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第十三話「訓練と教官役の苦労について」
和解
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「い、いやぁまぁ色々訳ありなので……それよりさっきの質問の答えなんですけど」
あの理不尽な訓練を課した理由について、話すことを決心した比乃が、椅子に座り直した。三人も慌てて椅子に座り直し、話を聞く姿勢になる。比乃は話を切り出す前に「ごほん」と態とらしく咳払いをした。
実年齢が判ると、このような仕草も、学生が頑張って取り繕っているようにしか見えなくなってしまった。三人は、この教官達に今日まで感じていた恐怖感が薄れて行く不思議な感覚を覚えた。
「正直に言って、最初は本気で心を圧し折ってやろうと思いました。こんな自衛官いてたまるかと言うのと、実戦に出したら、間違いなく命を落としてしまうからという理由で。一人でも多く機士が欲しいと言ってる清水一尉達には、申し訳ないですけどね」
その言葉に、三人はやっぱりと俯いてしまう。確かに、自分たちの素行が悪いのは自覚していたが、訓練で良い結果さえ出せていれば問題ないだろうと、心のどこかで思っていたのだ。そんな自分たちが、何故、辞めさせられないといけないのかという気持ちもあった。
しかし、そんなのは、正規の自衛官である三曹達からすればあり得ないことであった。規律を守り、真面目に訓練に取り組んで今の階級にまでなった彼らからすれば、許せないことだっただろう。
その結果が、あのような理不尽な訓練だったのだろうか、しょんぼりする三人に、比乃は訓練中には見せなかった、優しい笑みを浮かべた。
「ですが、ここ数日の訓練を見ていて心境が少し変わりました。皆さん、凄い惜しいんです」
思いがけない言葉に、えっと顔を上げた。何が惜しいというのかという顔をしている。菊池に至っては「そ、それって褒められてるってことですか?」と戸惑いの表情を見せた。
三人の反応に比乃は苦笑しながら「そうですよ」と机の上にあった、ここ数日の訓練課程の結果を記した日誌を取り出した。数ページ捲り、改めてそこに記載された内容に目を通す。
対G適正、受信値、基礎体力、その他様々な項目が記されたそれを見て、比乃は改めて「惜しい人材だと思いました」と、三人の顔を見て言った。
「本気で振るい落としてやろうと思って、僕たちが昔にやらされた、あの理不尽の塊みたいな訓練をやらされても、数日とは言え、一人も落伍せずにきちんとこなせているんです。驚愕に値しますよ」
「あの、やらされたって?」
「ここ数日の訓練は、数年前に僕たち三人が当時の教官……今の上司ですけど、その人にやらされた訓練を、ほぼそのまま再現してるんですよ。環境不足で出来てない所もありますけどね。いや、昔やってた自分が言うのも何ですけど、あれをこなせるってことはやっぱり才能はあるんですよ。皆さん」
三人は驚愕した。あの理不尽の塊とも言える猛訓練を、実際にやっていたのだ。目の前の、自分達よりも年下、訓練当時はもっと幼かっただろう少年少女が、自分達がここ数日行ったのとほぼ同じか、より過酷なそれを――あの訓練は決して、理不尽なだけの嫌がらせなどではなかったのだ。
「ただの虐め用メニューじゃなかったのか……」
思わず呟いた鈴木の言葉に「当然です」と比乃は苦笑する。そして、日誌を確認するように読み直しながら、しみじみとした表情を見せる。
「自分たち教官役の目的は、あくまでも素行不良の、ただし才能だけはある問題児達を実戦で使えるようにすることだと思いました。勿論、先程言ったように、才能もなかったら容赦なく辞めさせようとしましたが、危ないですから。だけど、本当に良い意味で想定外でした」
「良い意味……ですか」
「素直に褒められる結果ですよ。あの訓練は、決して虐めようと思っての内容ではないにしても、過酷極まりないとは思いますから」
正直言って、また散々なじられるか罵倒されるかと思っていた三人は、予想外の賛美の連続に、照れ臭そうな表情を見せながらそれぞれ「はい」と返事をした。
それに満足げに頷いた比乃は、今度は机からスケジュール帳を引っ張り出して、「斎藤二士」と名指しで声を掛けた。
突然呼ばれて「は、はい教官」と立ち上がった彼女に、比乃は年齢とは不相応な、上官としての優しげな笑みを浮かべて、
「朝に連絡しようと思ってましたが、明日からは貴方の願い通り、本格的なAMWを使用した模擬演習が中心となります。ただし、初日同様に一切手を抜く気はありません。AMWによる戦闘は命懸けですし、何より、才能がある貴方達にはもっと強くなって欲しいから、やれますか? 斎藤二士」
「は、はい、教官! やってみせます!」
自分の認める腕前を持つ現役の機士に“才能がある”と言われ、更にもっと強くなるために鍛えてくれるとまで言ってくれた。斎藤は目元に薄っすら嬉し涙を浮かべながら、ここ数日で一番綺麗な敬礼して答えた。
比乃はまた満足気に頷くと、今度は「誤解が解けてると嬉しいんですけど」と席を立って鈴木の前まで来くると、頭を下げた。
「鈴木二士、訓練のためとは言え、誤解を与えるようなことしてしまい、すいませんでした」
上官に頭を下げられて、鈴木は「いやいやいやいや!」と慌てた様子で椅子から腰を浮かせて止めた。
自分よりも階級が上で、しかも年下の相手に頭を下げられるなど、気不味いにも程がある。なんとか比乃に席に座り直してもらってから、鈴木はバツの悪そうな表情になって
「やめてくれ……いや、やめてください、教官。自分が勝手にそう思っただけで、遂にそういう目的の扱きを受けるようになったんだって不貞腐れてただけで、むしろ謝らないといけないのは自分です」
彼女は「これまでの態度、本当に申し訳ありませんでした」と言って、深々と頭を下げた。釣られて、菊池も「すいませんでした三曹殿! 正直、ただの虐めっ子だと思ってましたぁ!!」と頭を下げる。
「全然構いませんよ……というか、菊池二士は素直だなぁ……」
思わず素の口調になってぼやく比乃に、菊池はにこりと笑う。
「それが数少ない取り柄だって言われました! ですから、ここで思いついたことを素直に言います!」
消灯間近だと言うのにも関わらずの大声に、比乃が少し怯み、志度と心視は資料に目を通すのを辞めて菊池の方を見て、その表情を伺った。
三人の三曹と同期二人に注目される中、菊池は声高らかに宣言した。
「私、菊池 美穂二士と有紀、斎藤同二士共々、三曹殿達やきよっちゃんに認められる優秀な成績で訓練課程を終了し、立派なAMW乗りになることを誓います!!」
しばらくの間、比乃と志度、心視の三人は、ぽかんとした表情で、自信満々とばかりのドヤ顔をしている菊池の顔を見つめてから顔を見合わせ、揃って「くくくっ」と堪えるように笑った。
「な、なんで笑うんですか三曹殿!」
「い、いや……ごめんなさい、あれをやった後でそんなことを言えるなんて凄いなって」
「良い度胸してるぜ、ほんと」
「……それに、ガッツも……ある」
「それで、一緒くたにされた二人も同じ思いですか?」
比乃の挑戦的な笑みに、同期の宣言に勝手に巻き込まれた二人は、少し躊躇った様子だったが、覚悟を決めたように「勿論です!」と返答した。それを聞いて、比乃は嬉しそうに笑ってから、椅子から立ち上がって伸びをした。
「それじゃあ、もう寝ないと、明日もきっちりしごきますからね」
「はーい……あの、三曹殿」
菊池は少し俯いて、恥ずかしそうに言った。
「ありがとうございました。今日、ここに来てよかったです!」
その言葉に比乃は何も言わず、ただ、嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。
あの理不尽な訓練を課した理由について、話すことを決心した比乃が、椅子に座り直した。三人も慌てて椅子に座り直し、話を聞く姿勢になる。比乃は話を切り出す前に「ごほん」と態とらしく咳払いをした。
実年齢が判ると、このような仕草も、学生が頑張って取り繕っているようにしか見えなくなってしまった。三人は、この教官達に今日まで感じていた恐怖感が薄れて行く不思議な感覚を覚えた。
「正直に言って、最初は本気で心を圧し折ってやろうと思いました。こんな自衛官いてたまるかと言うのと、実戦に出したら、間違いなく命を落としてしまうからという理由で。一人でも多く機士が欲しいと言ってる清水一尉達には、申し訳ないですけどね」
その言葉に、三人はやっぱりと俯いてしまう。確かに、自分たちの素行が悪いのは自覚していたが、訓練で良い結果さえ出せていれば問題ないだろうと、心のどこかで思っていたのだ。そんな自分たちが、何故、辞めさせられないといけないのかという気持ちもあった。
しかし、そんなのは、正規の自衛官である三曹達からすればあり得ないことであった。規律を守り、真面目に訓練に取り組んで今の階級にまでなった彼らからすれば、許せないことだっただろう。
その結果が、あのような理不尽な訓練だったのだろうか、しょんぼりする三人に、比乃は訓練中には見せなかった、優しい笑みを浮かべた。
「ですが、ここ数日の訓練を見ていて心境が少し変わりました。皆さん、凄い惜しいんです」
思いがけない言葉に、えっと顔を上げた。何が惜しいというのかという顔をしている。菊池に至っては「そ、それって褒められてるってことですか?」と戸惑いの表情を見せた。
三人の反応に比乃は苦笑しながら「そうですよ」と机の上にあった、ここ数日の訓練課程の結果を記した日誌を取り出した。数ページ捲り、改めてそこに記載された内容に目を通す。
対G適正、受信値、基礎体力、その他様々な項目が記されたそれを見て、比乃は改めて「惜しい人材だと思いました」と、三人の顔を見て言った。
「本気で振るい落としてやろうと思って、僕たちが昔にやらされた、あの理不尽の塊みたいな訓練をやらされても、数日とは言え、一人も落伍せずにきちんとこなせているんです。驚愕に値しますよ」
「あの、やらされたって?」
「ここ数日の訓練は、数年前に僕たち三人が当時の教官……今の上司ですけど、その人にやらされた訓練を、ほぼそのまま再現してるんですよ。環境不足で出来てない所もありますけどね。いや、昔やってた自分が言うのも何ですけど、あれをこなせるってことはやっぱり才能はあるんですよ。皆さん」
三人は驚愕した。あの理不尽の塊とも言える猛訓練を、実際にやっていたのだ。目の前の、自分達よりも年下、訓練当時はもっと幼かっただろう少年少女が、自分達がここ数日行ったのとほぼ同じか、より過酷なそれを――あの訓練は決して、理不尽なだけの嫌がらせなどではなかったのだ。
「ただの虐め用メニューじゃなかったのか……」
思わず呟いた鈴木の言葉に「当然です」と比乃は苦笑する。そして、日誌を確認するように読み直しながら、しみじみとした表情を見せる。
「自分たち教官役の目的は、あくまでも素行不良の、ただし才能だけはある問題児達を実戦で使えるようにすることだと思いました。勿論、先程言ったように、才能もなかったら容赦なく辞めさせようとしましたが、危ないですから。だけど、本当に良い意味で想定外でした」
「良い意味……ですか」
「素直に褒められる結果ですよ。あの訓練は、決して虐めようと思っての内容ではないにしても、過酷極まりないとは思いますから」
正直言って、また散々なじられるか罵倒されるかと思っていた三人は、予想外の賛美の連続に、照れ臭そうな表情を見せながらそれぞれ「はい」と返事をした。
それに満足げに頷いた比乃は、今度は机からスケジュール帳を引っ張り出して、「斎藤二士」と名指しで声を掛けた。
突然呼ばれて「は、はい教官」と立ち上がった彼女に、比乃は年齢とは不相応な、上官としての優しげな笑みを浮かべて、
「朝に連絡しようと思ってましたが、明日からは貴方の願い通り、本格的なAMWを使用した模擬演習が中心となります。ただし、初日同様に一切手を抜く気はありません。AMWによる戦闘は命懸けですし、何より、才能がある貴方達にはもっと強くなって欲しいから、やれますか? 斎藤二士」
「は、はい、教官! やってみせます!」
自分の認める腕前を持つ現役の機士に“才能がある”と言われ、更にもっと強くなるために鍛えてくれるとまで言ってくれた。斎藤は目元に薄っすら嬉し涙を浮かべながら、ここ数日で一番綺麗な敬礼して答えた。
比乃はまた満足気に頷くと、今度は「誤解が解けてると嬉しいんですけど」と席を立って鈴木の前まで来くると、頭を下げた。
「鈴木二士、訓練のためとは言え、誤解を与えるようなことしてしまい、すいませんでした」
上官に頭を下げられて、鈴木は「いやいやいやいや!」と慌てた様子で椅子から腰を浮かせて止めた。
自分よりも階級が上で、しかも年下の相手に頭を下げられるなど、気不味いにも程がある。なんとか比乃に席に座り直してもらってから、鈴木はバツの悪そうな表情になって
「やめてくれ……いや、やめてください、教官。自分が勝手にそう思っただけで、遂にそういう目的の扱きを受けるようになったんだって不貞腐れてただけで、むしろ謝らないといけないのは自分です」
彼女は「これまでの態度、本当に申し訳ありませんでした」と言って、深々と頭を下げた。釣られて、菊池も「すいませんでした三曹殿! 正直、ただの虐めっ子だと思ってましたぁ!!」と頭を下げる。
「全然構いませんよ……というか、菊池二士は素直だなぁ……」
思わず素の口調になってぼやく比乃に、菊池はにこりと笑う。
「それが数少ない取り柄だって言われました! ですから、ここで思いついたことを素直に言います!」
消灯間近だと言うのにも関わらずの大声に、比乃が少し怯み、志度と心視は資料に目を通すのを辞めて菊池の方を見て、その表情を伺った。
三人の三曹と同期二人に注目される中、菊池は声高らかに宣言した。
「私、菊池 美穂二士と有紀、斎藤同二士共々、三曹殿達やきよっちゃんに認められる優秀な成績で訓練課程を終了し、立派なAMW乗りになることを誓います!!」
しばらくの間、比乃と志度、心視の三人は、ぽかんとした表情で、自信満々とばかりのドヤ顔をしている菊池の顔を見つめてから顔を見合わせ、揃って「くくくっ」と堪えるように笑った。
「な、なんで笑うんですか三曹殿!」
「い、いや……ごめんなさい、あれをやった後でそんなことを言えるなんて凄いなって」
「良い度胸してるぜ、ほんと」
「……それに、ガッツも……ある」
「それで、一緒くたにされた二人も同じ思いですか?」
比乃の挑戦的な笑みに、同期の宣言に勝手に巻き込まれた二人は、少し躊躇った様子だったが、覚悟を決めたように「勿論です!」と返答した。それを聞いて、比乃は嬉しそうに笑ってから、椅子から立ち上がって伸びをした。
「それじゃあ、もう寝ないと、明日もきっちりしごきますからね」
「はーい……あの、三曹殿」
菊池は少し俯いて、恥ずかしそうに言った。
「ありがとうございました。今日、ここに来てよかったです!」
その言葉に比乃は何も言わず、ただ、嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。
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