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第十六話「テロリストについて」

テロリストの語り

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「私達がしてることってね、選別なの」

「選別?」

 どれを指しての選別なのか判らず比乃が聞き返すと、ステュクスは「そう、人類の選別よ」と少し浮いた声でとんでもないことを言った。その言葉の意味が一瞬わからず、比乃は思わずまた「人類の……?」と聞き返した。

「優秀なものを生き残らせて、そうでないものを排除するね。そのためだけに、この組織の軍事力は存在するのよ」

 その意味を理解した比乃が、唖然とした表情を浮かべる。それを楽しそうに見つめながら、少女は更に、驚くべき事実を語る。

「イギリスのクーデター、中国分断による内戦、朝鮮南北軋轢の再燃、アメリカへの大侵攻、中東の紛争拡大。それに各国での大規模テロ……日本の市民団体、危険思想集団への武器提供や扇動。色んなことをしたし、色んなことをしているわ」

 世界中のテロや紛争行為に加担しているのだというその言葉を、比乃はすぐには信じられなかった。それだけのことを実行に移させるほど、この組織とやらは各国に人員を潜り込ませていて、それを使って、大規模な諍いを起こさせるほどの力を持っているという。

「嘘だと思ってるね、軍曹。でもよく考えてみてよ。これまであったテロや紛争。後ろで繋がってると考えたら、起きるタイミングも、規模も、完璧だったと思わない?」

 そう言われ、確かに納得できる部分があることに、比乃は驚愕を隠せない。

 自分たち自衛隊や、各国の政府は、これまでのテロや紛争、内乱は、治安悪化によるものだと考えていた。つまりは、ばらばらの組織が、ゲリラ的にテロを行ったり、情勢不安定によって発生したものだと思っていたのだ。それは市民もそうだろう。

 しかし、実際には違った。一枚岩で繋がった一つの組織が、意図的に引き起こした物だった。強大な組織力によって、強引に、そのふざけた目的とやらのために。これまで相手にしてきた敵の大きさを知って、比乃は緊張で喉が乾くのを感じた。

 それでも、口を開いて、疑問をぶつける。

「そんなくだらない差別意識のためだけに、そんなに大掛かりな事をしてたっていうの……?」

「くだらない……そうね、きっと普通の人からしたらとてもくだらないし、ふざけたことなのよね」

 予想外にも、ステュクスは比乃の言葉に肯定した。比乃はその意図が解らず「解ってるなら何故」と小さく言葉を漏らすと、少女は満面の笑みで言った。

「私は最初から選ばれた側の人間だから、そして選別をするために生み出された存在だからね。わかっててもやるのよ」

 自分たちが何も悪いことをしているとは思っていない。そんな笑顔だった。無邪気な子供が、何の悪意もなしに悪戯をしたときのような、そんな雰囲気すら感じた。

「狂ってる……君も、この組織も、みんな」

 比乃に狂ってると言われて、彼女はむしろ嬉しそうに、笑みを崩さず。

「あら、貴方もそう言うんだ。先生も最初、この話を聞かされた時はそう言ってたらしいんだけど、何かあって考えが変わったみたい……貴方もきっとそうなるわ。理解さえできれば、とても素敵な考えだもの」

 不吉な予言のような言葉に、比乃は否定の言葉を吐こうとしたが、何も言い返せなかった。言葉が浮かばなかったわけではない。何を言っても、目の前の少女には届かない、そう思わされたからだ。事実、彼女の断固とした価値観に、比乃の言葉が響くことはないだろう。

「その選別とやらのために、テロだけでも数万人、犠牲にしたって言うの」

 絞り出すように、責めるような口調の比乃に、ステュクスはさらっと言ってのけた。

「いくら犠牲が出たって構わないわよ。争わせてより優秀な方を生き残らせて、その結果残った人間が数百人でも、数十人でも構わないんだから」

 どこまでも狂っている。比乃は耳を塞ぎたくなったが、そんなことをしても目の前の少女がその無様な姿を見て笑うだけだろう。比乃は押し潰されないように、言葉を振り絞って、疑念を相手にぶつけ続ける。

「それじゃあ、優先して軍事施設を攻撃してるのは何のためなのさ、無差別攻撃でもしてればいいじゃないか」

「選別のために既存の軍隊は邪魔だし、元々は争いのための組織だもの、狙うには格好の標的っていうのよね。競う相手に丁度いいのよ、軍人って……それに、無差別な虐殺ってそんなに効率的じゃないのよねって、先生が言ってた」

「それなら逆に、テロで軍事と無関係な人を狙う必要はないじゃない……矛盾してるよ」

「無関係?  そんなの人類である限り存在しないよ。それにいくらテロに巻き込まれたって、生き残る能力がある人間は自然に生き残るわよ。偶然でも、必然でも……軍曹、貴方みたいにね」

 自分が生き残ったテロ、つまりは東京事変――両親を失い今の日比野 比乃が生まれたきっかけになった忌々しい事件。

「それじゃあ、東京のあれをやったのも……」

「勿論、私たちよ。と言っても、その頃はまだ私は産まれてすぐだったから、直接は関係してないんだけど」

 規模からして、それなりに大規模な組織が行ったことだろうとは思っていた。それでも、あの時に大多数の実行犯らが殲滅されたと信じていた。それなのに、実際にはまだ、あのテロは終わってはいなかったのだ。

「そして貴方は生き残って、それでもなお戦い続けて、その才覚を発揮した。戦い抜く力を私達に見せた。だから先生は貴方を欲しがったのね。これだけは認めてあげてもいいわ、貴方の生存能力はずば抜けている」

 今度は少し嫉妬が混じった口調で、呆然としている比乃にステュクスは語る。

「それじゃあ……もし君の大切な人、オーケアノスが選別の結果として死んだとしても、君はそれを許せるの?」

 最後に、比乃がそれを聞いた。すると、彼女はきょとんとした顔で答えてみせた。

「そんなの、生き残れなかったから淘汰された、選別から漏れたから死んだ、ただそれだけの話でしょ」
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