自衛隊のロボット乗りは大変です。~頑張れ若年陸曹~

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第十八話「比乃のありふれた日常と騒動について」

後輩たちの暴走

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 翌日の昼休み。比乃は、待ち合わせ場所に指定された校舎裏にやってきた。

 それから少し待つと、待ち合わせの相手、旗本 花美がやってきた。先日会った時と同じく、おどおどとした様子で、小動物を連想させる少女だ。比乃が普通の男子高校生だったら、もう、その仕草を見ただけでノックアウトされそうだ。

「あの、先輩……来てくれたんですね、嬉しいです。来てくれたってことは交際の件は……」

 そう言って頰を赤らめて落ち着きなく手櫛で毛繕いし始める彼女を前に、しかし比乃はいつもの困り顔を浮かべて、言った。

「あー、その件なんだけど、ごめん。君と付き合うことはできないよ」

 少し言い淀んでから、はっきりと、自分の答えを伝えた。その答えを聞いた彼女は「え……」とショックを受けた顔になる。まさか断られるとは思っていなかった様子だった。
 それから取り繕うように髪を手で梳くようにしてから、一旦は落ち着いたのか、険しい、というには可愛い表情を浮かべて、比乃に詰め寄った。涙を溜めた目で比乃を見上げるまでもなく、身長はほぼ同じなので、真正面から見据えてきた。

「ど、どうしてですか、私、先輩の好みじゃなかったんですか?  先輩が求めるなら私、頑張って変わりますから!」

 ほとんど叫ぶような口調で聞かれ、比乃はその純粋百パーセントな瞳を見てられず、気不味そうに目を逸らしながら、頰を掻いて、弁解する。

「好みじゃないって話じゃなくて、僕はこういう相手はよく知った相手が理想だから、初対面の君と突然交際を始めることはできないんだ」

 つまり、一目惚れということ自体が比乃にとってNGだったということを遠回しに告げた。それを理解した旗本は目に涙を溜めて、比乃に背を向けて駆け出してしまった。

 その姿が校舎の裏に消えるまで無言で見送ってから、ばつが悪そうな表情の比乃は、後頭部をがりがりと掻く。
 こういうのは、すっぱりと断った方が良いと言う、最後の最後の手段として連絡した宇佐美からの電話越しに受けたアドバイスに従った結果が、結局、彼女を傷つける形になってしまった。

 至極真っ当なアドバイスであったと思うし「断る時点でどんな形だろうと傷は作るもんよ」とは宇佐美の弁であるが、そうとわかっていても感じが良くないのは、どうしようもなかった。恋愛とは度し難い物である。

 比乃は深いため息を一つ吐くと、自分も教室へと戻ることにした。何はともあれ、今回の件はこれで解決、終わったのだと自分に言い聞かせながら。

 この後、それが間違いであったことに気付くことになるのだが、少し自己嫌悪気味になっている比乃は知る由もなかった。

 ***

「日比野 比乃だな」

 それは放課後、授業中もぼけっと「どう断るのがベストだったんだろう」と引きずっていた比乃が、帰り支度をして、いつものように志度と心視を従えて帰路に着こうとしていた時であった。

 声を掛けられた比乃が振り返ると、そこには身長百八十センチはある、明らかにスポーツとか武道をやってます。と言わんばかりの体格をした男子生徒が十数人ほどいた。詰襟についている刺繍を見るに、全員一年生である。

 誰も彼も、比乃に対して敵対心剥き出しの目をしており、志度と心視が一瞬で臨戦態勢に入るが、比乃はそれを手で制す。

「そうだけど、僕に何か用かな?」

 あくまでも平和的に、一先ずは相手の言い分を聞くために比乃は、出来るだけ穏やかな口調で言った。しかし、その余裕そうな表情が相手の神経を逆立ててしまったらしく、先頭にいた男子の腕が比乃の胸ぐらを掴んだ。

「てめぇ旗本ちゃんを泣かしただろ、それでちょっと話があるからよ、一緒に来てもらおうか――」

 そこまで言ったところで、男子生徒の頭がかくんと揺れたかと思うと、膝から崩れ落ちるようにして倒れた。

 素早く距離を詰めた志度が、男子生徒の顎を掠めるように拳を振るったのだ。見事に脳を揺らされた男子生徒は哀れ、脳震盪を起こして動けなくなってしまった。

 そんな早業を見せ付けられた男子生徒達は、ざわっと狼狽えるが、次の瞬間には「てめぇ!」と一人が志度に掴み掛かって、今度はぽーんと投げられた。

 志度からすれば、身長だけある子供など相手にならない。投げられた男子は背中から地面に落ちて呻き声を上げた。

 それを見てさらに殺気立った生徒たちがジリジリと間合いを詰めてくる。比乃は本日二度目のため息を吐くと、諦めたように二人に言った。

「志度、心視。怪我はさせちゃダメだからね。相手はひよっこなんだから」

 その挑発じみた一言が引き金となって、男子たちは雄叫びを上げて三人目に殺到した。結果どうなったかは、言うまでもあるまい。

 彼らが不幸だったのは、学年が違うために、この三人が二年生の間でどのような扱いを受けている生徒かを、まったく知らずに喧嘩を売ってしまったこと、これに尽きる。

 ***

「ベットが足りねぇ?  床に転がしとけ床に」

「はぁ……」

 そう言うのは、養護教諭である村井 花蓮ムライ カレンである。
 その女性らしい名前からは想像が付かないガサツさというか、軍医か何かのような殺伐とした雰囲気を纏った教師である。

 あれから、襲いかかって来た男子生徒達を全員のした三人だったが、流石に廊下に屍の山を築き上げて放置するわけにもいかず、ノックアウトされた十数人を苦労しながら数人ずつ抱えて、幸運なことに近場にあった保健室に運び込んだのだ。

 流石に、そんな大人数を寝かせるだけのベッドの空きがあるわけがなかった。仕方なく、何人かはベッドの脇の床に転がされていた。
 養護教諭の性格と相まって、本当に野戦病院か何かのような様相になってしまっていた。

「それにしても、襲ってきたのを全員、見事に脳震盪だけで倒したとは、中々やるじゃないか、お前達」

「はぁ……」

「ありがとうございます?」

「これだけの人数を相手に、手加減して無力化するなんて、早々できるもんじゃない、何か習ってんのかい?」

「まぁちょっと、武道を少し」

 流石に自衛隊で近接格闘術を習ったとは言えず、比乃は適当に誤魔化した。

 てっきりお叱りを受けるとも思っていたのだが、村井教師はむしろ機嫌が良さそうに「ここまでやれる奴は今時いないよ」と三人を褒めちぎっていた。何か釈然としないものを感じながらも、比乃たちはその賞賛を素直に受け取っておく。

「それでは先生、あとはお願いしても良いですか?」

「ああ、教師連中がなんか言って来たら私に言いな、黙らせてやるから」

「ははは」

 乾笑いしながら、この養護教諭はいったい何者なんだろうか、とは流石に口に出さず「失礼します」とだけ言ってその場を後にした。
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