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第十五話「第八師団と相棒達の活躍について」

白金の救出劇

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 辺りはすでに薄暗く、潜入用のダークグリーンの服がよく夕闇に紛れた。目立つ白と金の髪を帽子に押し込んだ二人、志度と心視は、倉庫街を縫うように進む。そして、比乃の義足に仕込まれていた発信機の反応を頼りに、その場所を見つけた。

 元は大型貨物を仕入れる場所だったらしい倉庫の周りに、数人の黒服が銃器を手にして周辺を警戒している。
 まだこちらに気付いた様子はない。志度が心視に「なんとかできるか」と聞けば「余裕」と返ってくる。心視がその場から離れるように移動した。

 数分待つと、音も無く飛来した弾丸が、見張りの男の頭部に穴を開けた。脳天に穴が開いた男が倒れるよりも早く、もう一人の額にも風穴が開く。
 手早く見張りが排除されたのを目視で確認した志度は、通信端末を取り出す。それと同時に着信。スコープでこちらも確認しているらしい心視の『余裕だった』という言葉に、志度は苦笑して「流石」と答える。

 こういう時は本当に頼りになる同僚である。それも、今回は大事な人の命が掛かっているので、尚更に気合が入っているように見える。それは自分も同じことだが――懐に手を伸ばして取り出した拳銃、そのグリップを握る手に力が入る。

『このまま……次の狙撃ポイントに移動する……一人でいける?』

「余裕だな」

 言って通話を切り、懐に端末を入れて歩哨が倒れている倉庫の入り口まで走る。そして扉をゆっくりと開いて中を確認する。中にも二人いた。しかし、まだこちらには気付いていない、何やら談笑している様子。“ボンクラ”だ。排除するのは簡単だ。

 最低限の幅だけ扉を開けると、出来るだけ姿勢を低くして中に突入した。まるでm豹などの獣のような速度。会話していた片方が志度に気付いたが、もう遅い。手にしたサプレッサー付きの拳銃を、先に気付いた方に向ける。距離は五メートルもない。発砲。

 空気の抜けるような音がして、短い悲鳴を上げて男は胸から血を吹き出しながら倒れる。もう一人が振り向こうとしたが、その前に胸に二発の弾丸を受け、埃を巻き上げて床に倒れた。

 それから更に周囲を警戒するが、それ以上人の気配はしなかった。見張りが四人だけ……救助に来ると思っていなかったのか、それとも、

「あの女一人いれば充分だってか」

 未だに姿が見えないステュクスとか言った少女。自分の拳を余裕で受け止め、剰え投げてみせた。恐らくは自分や心視と同じ産まれの人間……いや、人間もどき。
 次に会ったら、今度こそぶっ飛ばしてやろうと思っていた。その機会は思っていたより早く来そうだ。

 そのまま通路を突き進むと、突き当たりに扉。これも用心深く開ける。中は機材が置かれた、だだっ広い空間だった。倉庫の荷物置き場だろう。天井から沈みかけた夕焼けの光が射し込んでいる。先日、近くで起きた爆発事件の被害を受けたらしく、天井や高い位置の壁に、所々大穴が開いていた。

 用心深く周辺を見渡す。今いる場所からちょうど反対側に、人が倒れている。志度はよく目を凝らす。外出した時と同じ服装、小さい背丈、比乃だった。

 思わず声を出して駆け寄ろうと扉から中に入るが、そこで自分の理性が止めに入った。何かがおかしい。一番重要な人物の近くに、見張りが一人もいないなんてあり得るだろうか――

 その時、志度が反応できたのはもはや本能と言っても良い。既存の人類から拡張された感覚の恩恵とも言えた。その超感覚で、反射的に近くの柱の影に飛び込んだ志度の真横を、銃弾が風を切る風切り音が走った。そして、弾丸が地面を抉った音がほぼ同時に響く。
 志度の脳裏に、瞬時に狙撃の二文字が浮かぶ。

 素早く身を翻して、予想される相手の位置から死角になるように、柱の裏へと隠れる。恐らくは、あのステュクスが撃ってきているのだろう。細かい場所まではわからないが、倉庫の外から、壁や天井に開いている穴越しに、こちらを狙っている。

 隠れてる間にも、柱の左右に立て続けに着弾。どうあっても、志度をここから先に行かせないつもりらしい。

(ぶん殴るには、ちょっと距離があり過ぎるな)

 志度は内心で、自身が望んでいた機会が訪れないことに対する愚痴を吐くと、通信端末を取り出し、心視に連絡を入れる。

「悪い、比乃の目の前で足止め食らった。後はそっちに任せるけど、一人でやれるか?」

 通信機からは『余裕』とだけ返って来て、通信が切れた。志度はまた苦笑して「ほんと、こういう時は頼りになるやつ」と呟くと、一休みするように柱に背を預けた。後は、狙撃手の仕事だ。



 同僚からの催促を受けて、心視は素早く狙撃ポイントを移した。狙撃手同士の戦闘は、一種の航空戦に似ている。つまり、先に有利なポイントに付き、先に見つけた方が勝つ。

 心視は自分がいた倉庫のトタン屋根から、次の足場へ向かって飛びながら、志度が狙撃を受けた位置を元に、相手の予想位置を割り出そうと思考を巡らせた。
 ここから見える限り、高所――つまり、狙撃に適した場所は、どれもこれも倉庫の屋根だ。それと、何本か立っている鉄塔。クレーンの足場か。

 どこだ……心視は思案する。相手がこちらの情報をすでに入手しているならば、自分という狙撃手がいることは、すでに把握しているはずだ。であるならば、カウンターを喰らいやすい場所は避けるはず。鉄塔の上など論外だろう。

 候補が一つ絞られる。同時に、目的の場所に着いた。鉄塔の上だ。

 相手は比乃を囮にしている。そして今もなお銃撃を加えているということは、そちらに視線が向いているということ。そして、その上でカウンターを恐れているとなると、遮蔽物がある屋根の上、高所からでないと狙撃されない場所にいる可能性が高い、いや、この選択技が狭い地形ではそれ以外ありえない。

 そして同時に、こちらが危険を冒してまで、こちらが鉄塔の上という目立つ場所には来ないだろうという、一種の油断があると思われた。舐められたものだ。心視は内心で呟く。

 比乃のためならば、この命を投げ打つことなど、何よりも容易いというのに――

 背負っていた狙撃銃を素早く展開し、伏せ撃ちの姿勢になる。スコープで考えられる狙撃場所を次々に確認する。そして見つけた。向こうも狙撃を警戒していたのだろう、周囲をスコープで探り、そして最後にこちらを向いて、まさかと驚愕する少女の姿が見えた。

 完全に予想通り、貴方には圧倒的にな身体能力と才能があっても、経験と知恵と勇気が足りなかった。

 照準エイム。風は読み終わっている。温度も湿度も計算済み。この距離でのコリオリ力の微調整など、一秒もいらない。
 呼吸を止めた。照準の上下の揺れが止まった瞬間、撃鉄を引く。ステュクスも同時に発砲していた。が、心視は身動ぎもしない。結果はもう解っている。

 果たして、こちらを狙った弾丸は、心視のすぐ傍の鉄柵を、甲高い音と共に折り曲げた。逆に、心視が放った必殺の弾丸は、ステュクスの愛銃を粉々に撃ち砕いた。
 破片を受けた肩を抑えて、屋根から転げ落ちる少女。その様子をスコープで覗くまでもなく、さっさと立ち上がって狙撃銃を担ぎ直し、心視は鉄塔から軽い身のこなしで降りる。

 あんなのはもうどうでもいい、今は一刻も早く。比乃を助け出さなければならない。
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