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第二十一話「短期的出張と特殊部隊について」
事情説明
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「なんてことがあってさ、それで今日も帰るのが遅くなったわけ」
台所に立ち、包丁をとんとん鳴らして食材を刻みながら、比乃が後ろにいる二人に経緯を説明して弁明した。話を聞いた腹ぺこの二人は腹をぐぅと鳴らし、自分たちに空腹を強いる原因となったその三尉について各々の感想を述べる。
「その三尉……現場を知らなすぎ」
「そうだね。若い人だったし、AMWに乗って前線張ったことは無さそうだったかなぁ」
「……消す?」
「いや、そんな物騒なことしなくていいから……」
包丁を止めて比乃が振り返る。隣の志度にどうどうと諌められた心視の目は、剣呑な雰囲気を纏っていた。余程、腹が空いているらしい。比乃は調理を急ぐことにした。再び二人に背を向けた比乃の背中に「にしたって無茶言うぜ」と今度は志度が、
「相手は重武装の機体で、しかも市街地の中だろ? 普通なら一撃で仕留めるのがセオリーってもんだ。それをマスコミのヘリが見てるからって理由で無茶な注文つけて、それをしっかり遂行したのに始末書とか、俺だったらその三尉ぶん殴ってるね」
そう言って「比乃はよく我慢したもんだ」と、うんうんと比乃の我慢強さに感心する。心視も、その通りと言わんばかりに頷いている。
比乃は「志度の力で人殴ったら死んじゃうよ」と苦笑しながら、切った具材を土鍋に投入して蓋をした。今晩の献立は夏の鍋料理である。
「世間様の目を気にするのも結構なことだけど、もうちょっと現場の苦労って物を解ってほしいよね……よし、あとは煮るだけだから、もう少し待ってね」
「はーい」
二人が返事をして、比乃はエプロンを脱いでフックにかける。その時、部屋の固定電話が鳴った。これに掛けてくる相手は決まっている、比乃が急いで受話器を持ち上げて、耳に当てた。
「はいもしもし」
『おう比乃か、聞いたぞ始末書の件。大変だったなぁ』
電話の相手は、比乃が予想した通りの人物だった。沖縄にいる第三師団の長、日野部一等陸佐であった。この電話が鳴る時は、大抵、部隊長からの直接の指示だとか、沖縄の近状報告(という名の雑談)である。逆に、比乃がこの電話を使うのも、部隊長への近状報告を行うか、志度や心視が出前を頼むときくらいだった。それよりも、比乃は気になることがあった。
「……どこでその話を聞いたんですか、部隊長」
まさか、まだ盗聴器が、と比乃は志度と心視に目配せする。その意味を悟った二人が、がたりと音を立てて、椅子から腰を浮かせる。周囲に目配せして、調べ始めようとした。が、その前に部隊長が、
『高橋の奴とさっきまで話しててな、その時に聞いた』
と、始末書の件を知っていた理由を話したので、比乃は「なんだ、そうだったんですか」と返事をして、椅子から腰を浮かせた二人に、手でステイと着席するようにジェスチャーを送った。二人はすぐに席に戻る。以心伝心である。
『お前に、助っ人に来てくれたのに、部下がつまらんもの書かせて悪かったなって謝ってたぞ。俺の方から伝えてくれってさ』
そう、昼頃の事件は、まだ学校で昼食を取っていた比乃に緊急で要請された出撃だったのである。携帯端末で連絡を受けた比乃は、教師への事情の説明を志度と心視に任せ、素早く現場に急行。そして現場でTkー7改を駆って、テロ事件を無事に解決したのである。
そのおかげで、午後の授業を丸々サボる形になってしまった。だが、教師陣はそこら辺の事情を理解しているので、さしたる問題ではなかった。ノートは志度と心視がしっかり取ってくれているし、比乃は成績優秀ではある。出席日数も、ぎりぎりなんとかなっているはずである。
ただ、ちょくちょく学校から居なくなる比乃達について、クラスメイトたちが妙な噂を流している。その噂は、尾ビレ背ビレが着いて、どんどん学校中に拡散されていっているのだが……幸か不幸か、比乃はまだそのことを知らない。
「はぁ、いえ、別に書くのは時間掛かっただけで大した手間でもなかったのですが」
何せ、始末書の内容は適当に、ただし突っ込みどころは極力少なくなるように、という風に仕上げたので、その分だけ時間が必要だったが、労力自体はあまりかからなかった。
そもそも、敵機に発砲された程度で真面目な始末書なんて書いていたら、とてもではないがやってられない。昨今の対AMW戦とはそういう物だ。それがわかっている部隊長は呆れた様子だった。
『最近の事務上がりの奴は理想論だけで作戦を語るからなぁ』
「理想通りに事が運べば、それに越したことはないんですけどね。中々そう上手くはいかないのが現実ってもんです」
『全くだ。そも、民間人に被害が出たなんて言うなら解るが、お前は周辺施設に被害を一切出さずに、しっかり無力化させたそうじゃないか、書かせた奴の顔が見てみたいぞ。マスコミだなんだの相手は俺達がすることで、お前ら現場は無事に事件を解決しさえすれば良いだけなのにな』
実際、マスコミがこの件でどうだこうだと騒いだ所で、その対応をするのが下が佐官クラス、上なら総理大臣や関係する議員連中である。現場の下士官、機士は上から指示された通りに、出来る限り周辺に被害を出さないように努力した上で、テロリストを殲滅すれば、それで良いのだ。
「まぁ、お若い方でしたから」
実際、あの時臨時で指揮に入った三尉は経験が浅い所ではなく、現場でのまともな指揮は始めてというレベルだった。戦闘は数字と記録でしか知らないインテリタイプである。そこまで事情を知らない比乃は「経験不足だったのでしょう」の一言で片付けた。
『お前に若いって言われちゃお終いだな……戦闘経験はお前の方が上かもしれんが、陸尉が形無しだな』
「いくら経験があっても、こっちは万年三等陸曹が決まってるようなもんですけどね、事情が事情ですし」
『いや、いつか陸尉に押し上げてやるぞ、そして業務の多さに嘆かせてやる』
「遠慮しておきます。それはさておき、今回は何の用事ですか?」
台所に立ち、包丁をとんとん鳴らして食材を刻みながら、比乃が後ろにいる二人に経緯を説明して弁明した。話を聞いた腹ぺこの二人は腹をぐぅと鳴らし、自分たちに空腹を強いる原因となったその三尉について各々の感想を述べる。
「その三尉……現場を知らなすぎ」
「そうだね。若い人だったし、AMWに乗って前線張ったことは無さそうだったかなぁ」
「……消す?」
「いや、そんな物騒なことしなくていいから……」
包丁を止めて比乃が振り返る。隣の志度にどうどうと諌められた心視の目は、剣呑な雰囲気を纏っていた。余程、腹が空いているらしい。比乃は調理を急ぐことにした。再び二人に背を向けた比乃の背中に「にしたって無茶言うぜ」と今度は志度が、
「相手は重武装の機体で、しかも市街地の中だろ? 普通なら一撃で仕留めるのがセオリーってもんだ。それをマスコミのヘリが見てるからって理由で無茶な注文つけて、それをしっかり遂行したのに始末書とか、俺だったらその三尉ぶん殴ってるね」
そう言って「比乃はよく我慢したもんだ」と、うんうんと比乃の我慢強さに感心する。心視も、その通りと言わんばかりに頷いている。
比乃は「志度の力で人殴ったら死んじゃうよ」と苦笑しながら、切った具材を土鍋に投入して蓋をした。今晩の献立は夏の鍋料理である。
「世間様の目を気にするのも結構なことだけど、もうちょっと現場の苦労って物を解ってほしいよね……よし、あとは煮るだけだから、もう少し待ってね」
「はーい」
二人が返事をして、比乃はエプロンを脱いでフックにかける。その時、部屋の固定電話が鳴った。これに掛けてくる相手は決まっている、比乃が急いで受話器を持ち上げて、耳に当てた。
「はいもしもし」
『おう比乃か、聞いたぞ始末書の件。大変だったなぁ』
電話の相手は、比乃が予想した通りの人物だった。沖縄にいる第三師団の長、日野部一等陸佐であった。この電話が鳴る時は、大抵、部隊長からの直接の指示だとか、沖縄の近状報告(という名の雑談)である。逆に、比乃がこの電話を使うのも、部隊長への近状報告を行うか、志度や心視が出前を頼むときくらいだった。それよりも、比乃は気になることがあった。
「……どこでその話を聞いたんですか、部隊長」
まさか、まだ盗聴器が、と比乃は志度と心視に目配せする。その意味を悟った二人が、がたりと音を立てて、椅子から腰を浮かせる。周囲に目配せして、調べ始めようとした。が、その前に部隊長が、
『高橋の奴とさっきまで話しててな、その時に聞いた』
と、始末書の件を知っていた理由を話したので、比乃は「なんだ、そうだったんですか」と返事をして、椅子から腰を浮かせた二人に、手でステイと着席するようにジェスチャーを送った。二人はすぐに席に戻る。以心伝心である。
『お前に、助っ人に来てくれたのに、部下がつまらんもの書かせて悪かったなって謝ってたぞ。俺の方から伝えてくれってさ』
そう、昼頃の事件は、まだ学校で昼食を取っていた比乃に緊急で要請された出撃だったのである。携帯端末で連絡を受けた比乃は、教師への事情の説明を志度と心視に任せ、素早く現場に急行。そして現場でTkー7改を駆って、テロ事件を無事に解決したのである。
そのおかげで、午後の授業を丸々サボる形になってしまった。だが、教師陣はそこら辺の事情を理解しているので、さしたる問題ではなかった。ノートは志度と心視がしっかり取ってくれているし、比乃は成績優秀ではある。出席日数も、ぎりぎりなんとかなっているはずである。
ただ、ちょくちょく学校から居なくなる比乃達について、クラスメイトたちが妙な噂を流している。その噂は、尾ビレ背ビレが着いて、どんどん学校中に拡散されていっているのだが……幸か不幸か、比乃はまだそのことを知らない。
「はぁ、いえ、別に書くのは時間掛かっただけで大した手間でもなかったのですが」
何せ、始末書の内容は適当に、ただし突っ込みどころは極力少なくなるように、という風に仕上げたので、その分だけ時間が必要だったが、労力自体はあまりかからなかった。
そもそも、敵機に発砲された程度で真面目な始末書なんて書いていたら、とてもではないがやってられない。昨今の対AMW戦とはそういう物だ。それがわかっている部隊長は呆れた様子だった。
『最近の事務上がりの奴は理想論だけで作戦を語るからなぁ』
「理想通りに事が運べば、それに越したことはないんですけどね。中々そう上手くはいかないのが現実ってもんです」
『全くだ。そも、民間人に被害が出たなんて言うなら解るが、お前は周辺施設に被害を一切出さずに、しっかり無力化させたそうじゃないか、書かせた奴の顔が見てみたいぞ。マスコミだなんだの相手は俺達がすることで、お前ら現場は無事に事件を解決しさえすれば良いだけなのにな』
実際、マスコミがこの件でどうだこうだと騒いだ所で、その対応をするのが下が佐官クラス、上なら総理大臣や関係する議員連中である。現場の下士官、機士は上から指示された通りに、出来る限り周辺に被害を出さないように努力した上で、テロリストを殲滅すれば、それで良いのだ。
「まぁ、お若い方でしたから」
実際、あの時臨時で指揮に入った三尉は経験が浅い所ではなく、現場でのまともな指揮は始めてというレベルだった。戦闘は数字と記録でしか知らないインテリタイプである。そこまで事情を知らない比乃は「経験不足だったのでしょう」の一言で片付けた。
『お前に若いって言われちゃお終いだな……戦闘経験はお前の方が上かもしれんが、陸尉が形無しだな』
「いくら経験があっても、こっちは万年三等陸曹が決まってるようなもんですけどね、事情が事情ですし」
『いや、いつか陸尉に押し上げてやるぞ、そして業務の多さに嘆かせてやる』
「遠慮しておきます。それはさておき、今回は何の用事ですか?」
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