国際問題に発展しかねない。だが、あの国ならやりかねないという一抹の予感すらあった。日本国内のことは日本に任せておいてくれれば良い物を……部隊長の杞憂で終われば良いのにと、比乃は祈らずにはいられなかった。

『ともかくだ。今回はただの警備任務で終わるとは思えん。そのつもりで任務に当たって貰いたい』

「……了解しました」

『それと、これは私的なことだが……鱒寿司買っておいてくれ、クール便なら沖縄にも送れるだろ』

 先程まで真剣な話だったのに、部隊長の余計な最後の一言に、比乃は思わずずっこけた。
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