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第十九話「心視のお留守番について」

貢献のための相談

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「それで、この私を呼んだというわけなのだな?」

「……よろしく」

 電話をかけて、事情を話すや否や「すぐ行くぞ!」と電話口で告げてから、本当にすぐ黒塗りリムジンでやって来た友人。森羅 紫蘭を、心視は部屋に招き入れた。

 普段から意中の相手である有明 晃に、愛だの何だのと騒いでいる彼女に、比乃の役に立つには、そして振り向かせるためにはどうしたら良いか、アドバイスを聞こうと言う魂胆であった。

「それにしても、心視に恋の相談を持ちかけられるとは……ふっ、私も歳を取った物だな……」

「それ、この前やった……それより、相談なんだけど」

「いや待て、言わずとも解るぞ。自分の中に迸る熱い思いの行き場が無くて苦しくて堪らないのだろう……解る、解るぞ。その気持ち……恋する乙女のジレンマという物だな……そう、私たちはこのはち切れそうな想いを、ただ一人に理解してもらいたいだけなのだ……」

 心視の言葉を遮って、芝居くさい仕草で髪をかきあげながら、時折、苦しむように胸に手をやって語り続ける森羅。もし、ここに晃や比乃が居れば「うわぁ……」とドン引きしていたに違いない。
 が、心視は真面目に、その言葉を聞いていた。その内容のほとんどは理解できていないが、ふむふむとしきりに頷く。

 しばらく自身の愛について語って、謎のポージングを決めた森羅が「さて」と口を開いた。

「で、つまりは比乃を振り向かせたいのだな?  電話で聞いた限りでは」

「そう……どうしたら、いい?」

「意中の相手に自分を好きになってもらう方法……それは、押せ押せだ!」

 それは至極単純且つ明確な答えだった――というか、森羅が常日頃から晃に対して行なっているLove Attackを四文字で表しただけであった。

 実際のところ、それで効果が出ているかと聞かれると、アタックされている晃の反応を見るからに明らかで、流石の心視でもその意味は理解できるので、

「お帰りは……あちらから」

「待て待て待て!  その反応は流石に酷いぞ!」

 淡白に玄関へと向かう扉を開いた。無情な心視に慌てて森羅が、

「あ、晃に対する私のアプローチの効果が出ていないのは、あいつが鈍感なのに起因している!  しかし、察しの良いひびのんになら充分に通じる戦法のはずだ!  だから私をゴミ袋のようにドアから放り捨てようとする手を止めろ!!」

 じたばたと抵抗する森羅の足を掴んで引きずっていた心視は、比乃になら通じるというフレーズを脳内で繰り返し、考える。このぎゃあぎゃあと喚いている役立たずに、まだ利用価値があるかどうか。

 思案の結果、ひとまず森羅の足を離して、リビングに戻って席に着いた。森羅をドアから外に投棄するかどうかは、情報を引き出してから判断することにしたらしい。

「そういうことなら、話を聞く」

「うう……自分から呼び出しておいてこの扱い……」

 あまりにあんまりな心視の対応に「酷い、酷いぞ……」と恨めしそうに呟きながら、森羅も心視の向かい側に座った。こほんと、態とらしく咳をして仕切り直すと「まずは一つ」と人差し指をぴんと立てる。

「さっきも言ったが、まずはどんどんアタックだ。押して押して、自分の存在感を相手にアピールすることがポイントだな」

「相手に……アピール」

「具体的にはこちらから積極的に話しかけてみたり、イチャついてスキンシップを図ってみたりだな……と言っても、これは普段からしているか、心視達は」

 言われて、心視は思い返す。比乃とは毎日ちゃんと会話しているし、スキンシップも多分できている、この間、風呂上がりに髪を梳かしてもらったことを思い出して、少し頰が熱くなる。その様子をニヤニヤと森羅が「初々しいなぁ」と言うと、心視は少し恥ずかしくなった。

「スキンシップ……は解った。けど、それじゃあ、現状維持と変わらない……」

「そうさなぁ……では、さらにその先だな!」

 と森羅は中指もぴんと立てて言った。心視は「その先……?」と首を傾げる。

「さっきも言ったがとにかくアタック&アピール。押して押して、いっそのこと既成事実まで行って逃げ場を無くしてしまうのだ。晃を相手には幾度と無く失敗している方法だが、ひびのんみたいなタイプには効果抜群な作戦のはずだ」

「追撃は執拗に……逃走経路を予め潰す……既成事実って?」

「そ、そこからか。まぁ恋のABCのCなのだ。まずはこれを目指す」

 ちなみに、恋のABCのAはキス、Bはペッティングのことを示す。Cは……各自で調べて頂きたい。

「……恋のCQC?」

「まぁベッドの上でやることに限れば近いな……私はAすらできていないが」

 女子高生として色々アウトな上に、数十年前ですら古いと言われそうな死語を語ってから、森羅はさらに薬指もぴんと立てた。

「次に献身力!  ひびのんに自分が伴侶になることでどれだけ役に立つかを見せつける!  これでばっちぐーだ!」

「それはもうシュミレートした……」

 その結果は、暗黒の泥棒猫暗殺コースであった。ずーんと表情に影を落とした心視を見て察した森羅は、指を三本立てた手をちっちっちっ、甘い甘い、と言わんばかりに振る。

「どんな想像をしたかはわからないが、その程度で諦めるようでは甘い、甘いぞ心視、現地妻気取りのメアリよりも甘い。どうせあれだろう、家事炊事がひびのんに及ばないからとか、良いプレゼントが思い付かないだとか、そういうことだろう」

「よく、わかったね」

 図星を突かれて、心視は珍しく目を丸くして驚いた。森羅は「ふふん、恋する乙女歴十年を舐めるな」と自信気に言う。

「家事炊事は何も完璧を求めるだけではない。思い遣り、心がこもっていさえすれば良いのだ。であれば、もし失敗したとしても、相手にその想いは通じる物だ」

「本当に、そう?」

「そうともさ、私だって最初はてんでダメダメなお弁当を作って晃に食わせたりしたが、それでも晃は美味しいと言ってくれた。まぁ、ちょっとした理由で、それ以来お弁当は作ってないが、今も練習は欠かさずしている。自分でも、中々食べられる物が作れるようになったと自負しているぞ」

「……なるほど」

 結果よりも想いが大事。かなり感覚的な話だったが、それでも、心視にはなんとなくその意味が解る気がした。何せ、比乃が作ってくれるご飯はいつも美味しくて、暖かい。

「私も……作ってみたい、料理」

「おお、それでは今からでも作るか!  材料は何がある?」

「……何もない」

「任せろ!  今SP達に用意させる!」

 いや、今比乃達が買い物に言っていると心視が言い出す前に、森羅が「SP、集合!」と大声を出すと、黒服が数人部屋に突入してきて、あれやこれや何が必要だと言う会話をしたのち、風のような速さで去って行った。

「よし、十分もあれば用意ができるぞ……うん?  どうした」

「流石は……お嬢様?」

「よせやい照れる。料理の仕方は私が教えてやるから安心しろ、お嬢様の女子力という物を、教えてやる!」

 それから、ぴったり十分後に買い物袋を提げて戻って来た黒服から食材を受け取った森羅と心視は、これまた黒服が持ってきたエプロンをつけて台所に立った。
 一時間ちょっと後、台所から良い匂いがし始めた頃。何も知らない志度と比乃は家路へ着いていた。
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