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第十九話「心視のお留守番について」

世論に対する答え

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 一方その頃、比乃と志度の二人は隣町の商店街の雑踏を歩いていた。買い物に来ている主婦でごった返す中を、小さい体躯を活かして、するりするりとスムーズに進んでいく。

「それにしてもわざわざ隣町まで来る必要あったのか?」

「しょうがないじゃないか。うちの近くって高級志向のスーパーしか無くて、近場で買い物しようとしたら高くついちゃうんだから」

 志度が「低コストは正義かー」と漏らし、比乃が「兵器も食品も結局はコスト優先だからね」と返す。
 そのおり、電気屋の前を通ると、そこに並べられていた展示用のテレビが自衛隊のニュースを流しているのを見つけた。

 志度が「おっ」と足を止め、それに釣られて比乃も歩みを止めた。
 ニュースを見ると、どうやら東北地方の自衛隊が、AMW密輸入組織のアジトを攻撃したらしい。撃破されたペーチルの残骸が映る。
 自衛隊側の死傷者は無し、テログループの人員もほとんど捕縛したとあり、志度が「あっちの部隊も中々やるなぁ」と呟いた。

 しかし、ニュースの内容はすぐに、周囲施設への損害だとか、自衛隊の大掛かりな作戦展開に対する批判に切り替わった。あろう事か、税金泥棒などという発言まで飛び出す始末。
 もし、今回壊滅した組織が自衛隊や警察の目を掻い潜ってAMWを武装組織に流し、それでテロが起きた時、彼らは何と言うのだろうか――予想は簡単、自衛隊の怠慢だと主張するのだ。

 志度はつまらなそうに「ひでぇなぁ」と小さく呟き、比乃は無言でニュースが次の内容に移るまでテレビを見ていた。ふと、志度が比乃にこんな問いをぶつけた。

「なぁ比乃、なんでこう自衛隊の風当たりって強いんだろうな」

 志度や心視がこの手の質問をするのは今回が始めてではない。比乃は志度の目を見て、いつもと同じ答えを言う。

「それが仕事な人がいるからさ」

「それにしたってさぁ……もうちょっと労ってくれてもいいと思うんだよ」

 しかし、今日の志度はそれでも食い下がって来た。珍しいな、と比乃は少し考えて、どう答えるかをよく吟味し、部隊長からの受け売りの言葉を出した。

「でも部隊長が言ってたよ、自衛隊がちやほや持て囃されるようになったら、それは国家が滅亡寸前か、どこかの国と戦争を始めた時だってね」

 それを聞いた志度はきょとんとしてから、首を傾げて「んー」と考えて、

「マスコミとかが自衛隊を応援し出したら、国の赤信号ってことか?」

「そうさ、だから、別に賞賛とかはされなくていいんだよ。少なくとも、僕らが日陰者扱いされてる間は、世間は平和ってことだからね……最近は毎日のようにテロのニュースが流れてるから、平和と言えるかと言われたらちょっと判断に困るけど」

「ふーん、そんなもんか」

「そんなもんだよ」

 言って、二人はまた歩き始める。前を歩く比乃の背中を見て、志度は考える。

 確かに、比乃の言うことは最もであるが、それだけでは納得できない部分もあった。別に、自衛隊や自分が、マスコミに馬鹿にされたりするのは、まぁ、まだ良い。しかし、自分の人生に置いて長い付き合いになる尊敬する同僚が、直接そう言った輩に馬鹿にされたとしたら。

 きっと、言われた本人はなんて事なしに流して気にもしないだろう。そういう奴だ。しかし、自分はどうだろうか、もしかしたら、そんな事を言った奴を、我慢できずにぶん殴ってしまうかもしれない。

(やばいやばい……)

 比乃に普段から自制しろと言われているのだ、そういう相手が万が一出てきても我慢しなければ……志度は別のことを考えることにした。どうして、町の人たちは、自衛隊に感謝してくれないのだろうか?

 今ある平和を守っているのは紛れも無く自分達か、もしくは警察だろう。しかし、それに関して感謝するような報道というのは、全くと言って良い程されなくなった。

「なぁ比乃、なんで一般市民って自衛隊に感謝したりしてくれないんだろうな」

 思わず言ってから、志度はあっと口に手をやった。比乃は、普段からこういった話題を自分からしない。避けているのだ。それをまたしつこく聞いてしまうのはまずいと思った。聞かれた比乃は怪訝そうな顔をして、

「うん?  どうしたの突然」

「いや、ふと思い立ったというか……」

 本当に突然思っただけだった。口にしてから、何を言ってるんだろう自分は、と少し羞恥心が湧いて来た。そのことにまでは気付かない比乃は「うーん」と少し悩んでから言った。

「それって、なんでテレビで自衛隊が褒めてる人が出てこなくなったかって話?」

「まぁ、うん」

 志度の聞きたいことを的確に言い当てた比乃は、なんでそんなことを聞きたがるんだろうと、不思議そうな顔をしたが、志度が真面目な顔をしていることに気付くと、正面から志度の顔を見据えて言った。

「そりゃあ、自衛隊を支持してる人を映したら、その番組が自衛隊を応援してるみたいになっちゃうじゃないか、だからだよ。別に、国民から自衛隊が嫌われてるからとかじゃないよ」

「それでも、テレビでそういうのが解らないんじゃ、実際はどうか解らないじゃ無いか」

「いやぁ、そんなことはないと思うけど……ほら」

 比乃が指差した方を志度が見ると、母親に手を引かれた小さい男の子が手にしているおもちゃに目が行った。それは、Tkー7の人形だった。志度は思わず「あっ」と声を上げた。

「あのプラモデル、前に気になって調べたことあるんだけど、結構な人気商品らしいよ。自衛隊が本当に嫌われてたら、そんな人気出ないよ」

 言って、比乃はまた歩き出し、志度が慌ててその後ろに付く。

「関連書籍だって、昔の倍近く売れてるって聞いたし、自衛隊の解体なんて謳ってる連中のほとんどは日本人ですらない。普通の国民の人達からは、むしろ支持されてる方だと思うけどなぁ、僕は」

 半分独り言のように続けた比乃の言葉に、志度は内心でなるほど、と納得した。そして、なぜ比乃はそんな事を調べたりしたんだろうかと疑問に思ったが、その答えはすぐに出た。

 比乃もきっと、自分と同じ疑問を抱いたことがあるのだ。そして調べたり、部隊長たち大人に聞いたりして、今言った結論に辿り着いたのだろう。マスコミなどの反応に対する、飄々とした比乃の性格は、そう言ったことを知っているからなのかもしれない。

「俺ももうちょっと勉強しなきゃなぁ」

「そうそう、自衛隊の日々は勉強の日々だって、部隊長も言ってたよ」

「また部隊長かよ」

 憧れを抱いていた相手も、過去に自分と同じことを思っていたのだと知って、志度はどこか比乃に近付けたような気がした。

「はっくしょい!」

「なんだ比乃、夏風邪か?」

「いや、誰かが噂してるのかも……誰だろう」
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