上 下
106 / 344
第十四話「襲来する驚異について」

焦り

しおりを挟む
 週明けの二日の昼過ぎ。快晴の空の下で、今日もAMW操縦訓練が行われていた。

「私、まだ三曹殿のことよく知らないけど」

 横倒しになった訓練機のコクピットの中で、菊池が言った。

「ここ数日なんだか空回りしてない?  土日に何かあったのかな」

 グラウンドの中央で訓練を行なっているのは、第八教育隊の面々。その内の菊池、鈴木の二人が乗った橙色のTkー7は、撃破判定を受けて地面に転がっていた。今は、斎藤の訓練機が、比乃が操る機体と模擬格闘戦を行なっている。

 シートの上で暇そうに寝そべっていた鈴木が、

『そう言われるとそうだな』

 そう同意するように呟いた。

『教官ってあんなにスパルタだったっけか?   いや先週初めは凄かったけどよ』

「先週と言えば、あの時の三曹殿、かっこよかったよね~」

『流石は現役の機士って感じだったな』

 先週末の出来事を思い出して、菊池がうっとりするように言って、鈴木も、また同意するように頷く。

 あの襲撃を受けても、訓練予定に変更はなかった。万全を期して行われた駐屯地周辺の調査で、別の武装集団が摘発された為、二度目の襲撃は流石にないという上層部の見解があったのだ。

 なお、それらの調査に関して、オーケアノスから比乃への降伏勧告の件は伏せられていた。先日の会議に参加していた陸将や、警察との情報交換を行った結果の、部隊長の判断だった。

 万が一にも「自衛官一人差し出してテロリストが大人しく出て行くならば致し方ない」となっては洒落にならない。
 それに、この五日間の間に、拉致に備えて部隊を展開したとしても、それを機に大暴れでもされて、市民に要らぬ被害が出ては大問題である。なので、最低限の人数で事態を解決しなければならないのは、仕方のないことであった。

 それ故に神経が逆立っている比乃の犠牲になった斎藤の、ここ数日は珍しくなくなった悲鳴が通信越しに響く。

『きゃあああぁぁぁ……』

 肝心の解決策が見つからずに焦るのも、また仕方のないことであった。特に、当事者である比乃は――

『斎藤機死亡!  次、四班。構え!』

 今し方、斎藤の乗った機体を背負い投げで地面に叩きつけた真新しい予備機が、武闘家のように構えを取った。四班の面々がその勢いにたじろいでいる間に、距離を詰めた白い機体がまた一機、柔術の流れで訓練機を投げ飛ばす。

 訓練生達を千切っては投げ千切っては投げしている教官は、焦燥感を露わにしているように見えた。

「三曹殿、なんであんなに焦ってるんだろう」

 何も知らない訓練生は、ふぅと嘆息を吐いた。

 ***

 模擬戦訓練を終えて訓練生に解散を命じた比乃は、足早に個室に戻るとノートパソコンを起動させ、すぐにFBIやICPOなどのサイトにアクセスした。

 先日、自宅訪問してきた男、オーケアノスの情報については、顔写真付きで、経歴含めてすぐに出た。

 オーケアノス、本名不明。推定年齢四十代後半から五十代前半。元SEALsという噂もあるが真偽は不明。過去いずれかの軍事組織に所属していたと思われるが、詳細は今もなお調査中。オーケアニデスと名乗る大隊規模のテロ部隊の指揮官を務め、主にアメリカ西海岸で軍事基地に対する破壊活動を行なっている。また、どこのメーカー品の物とも一致しない正体不明のAMWを使用していることが確認されている。

 比乃は、先日部隊長から教えられた情報にあったもう一人のテロリスト。オーケアノスと共に潜伏しているという男も気掛かりだったので、そちらも検索に掛けてみる。こちらもオーケアノス同様、すぐに情報が出てきた。

 アレース。こちらも本名不明。推定三十歳。目撃情報から、過去に小規模テロ組織に与し、様々な大規模テロに関与した経歴を持っていることが判明している。その性格からか、作戦は派手且つ大胆な物が多いが、非常に狡猾な人物でもある。AMWの搭乗経験も豊富で、過去に米軍の特殊部隊を無傷で壊滅させている。

 しかし、ステュクスという少女の名前だけは、いくら検索をかけても出なかった。精々、ギリシャ神話繋がりの情報しか出てこない。

 結局、テロリストとしても少女の情報はどれだけ調べても出てこなかった。オーケアノスを「先生」と呼んでいたことから、オーケアニデス大隊とやらのメンバーであることは、ほぼ間違いと見れるが、それだけだ。

 表示された情報を読み進めていく毎に、比乃は陰鬱な気分になった。少なくとも、あのレベルの敵がもう一人いる。それだけでも、胃に穴が開く思いだった。それが、ここ数日の訓練に出てしまっているのも、認めざるを得ない事実である。

 だが、あのレベルの敵が再度この駐屯地を襲撃したらと思うと、とても優しく指導などしてはいられなかった。警戒し過ぎるに越したことはない。

「新装備のテストだってあったのに……どうしてこうなったのか」

 一通り調べ終えて、ノートパソコンを閉じた比乃は、簡易ベットの上に放っておいた資料を一枚取り出して呻いた。
 Tkー7用の新装備、新たなるオプションが今週、丁度今日、駐屯地に運び込まれる予定になっていた。テストパイロットは勿論、本職である比乃である。機体の初期設定から何から行う、一日掛かりの作業になる予定だったが、こんな状況ではそれをしている余裕もない。

「……とりあえず、やれることはやっておかないと」

 調べてもわからないことはまだあった。あの少女が言った“試作品”と“失敗作”。あれが志度と心視を示していたのは明らかだ。
 部隊長に問い詰めても「それは追々、機会があったら話す」と言って教えてはくれなかった。本人らに聞いても、何のことかさっぱりわからないとしか言わない。

 ただでさえ、今回の相手はこれまでにないほどの強敵で、それを最低限の人数で対処しなければならない。
 それなのに、わからないことだらけのまま、指定された日まで残り一日になってしまった。これまで考えた作戦をもう一度確認するように目を閉じる。数分して、比乃は部屋を出た。

 終礼のラッパを聴きながら、思考を少しでも整理する意味と、気分的な問題から、比乃は一人で街に繰り出した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

[完結済み]男女比1対99の貞操観念が逆転した世界での日常が狂いまくっている件

森 拓也
キャラ文芸
俺、緒方 悟(おがた さとる)は意識を取り戻したら男女比1対99の貞操観念が逆転した世界にいた。そこでは男が稀少であり、何よりも尊重されていて、俺も例外ではなかった。 学校の中も、男子生徒が数人しかいないからまるで雰囲気が違う。廊下を歩いてても、女子たちの声だけが聞こえてくる。まるで別の世界みたいに。 そんな中でも俺の周りには優しいな女子たちがたくさんいる。特に、幼馴染の美羽はずっと俺のことを気にかけてくれているみたいで……

スケートリンクでバイトしてたら大惨事を目撃した件

フルーツパフェ
大衆娯楽
比較的気温の高い今年もようやく冬らしい気候になりました。 寒くなって本格的になるのがスケートリンク場。 プロもアマチュアも関係なしに氷上を滑る女の子達ですが、なぜかスカートを履いた女の子が多い? そんな格好していたら転んだ時に大変・・・・・・ほら、言わんこっちゃない! スケートリンクでアルバイトをする男性の些細な日常コメディです。

異世界災派 ~1514億4000万円を失った自衛隊、海外に災害派遣す~

ス々月帶爲
ファンタジー
元号が令和となり一年。自衛隊に数々の災難が、襲い掛かっていた。 対戦闘機訓練の為、東北沖を飛行していた航空自衛隊のF-35A戦闘機が何の前触れもなく消失。そのF-35Aを捜索していた海上自衛隊護衛艦のありあけも、同じく捜索活動を行っていた、いずも型護衛艦2番艦かがの目の前で消えた。約一週間後、厄災は東北沖だけにとどまらなかった事を知らされた。陸上自衛隊の車両を積載しアメリカ合衆国に向かっていたC-2が津軽海峡上空で消失したのだ。 これまでの損失を計ると、1514億4000万円。過去に類をみない、恐ろしい損害を負った防衛省・自衛隊。 防衛省は、対策本部を設置し陸上自衛隊の東部方面隊、陸上総隊より選抜された部隊で混成団を編成。 損失を取り返すため、何より一緒に消えてしまった自衛官を見つけ出す為、混成団を災害派遣する決定を下したのだった。 派遣を任されたのは、陸上自衛隊のプロフェッショナル集団、陸上総隊の隷下に入る中央即応連隊。彼等は、国際平和協力活動等に尽力する為、先遣部隊等として主力部隊到着迄活動基盤を準備する事等を主任務とし、日々訓練に励んでいる。 其の第一中隊長を任されているのは、暗い過去を持つ新渡戸愛桜。彼女は、この派遣に於て、指揮官としての特殊な苦悩を味い、高みを目指す。 海上自衛隊版、出しました →https://ncode.syosetu.com/n3744fn/ ※作中で、F-35A ライトニングⅡが墜落したことを示唆する表現がございます。ですが、実際に墜落した時より前に書かれた表現ということをご理解いただければ幸いです。捜索が打ち切りとなったことにつきまして、本心から残念に思います。搭乗員の方、戦闘機にご冥福をお祈り申し上げます。 「小説家になろう」に於ても投稿させて頂いております。 →https://ncode.syosetu.com/n3570fj/ 「カクヨム」に於ても投稿させて頂いております。 →https://kakuyomu.jp/works/1177354054889229369

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

性転換マッサージ

廣瀬純一
SF
性転換マッサージに通う人々の話

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

俺が異世界帰りだと会社の後輩にバレた後の話

猫野 ジム
ファンタジー
会社員(25歳・男)は異世界帰り。現代に帰って来ても魔法が使えるままだった。 バレないようにこっそり使っていたけど、後輩の女性社員にバレてしまった。なぜなら彼女も異世界から帰って来ていて、魔法が使われたことを察知できるから。 『異世界帰り』という共通点があることが分かった二人は後輩からの誘いで仕事終わりに食事をすることに。職場以外で会うのは初めてだった。果たしてどうなるのか? ※ダンジョンやバトルは無く、現代ラブコメに少しだけファンタジー要素が入った作品です ※カクヨム・小説家になろうでも公開しています

処理中です...