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第十七話「宝石箱と三つ巴の救助作戦について」

激突

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 どうやら間一髪だった所らしい。志度と心視をそこまで追い詰めるとは、彼女が相当の手練れだったか、それとも機体性能の差か、どちらもあるかもしれない。相手は強敵だ。

「二人は先に脱出の準備を!」

 ここは任せて、と続ける前に、敵機が突っ込んで来た。両腕のクローアームを左右に広げて突進してくる、見た目に反してその動きは俊敏だった。

(見た目よりずっと速いな)

 比乃は慌てず、冷静にその動きを観察し、そして余裕を持って挟み込むような斬撃を避けた。後方にワンステップして下がる。そして短筒を照準。発砲。

 まともに食らえば、戦車でもただでは済まない、それだけの破壊力を秘めた大口径徹甲弾が銃口から飛び出す。それは目標のど真ん中目掛けて亜音速で飛来し、着弾。

 しかし、丸っこい装甲表面に命中した弾丸は火花を上げて弾かれ、四散した。次の瞬間には、それがどうしたと言わんばかりに敵機の腕部が大振りで迫る。

(弾が効かない……?)

 危うい所で、その一撃を更に下がることで回避する。この攻撃の弾き方には見覚えがあった。というよりも、つい去年、自身が乗った機体に、ほぼ同等の装甲が搭載されていた。それは――

「相転移装甲か!」

 相転移装甲、自衛隊の技研で研究開発されている装甲材だ。装甲内の分子結合、分子構造を電圧を与えることで変化させることで、物理攻撃に対して途轍もない防御性能を発揮するという代物。比乃は一年と少し前、それを搭載した機体、Tkー9で西洋鎧との実戦を経験している。

 日本で開発されている物と同形態かまでは、流石に解らない。だが、あの装甲ならば、短筒による砲撃を無力化するのも説明が着く。この俊敏さと言い、このAMWを製造した組織の技術力は相当の物だ。

 通常のAMWとは桁違いの装甲に運動性能。目の前のAMWは第四世代相当の機体に違いない。西海岸の米軍も対処に苦労するはずである。

(となると、短筒は使えないか)

 関節部や頭部のメインカメラを狙えれば効果はあるだろうが、短筒でそれらを狙い撃つような精密射撃ができるほど、比乃は射撃上手ではなかった。心視か安久並の腕前がなければ難しい芸当だ。

 比乃は射撃による敵機の無力化を諦め、短筒を後方に投げ捨てる。胴体の鞘から、両手で高振動ナイフを二本引き抜いて、構えた。関節部を狙うのであれば、ナイフの方が手っ取り早く、確実だ。

 その様子を見て、敵機は笑うように身を揺すると、左腕に内蔵された一発撃ち切りのグレネードランチャーを、明後日の方向に発射した。偶然、そこにあった事務所的な建築物が吹き飛ぶ。比乃は相手の意図が解らずに、ただナイフを構えていると、外部スピーカーからステュクスの声がした。

『そっちだけ飛び道具無しじゃ不公平でしょ、堂々と叩き潰してから、引き摺り出してあげる』

「そりゃどうも」

 言いながら、比乃は腰のスラスターを起動させ、数歩の助走の後にフルブースト。地面すれすれを飛ぶようにして、相手の懐に飛び込み、両手のナイフが弧を描いた。

 敵機の装甲の上で閃光が走る、が二本の微細な傷が付いただけだった。浅い上に相手が硬すぎる。相手のクローがこちらを抱き締めるように迫るのを、比乃は蹴りを見舞うことで距離を取り直して避けた。

 そしてもう一度、今度はスラスターを吹かさずに突撃、肩の関節部を狙う。ナイフが縦に一閃、しかし関節部にも関わらず、そこも堅牢な装甲が複雑な形状で仕込まれていた。ガキンッと固い音がして、ナイフが弾かれる。

「……!  流石は水陸両用ってところか」

 AMWの近接格闘戦の基本に沿って、相手が反撃してくる前に攻撃範囲から離脱する。今度は高振動ナイフを握ったまま、器用に小指と薬指で投げナイフ――炸薬で刀身を形成されたナイフ型の手榴弾を抜き取り、そのまま腕を鞭のように振るって投げつけた。

 メインカメラに向かって飛来しらそれは、敵機が掲げて遮った腕に当たり、爆発した。命中はしたが、爆炎の中から無傷の丸っこい機体が現れて、搭乗者の意思を反映して、小馬鹿にするように身を揺らして笑った。

 先程から比乃が一方的に攻撃を仕掛け続けているように見えるが、追い詰められているのは比乃の方だった。

(くそっ、手がつけられないな)

 米軍はこれを相手にどうやって戦っているのか、メイヴィス少佐かリアに聞いておくべきだった。そんなことを思いながら、獣のように飛びかかってきたクローをすんでの所で躱す。攻撃自体は単調だ。それでもかなり鋭く、油断すれば一瞬で斬り伏せられてしまうだろうが、避け続けることはなんとか出来ている。

 しかし反撃の糸口が掴めない。正面からの攻撃は通じないし、弱点であろう場所を突いても無駄だった。打つ手がないとはこのことか、比乃の心中に焦りが生じた。このままでは何れ、あのクローに機体を絡め取られて、ばらばらにされてしまう。

『ほらほら、休憩なんて許してないよ!』

 どうすれば、と考えている間にも、敵機が両腕を振りかざし襲い掛かってきた。比乃はさらに飛び退がって逃げる。距離を取りながら両手のナイフをやけくそ気味に投げつけるが、どちらも火花を上げて弾き飛ばされた。

(どうする……どうする……)

 思考が悪循環に陥りかける。そこに通信が入った。

『比乃……聞こえる?』

「心視?  脱出の用意が出来たなら、悪いけど先に――」

『私がなんとかするから、敵をこっちに向けたまま、動きを止めて』

 比乃はちらりと後ろを見る。下がりながら戦っていたからか、海岸まで五百メートル程の距離になっていた。そこには、脱出の準備をしている志度と心視のTkー7がいるはずだ。

 だが、そこからいったいどうすると言うのか、比乃が疑問の声を上げる前に、心視はいつもの淡々とした口調で、

『比乃のを拾った。私が狙い撃つ。おーけー?』

 それだけで、比乃は心視が何をしようとしているかを理解した。

「おっけー任せた!」

 比乃は言われた通りのことを実行するため、腰のウェポンラックからナイフをもう二本引き抜いて、また両腕に順手で構えた。正面から敵機が迫っていた。そしてまた両腕を広げて、左右同時に振りかぶってくる。

(今!)

 そのクローがTkー7改二の両腕を左右から切り裂くかに思えた瞬間。その両側からの攻撃を、ナイフで搦めとるようにして受け止めていた。通常型のTkー7よりも関節出力が上がっていることを見越しての技だったが、比乃はそれでも冷や汗をかかずにはいられなかった。

 二本で一対になっているクローアームの間に差し込むようにして入れた高振動ナイフが、刀身を軋ませながらも相手の動きを封じる。ステュクスが『このっ……!』と押し付けるように両の手を押し込んでくるが、それでもパワーはほぼ互角らしく、押すも引くも出来ない状態になっていた。

『比乃、屈んでっ』

 心視からの指示通りに、両手を上にあげた万歳の姿勢のまま片膝を着くようにしてTkー7改二を屈ませた。
 次の瞬間、その頭上、ブレードアンテナを掠めるようにして、一発の徹甲弾が敵機のモノアイカメラに飛び込み、貫通した。

 一瞬で視界を奪われた敵機が、いったい何が起きたと驚愕し、破損した頭部を海岸に向けた。不明瞭な望遠カメラに映っていたのは、片腕で拳銃を構える一機のTkー7の姿があった。

 比乃が投棄した短筒を回収していた心視が、それを使って敵機のメインカメラを狙撃して見せたのだ。

 流石にカメラまで相転移化させることはできないしく、頭部にもろに損害を被った敵機がぎくしゃくとした動きで数歩後ずさる。破壊されたのは頭部だけだが、制御系にもダメージが入ったらしく、その動きはかなりぎこちなかった。

『またしても……またしてもあの女ぁ!』

 メインカメラを破壊されて、上手く身動きが取れないのか、外部スピーカーから怨嗟の声を上げるステュクスに、比乃がとどめを刺さんとナイフを構え直して飛びかかろうとしたその時、

 《照準警報》

「!」

 AIの警告に比乃が慌てて機体を飛び退けさせると、すぐ足元に機関砲が着弾する。機体を後退させた比乃と、未だに悶えている敵機の間に、それと同型の機体が割り込んで来た。隙もなく、こちらに右腕の銃口を向けている。
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