上 下
116 / 344
第十六話「テロリストについて」

新天地

しおりを挟む
 比乃が目を覚まして最初に視界に入ったのは、知らない天井だった。

「…………」

 状況確認。寝そべったまま、首だけを動かして部屋を見渡す。
 コンクリートが剥き出しになっている、灰色の部屋。比乃から見て右に鉄格子が入った窓。左には頑丈そうなドアが見えた。

 寝かされているのは簡易ベッドのようだった、無駄に清潔感のあるシーツの肌触りを感じる。
 腕を使って起き上がって見みると、そこは独房と言った部屋らしく、在るものといえば、質素な机と個室トイレ。比乃が座っているベッドだけであった。

 次に自分の状態を確認する。と言っても、手錠などは外されており、両足の義足がないこと以外には、特に何かされた形跡は見当たらない。寝起きのせいか、少し頭がぼんやりしているが、それも頭を振ると薄れていく気がした。脱出が不可能であるということ以外は、問題なさそうだ。

「お目覚めか」

 ドアの外から、聞き覚えのある声がした。オーケアノスだった。

「おかげさまでぐっすりですよ」

 皮肉を込めて言う。しかしオーケアノスは「それだけの口がきければ問題なさそうだな」とだけ言って受け流した。そして。ドアを開けて室内に入ってきて、後ろ手に扉を閉めた。護衛などはつけていないらしく、一人だった。

(今の状態の僕なら、一人でも問題ないってことか)

 随分と侮られていると、比乃がオーケアノスをじろっと睨む。睨まれた方は肩をすくめてみせた。

「投薬の影響は問題なさそうだな」

 投薬。頭がぼうっとしていたのはそれのせいか、比乃はまだ少しぼんやりする頭を振って「何をしたんですか」と聞くと、オーケアノスは「俺は難しいことはしらんが、鎮静剤やら睡眠薬やら……そういう物らしい」そうしれっと言った。比乃は呆れた。

「気を失ってる相手に睡眠剤を投与するなんて、厳重を通り越してる用心深さじゃないですか」

 そういうと、オーケアノスは「過小評価が過ぎるな」とサングラスを少しずらして、比乃の顔を覗き込むように見た。その目は、猛禽類のような鋭さを宿している。

「お前の経歴と得意分野を知っていれば当然だ。やろうと思えば、上半身だけで這い回り、歯でこちらの喉笛を掻っ捌いてみせることくらい、やってのけるだろう?」

 ふっと笑ってから顔を逸らして「そういう訓練もしていたはずだ」というオーケアノスに、比乃は驚いたと目をパチクリさせた。言われた通り、比乃は隙があれば武器でも奪い、それを使って逆襲の一つでもしてやろうかと思っていた。それは両足がなくても出来た。そういう訓練をしていたからだ。

 ナイフでもあれば、喉笛は無理でも目の前の男の脇腹辺りに、致命的な刺突を食らわせてやるくらいは出来ただろう。どこでそれを知ったのか、比乃が義足を付けるまでに行なっていた訓練の一環をこの男は知っているらしかった。

 割と本気でやってやろうと思っていたそれを、見透かされたことが悔しかったので、比乃は「ふん」鼻を鳴らす。ベッドに倒れ込んで、話題を逸らすように聞いた。

「それより、僕の脚はどこへ?   そろそろ返してくれてもいいと思うんですけど」

「ああ、その件だが……」

 ここに来て初めて、オーケアノスは何か言いづらそうな、困ったような仕草をして「一つ謝っておこう」と前置きしてから、

「お前の義足は持ってこれなかった」

「……あれがないと歩けないんですけど、どうしてだか理由を聞いても?」

「俺の予想した以上に、お前の同僚二人が強かったというだけだ。あと一歩でお前を奪い返される所だった上に、俺の一番弟子の伸び切った鼻をへし折ってくれた……後者に関しては、正直なところ礼を言いたいくらいだがな、奴にはいい薬だ」

 言ってから、窓から外を眺めて「本題だが」と切り出した。

「この後、お前には俺と共にハワイまで来てもらう。もちろん観光ではなく、俺の仕事の都合でだがな。そこで脳からマイクロチップの摘出を行う。ここの設備ではそこまでは出来ないらしくてな」

 要件を伝え終わるとに背を向けて歩き、ドアに手をかけた。どうやら、それを言うためにこの部屋に来たらしい。しかし、次の行き先がハワイとは――

(飛行機でも使うのか?)

 だとすれば、次の自分の行き先へは貨物室にでも放り込まれるのだろうか、比乃は少し憂鬱になる。それよりも早く救助が来てくれればいいのだが。そう考えていると、ふと潮風の匂いがした。

 そういえば、ここはいったいどこなのだろう。そんなに時間が経っていなければ、まだ日本国内のどこかの港のはずだ。推測するならば、近くに空港がある場所。
 しかし、設備というからにはテロリストの拠点の一つなのだろうか?  日本国内にそんな場所があったのか。自分がいる場所を一つ一つ絞り込みながら、駄目元で、部屋から出ようとしているオーケアノスの背に尋ねた。

「ここがどこかくらいは教えてくれてもいいんじゃないですか?」

 何か理由をつけて、教えてくれないだろうなと予想した。しかし、何気無く聞いた比乃の言葉に、意外にもオーケアノスは足を止めて、背を向けたまま答えた。

「ここか?  ここは――」

 それを聞いた時、比乃は己が置かれた状況の悪さに、一瞬意識が遠のきそうになるほどのショックを受けた。いったいどれだけの時間眠らされていたのかという疑問。そして、こんなところまで救助は来てくれるかどうかの疑問。かなり難しいだろう。

(ごめん、志度、心視……自力で帰るのは無理そうだ)

 さっきまであったなけなしの強気は何処へやら、比乃は思わず、泣き出したくなった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました

フルーツパフェ
大衆娯楽
 とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。  曰く、全校生徒はパンツを履くこと。  生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?  史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。

スケートリンクでバイトしてたら大惨事を目撃した件

フルーツパフェ
大衆娯楽
比較的気温の高い今年もようやく冬らしい気候になりました。 寒くなって本格的になるのがスケートリンク場。 プロもアマチュアも関係なしに氷上を滑る女の子達ですが、なぜかスカートを履いた女の子が多い? そんな格好していたら転んだ時に大変・・・・・・ほら、言わんこっちゃない! スケートリンクでアルバイトをする男性の些細な日常コメディです。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

異世界災派 ~1514億4000万円を失った自衛隊、海外に災害派遣す~

ス々月帶爲
ファンタジー
元号が令和となり一年。自衛隊に数々の災難が、襲い掛かっていた。 対戦闘機訓練の為、東北沖を飛行していた航空自衛隊のF-35A戦闘機が何の前触れもなく消失。そのF-35Aを捜索していた海上自衛隊護衛艦のありあけも、同じく捜索活動を行っていた、いずも型護衛艦2番艦かがの目の前で消えた。約一週間後、厄災は東北沖だけにとどまらなかった事を知らされた。陸上自衛隊の車両を積載しアメリカ合衆国に向かっていたC-2が津軽海峡上空で消失したのだ。 これまでの損失を計ると、1514億4000万円。過去に類をみない、恐ろしい損害を負った防衛省・自衛隊。 防衛省は、対策本部を設置し陸上自衛隊の東部方面隊、陸上総隊より選抜された部隊で混成団を編成。 損失を取り返すため、何より一緒に消えてしまった自衛官を見つけ出す為、混成団を災害派遣する決定を下したのだった。 派遣を任されたのは、陸上自衛隊のプロフェッショナル集団、陸上総隊の隷下に入る中央即応連隊。彼等は、国際平和協力活動等に尽力する為、先遣部隊等として主力部隊到着迄活動基盤を準備する事等を主任務とし、日々訓練に励んでいる。 其の第一中隊長を任されているのは、暗い過去を持つ新渡戸愛桜。彼女は、この派遣に於て、指揮官としての特殊な苦悩を味い、高みを目指す。 海上自衛隊版、出しました →https://ncode.syosetu.com/n3744fn/ ※作中で、F-35A ライトニングⅡが墜落したことを示唆する表現がございます。ですが、実際に墜落した時より前に書かれた表現ということをご理解いただければ幸いです。捜索が打ち切りとなったことにつきまして、本心から残念に思います。搭乗員の方、戦闘機にご冥福をお祈り申し上げます。 「小説家になろう」に於ても投稿させて頂いております。 →https://ncode.syosetu.com/n3570fj/ 「カクヨム」に於ても投稿させて頂いております。 →https://kakuyomu.jp/works/1177354054889229369

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

[完結済み]男女比1対99の貞操観念が逆転した世界での日常が狂いまくっている件

森 拓也
キャラ文芸
俺、緒方 悟(おがた さとる)は意識を取り戻したら男女比1対99の貞操観念が逆転した世界にいた。そこでは男が稀少であり、何よりも尊重されていて、俺も例外ではなかった。 学校の中も、男子生徒が数人しかいないからまるで雰囲気が違う。廊下を歩いてても、女子たちの声だけが聞こえてくる。まるで別の世界みたいに。 そんな中でも俺の周りには優しいな女子たちがたくさんいる。特に、幼馴染の美羽はずっと俺のことを気にかけてくれているみたいで……

性転換マッサージ

廣瀬純一
SF
性転換マッサージに通う人々の話

もうダメだ。俺の人生詰んでいる。

静馬⭐︎GTR
SF
 『私小説』と、『機動兵士』的小説がゴッチャになっている小説です。百話完結だけは、約束できます。     (アメブロ「なつかしゲームブック館」にて投稿されております)

処理中です...