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第十八話「比乃のありふれた日常と騒動について」
失恋
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翌日の昼休み。恒例となった屋上での昼食会にやってきた比乃だったが、その顔色はどこか優れない。
「どうしたひびのん、風邪でもひいたのか?」
「いや、ちょっと考え事してたら、寝不足になっちゃって……」
「授業中もなんか眠そうだったしなぁ、比乃らしくもない」
そう、比乃はあの後、ずっと偽彼女作戦の相手を誰に頼むかで悩んでいたのだ。心視はそういう演技ができるとも思えないし、アイヴィーは仮にも王女の親友であるし、メアリと森羅は論外だ。
ではクラスメイトの誰かとも考えたが、あの悪ノリ大好きな生徒たちである、頼んだら碌な事にならない気がしてならなかった。
そうして考えている間に、昼休みになってしまったのだ。そう、彼女が来襲するであろう時間に……屋上の出入り口の扉が、ばんっと力強く解き放たれた。
来たか――と比乃が身構えると、そこに居たのは旗本 花美ではなく、先日ぼこぼこにした一年生たちであった。森羅曰く「花美ちゃんを愛し隊」らしい彼らは、周囲をきょろきょろと見渡し、目当てである比乃を発見すると、こちらに向かって肩を怒らせながら歩いて来た。
その行動に、比乃への敵意を感知した自動防衛システム、志度と心視が立ち上がって、ぎらりと彼らを睨み付ける。すると、一年生たちは狼狽えた。力の差という物は理解したらしい。
いきなり掴み掛かって来るようなことはなかったが、それでも比乃に対する敵意を込めた視線は外さない。
比乃は仕方ないなと言わんばかりによっこいしょと立ち上がると、彼らに対峙した。
「それで、今度は何の用かな」
「てめー、懲りもせず旗本さんに付きまとってるらしいじゃねぇかよ、え?」
「いや、逆なんだけど……」
「懲らしめられたのは……そっちなんじゃ……」
「うるせぇ! てめぇみてぇな不純男に旗本さんは似合わねぇ! さっさと諦めやがれ!」
比乃と心視に突っ込まれても、それを遮るように怒鳴る男子。
「それ、彼女に言ってあげてほしいんだけど……って、不純男って何?」
謂れもない呼び名で呼ばれて少しむかっとした比乃が聞くと、先頭にいたリーダーらしい、特に体格の良い男子生徒が言った。
「てめぇ、そこにいる浅野って女子をいつも侍らせてるじゃねぇか、それにその後ろの赤髪と夜遅くまでお話する仲だってなぁ……どっちかが彼女なんだろ?」
「え、いや……」
違う、と否定しようとした比乃の頭に妙案が浮かんだ。そうだ、ここで嘘でも、どちらかが彼女であると言い張って、それを彼らから彼女に伝えて貰えば、きっと彼女も諦めてくれるだろう。
嘘をついたことに関しては、後で事情を話せば多分なんとかなるだろう、ここにいる全員、事情を知っているわけだし。
であるならば、ここは後々のフォローが効きやすい心視に頼むべきであろう。幼馴染だし、きっと事情を察してくれるはず。
作戦をまとめた比乃は、早速それを実行に移した。隣で臨戦態勢に入っていた心視を、さり気無い動作で抱き寄せると、
「……ああ、そうだよ。この心視が僕の彼女だ」
そう言い切った。抱き寄せられた心視が珍しくぽかんとした表情をしている。
瞬間、比乃の前後がざわっと色めき立った。前方の一年生達は「やっぱり……!」「二股とはふてぇやろうだ……!」と騒めき立つ、それは解るのだが、何故後ろが騒ついているのか――
「おお、遂にひびのんも覚悟を決めたか!」
「めでてぇなぁ」
と呑気なことを言っている森羅と晃。彼らは事情を察しているらしく、態とらしく「お似合いカップルだな!」などと言って笑っている。
その横で「あわわわわわわ」と、何故か慌てた様子のアイヴィーとそれを窘めているメアリ。
「どどどどうしようメアリ先越されちゃった!」
「大丈夫ですよアイヴィー、我が英国のとある小説の一節を借りれば、こういうのは取られてからが本番」
「つまり?」
「奪えばいいのです」
そんな物騒なことを言っている二人。先を越されたとは何のことなのか、まさか偽彼女の役を狙っていたのか? この状況の真相に気付いているのかいないのか、よくわからない二人だな。と比乃は思った。
そして急遽、偽彼女に抜擢された心視はと言うと、
「……そう、比乃の彼女はこの私」
と、比乃の期待を超えて、見事に役を演じ切っていた。流石は五年以上共に訓練を乗り越えて自衛官になった相棒、こういう時は本当に頼りになる。と比乃は内心で感激していた。すると、出入り口の方から階段を駆け上がる足音が聞こえて来て、女子生徒がやってきた。
「日比野先輩、大丈夫ですか?!」
と、息を切らせているのは、旗本 花美だった。急いで駆け付けたらしい。
「は、旗本さん……馬鹿な、我々の同士が足止めをしていたはず!」
「中々来ないと思ったらそんなことをしてたのか……」
「あのお友達ならお願いしたらすぐ通してくれたよ! それに聞いたよ、権田くん達が先輩に酷いことしようとしてるって!」
「うっ、それは……」
親愛の対象である旗本に睨まれて、ばつが悪そうに縮こまる男子達、彼女はそんな彼らを無視して、比乃の方へと駆け寄る。
「先輩、お怪我は……って、その、隣の人は」
そこで、いつのまにか比乃の腕にひしっと抱き着いている心視に気付いた。
「私……比乃の、彼女」
「う、嘘です! 日比野先輩には彼女なんていないって、二年A組の人達が言ってました! 狙い時だとも!」
流石は我がクラスメイト、余計なことしかしてくれない。と比乃が嘆いている横で、心視はふんっと鼻を鳴らして、無い胸を張る。
「それこそ嘘……比乃は私がずっと昔から守ってる……幼馴染……胸がなくても、圧倒的勝ち組……!」
勝ち誇るようにそう言う心視に、しかし旗本は負けじと食い下がる。
「か、彼女がいても諦めません!」
いや、そこは諦めてくれよ……と比乃がげんなりする。どうやら偽彼女作戦はそこまで有効ではなかったらしい。そんな最中、今まで空気を読んでいた。否、空気がよくわからずに反応できずにいた男が動き出した。
「そうだぜ、比乃は昔から俺と心視で守ってきたんだ! ぱっと出の奴には渡せないな!」
そう言って比乃の空いている方の腕をミシッと抱きしめたのは、幼馴染その二である白間 志度であった。比乃と心視が「えっ」と固まる中、話を聞いていた男子たちがざわざわと騒ぎ始める。
「あの白い髪の……男子だよな」
「彼女とずっと一緒にいたって……それってつまり……」
「黒髪×白髪……ホモ?」
「しかもこれで三股だから……バイ?!」
「ちょ、ちょっと?!」
またしても、先ほどとは別方向で謂れのない呼ばれ方をした比乃が慌てて訂正しようとするが、それを遮って志度が叫ぶ。
「相手が女だろうが男だろうが関係ねぇ、比乃には指一本触れさせないぞ!」
それが決定的な一言になった。後ろの約二名が笑いを堪えるように苦しそうに呻き、もう二名が更にあわわと慌て始める。旗本はピシリと固まり、一年生たちが一層騒ぎ立つ。
まさか、愛しの花美ちゃんが恋した相手が、三股の上にバイだったなんて……!!
「先輩……そんな……酷い!!」
何が酷いのかはわからないが、泣き叫びながら出口に走って行く旗本。その後ろを、比乃に何か恐ろしいものを見るような目を向けながら男子たちが続き、屋上には平穏が訪れた。
「……あーその、なんだひびのん」
「無事、解決したじゃないか」
森羅と晃がうんうん良かった良かったと頷くが、比乃は両脇を幼馴染に抑えられたまま叫んだ。
「僕はノーマルだあああああああ!!」
それから数日、誤解が晴れるまで、比乃はちょくちょく「三股バイ野郎」と弄られた。その都度訂正の為に拳と弁論を振り回すことになったり、あの彼女宣言が嘘であったことを知った心視が、何故か多大なショックを受けて、しばらく比乃と口を聞いてくれなかったりと、散々な目にあったのだった。
ただ一人、アイヴィーだけが「あー、よかった」と胸を撫で下ろしたのだが、それは比乃の与り知らぬことであった。
「どうしたひびのん、風邪でもひいたのか?」
「いや、ちょっと考え事してたら、寝不足になっちゃって……」
「授業中もなんか眠そうだったしなぁ、比乃らしくもない」
そう、比乃はあの後、ずっと偽彼女作戦の相手を誰に頼むかで悩んでいたのだ。心視はそういう演技ができるとも思えないし、アイヴィーは仮にも王女の親友であるし、メアリと森羅は論外だ。
ではクラスメイトの誰かとも考えたが、あの悪ノリ大好きな生徒たちである、頼んだら碌な事にならない気がしてならなかった。
そうして考えている間に、昼休みになってしまったのだ。そう、彼女が来襲するであろう時間に……屋上の出入り口の扉が、ばんっと力強く解き放たれた。
来たか――と比乃が身構えると、そこに居たのは旗本 花美ではなく、先日ぼこぼこにした一年生たちであった。森羅曰く「花美ちゃんを愛し隊」らしい彼らは、周囲をきょろきょろと見渡し、目当てである比乃を発見すると、こちらに向かって肩を怒らせながら歩いて来た。
その行動に、比乃への敵意を感知した自動防衛システム、志度と心視が立ち上がって、ぎらりと彼らを睨み付ける。すると、一年生たちは狼狽えた。力の差という物は理解したらしい。
いきなり掴み掛かって来るようなことはなかったが、それでも比乃に対する敵意を込めた視線は外さない。
比乃は仕方ないなと言わんばかりによっこいしょと立ち上がると、彼らに対峙した。
「それで、今度は何の用かな」
「てめー、懲りもせず旗本さんに付きまとってるらしいじゃねぇかよ、え?」
「いや、逆なんだけど……」
「懲らしめられたのは……そっちなんじゃ……」
「うるせぇ! てめぇみてぇな不純男に旗本さんは似合わねぇ! さっさと諦めやがれ!」
比乃と心視に突っ込まれても、それを遮るように怒鳴る男子。
「それ、彼女に言ってあげてほしいんだけど……って、不純男って何?」
謂れもない呼び名で呼ばれて少しむかっとした比乃が聞くと、先頭にいたリーダーらしい、特に体格の良い男子生徒が言った。
「てめぇ、そこにいる浅野って女子をいつも侍らせてるじゃねぇか、それにその後ろの赤髪と夜遅くまでお話する仲だってなぁ……どっちかが彼女なんだろ?」
「え、いや……」
違う、と否定しようとした比乃の頭に妙案が浮かんだ。そうだ、ここで嘘でも、どちらかが彼女であると言い張って、それを彼らから彼女に伝えて貰えば、きっと彼女も諦めてくれるだろう。
嘘をついたことに関しては、後で事情を話せば多分なんとかなるだろう、ここにいる全員、事情を知っているわけだし。
であるならば、ここは後々のフォローが効きやすい心視に頼むべきであろう。幼馴染だし、きっと事情を察してくれるはず。
作戦をまとめた比乃は、早速それを実行に移した。隣で臨戦態勢に入っていた心視を、さり気無い動作で抱き寄せると、
「……ああ、そうだよ。この心視が僕の彼女だ」
そう言い切った。抱き寄せられた心視が珍しくぽかんとした表情をしている。
瞬間、比乃の前後がざわっと色めき立った。前方の一年生達は「やっぱり……!」「二股とはふてぇやろうだ……!」と騒めき立つ、それは解るのだが、何故後ろが騒ついているのか――
「おお、遂にひびのんも覚悟を決めたか!」
「めでてぇなぁ」
と呑気なことを言っている森羅と晃。彼らは事情を察しているらしく、態とらしく「お似合いカップルだな!」などと言って笑っている。
その横で「あわわわわわわ」と、何故か慌てた様子のアイヴィーとそれを窘めているメアリ。
「どどどどうしようメアリ先越されちゃった!」
「大丈夫ですよアイヴィー、我が英国のとある小説の一節を借りれば、こういうのは取られてからが本番」
「つまり?」
「奪えばいいのです」
そんな物騒なことを言っている二人。先を越されたとは何のことなのか、まさか偽彼女の役を狙っていたのか? この状況の真相に気付いているのかいないのか、よくわからない二人だな。と比乃は思った。
そして急遽、偽彼女に抜擢された心視はと言うと、
「……そう、比乃の彼女はこの私」
と、比乃の期待を超えて、見事に役を演じ切っていた。流石は五年以上共に訓練を乗り越えて自衛官になった相棒、こういう時は本当に頼りになる。と比乃は内心で感激していた。すると、出入り口の方から階段を駆け上がる足音が聞こえて来て、女子生徒がやってきた。
「日比野先輩、大丈夫ですか?!」
と、息を切らせているのは、旗本 花美だった。急いで駆け付けたらしい。
「は、旗本さん……馬鹿な、我々の同士が足止めをしていたはず!」
「中々来ないと思ったらそんなことをしてたのか……」
「あのお友達ならお願いしたらすぐ通してくれたよ! それに聞いたよ、権田くん達が先輩に酷いことしようとしてるって!」
「うっ、それは……」
親愛の対象である旗本に睨まれて、ばつが悪そうに縮こまる男子達、彼女はそんな彼らを無視して、比乃の方へと駆け寄る。
「先輩、お怪我は……って、その、隣の人は」
そこで、いつのまにか比乃の腕にひしっと抱き着いている心視に気付いた。
「私……比乃の、彼女」
「う、嘘です! 日比野先輩には彼女なんていないって、二年A組の人達が言ってました! 狙い時だとも!」
流石は我がクラスメイト、余計なことしかしてくれない。と比乃が嘆いている横で、心視はふんっと鼻を鳴らして、無い胸を張る。
「それこそ嘘……比乃は私がずっと昔から守ってる……幼馴染……胸がなくても、圧倒的勝ち組……!」
勝ち誇るようにそう言う心視に、しかし旗本は負けじと食い下がる。
「か、彼女がいても諦めません!」
いや、そこは諦めてくれよ……と比乃がげんなりする。どうやら偽彼女作戦はそこまで有効ではなかったらしい。そんな最中、今まで空気を読んでいた。否、空気がよくわからずに反応できずにいた男が動き出した。
「そうだぜ、比乃は昔から俺と心視で守ってきたんだ! ぱっと出の奴には渡せないな!」
そう言って比乃の空いている方の腕をミシッと抱きしめたのは、幼馴染その二である白間 志度であった。比乃と心視が「えっ」と固まる中、話を聞いていた男子たちがざわざわと騒ぎ始める。
「あの白い髪の……男子だよな」
「彼女とずっと一緒にいたって……それってつまり……」
「黒髪×白髪……ホモ?」
「しかもこれで三股だから……バイ?!」
「ちょ、ちょっと?!」
またしても、先ほどとは別方向で謂れのない呼ばれ方をした比乃が慌てて訂正しようとするが、それを遮って志度が叫ぶ。
「相手が女だろうが男だろうが関係ねぇ、比乃には指一本触れさせないぞ!」
それが決定的な一言になった。後ろの約二名が笑いを堪えるように苦しそうに呻き、もう二名が更にあわわと慌て始める。旗本はピシリと固まり、一年生たちが一層騒ぎ立つ。
まさか、愛しの花美ちゃんが恋した相手が、三股の上にバイだったなんて……!!
「先輩……そんな……酷い!!」
何が酷いのかはわからないが、泣き叫びながら出口に走って行く旗本。その後ろを、比乃に何か恐ろしいものを見るような目を向けながら男子たちが続き、屋上には平穏が訪れた。
「……あーその、なんだひびのん」
「無事、解決したじゃないか」
森羅と晃がうんうん良かった良かったと頷くが、比乃は両脇を幼馴染に抑えられたまま叫んだ。
「僕はノーマルだあああああああ!!」
それから数日、誤解が晴れるまで、比乃はちょくちょく「三股バイ野郎」と弄られた。その都度訂正の為に拳と弁論を振り回すことになったり、あの彼女宣言が嘘であったことを知った心視が、何故か多大なショックを受けて、しばらく比乃と口を聞いてくれなかったりと、散々な目にあったのだった。
ただ一人、アイヴィーだけが「あー、よかった」と胸を撫で下ろしたのだが、それは比乃の与り知らぬことであった。
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