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第十三話「訓練と教官役の苦労について」
教官役の実情
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個室に招かれた三人は、比乃の「まぁ適当に座ってください」という言葉に従って、志度と心視が取り出してくれたパイプ椅子に座った。それぞれお礼を言いながら、少し居心地が悪そうに周囲を見渡す。
そこは通常の教官室とは違い、普通の宿舎部屋を間借りしている場所らしい。らしい、というのは、備え付けのベッドや、机の上が雑多に散らかっていて、一瞬、それらが自分たちの部屋と同じ部屋であると気付かなかったからだ。
教務課の管理番号がついたファイルや資料。もう読む必要がないはずであろうAMW操縦の指南書。市販の物か「良い教育者になる方法」「教育者のススメ」なるタイトルがついた教本など、教官をする上で関連するらしい書籍が、何冊も何冊も、ベッドの上に大量に積み上がっていた。
電源が付けっ放しのノートパソコンは、こっそり覗いて見れば、今後の訓練方針についてという題名で、その下にはずらずらと、読むのが嫌になるほどの文字列が並んでいる。
自分たちの訓練の面倒を見始めてから、ずっとこう言った作業を行なっていたのだろうか? 菊池は誤解を抱いていたのではないかと思った。
てっきり、適当に理不尽な訓練をやらせていたのだと思っていた三人は、この部屋から窺える教官たちの努力の内容を見て、意外そうに顔を見合わせる。
それを尻目に、比乃から資料を受け取った白髪と金髪の教官二人は、また新しく用意したであろう資料をどさりと置くと、それを読み込むことに没頭し始める。
どうやら、菊池たちの相手は比乃に丸投げするつもりらしい。
「いやぁ、今朝は整理整頓しろと言っておきながら、借りてる部屋をこんなにしてて恥ずかしいんですけどね」
先程から相変わらず困ったような顔の比乃が、コーヒーが入った紙コップを三人に配りながら言う。
そんなことを言いつつも、教材の下は綺麗に折りたたまれているシーツがある。教材とは無関係の備品類は、きっちりと整頓して本棚に収められている辺りは流石というべきか。
数日前までは、ベッドの周りを散らかし放題にしていた自分の部屋と比較して、菊池は「うっ」と呻いた。
それには気付かない様子で、比乃は自分の分のコーヒーを入れて、椅子に腰掛けて三人に向き直った。
「それで、要件はなんでしょうか……もしかして、除隊したいとか、そういう話ですか?」
言いながら、その表情を曇らせた。教官としての顔というよりは、何か失敗した子供のような表情に見えた。それに一瞬、戸惑いながらも、何か言わなくてはと菊池が口を開くが、上手い言葉が出なかった。
「い、いえ……そういうではなくて……ええっと」
まるで年上の相手に話すような口調と雰囲気、ここ数日で見た姿とは、全く異なる印象を与えてくる教官を前に、菊池は先ほどまでの剣幕はどこへ行ったのやら、すっかり毒気を抜かれてしまった。しどろもどろになって、助けを求めるように左右に首を振る。
仕方なく、斎藤が「教官、質問があってきました。よろしいでしょうか」と代わりに話し始めた。比乃が「どうぞ、斎藤二士」と短く了承してから、コーヒーを一口啜る。
「教官、私は教官達はAMWの教導のために、本教育隊の係付曹として着任したと聞きました。しかし、実際行なっているのは、理不尽な体力教育のみで、肝心のAMW訓練は最初の一日目だけ……失礼を承知で申し上げますが、教官達は、我々第八教育隊の素行矯正のみを目的にして、主目的であったはずのAMW訓練を疎かにしているのではないでしょうか……私は、教官のような熟練の機士の指導を受けて、もっと強くなりたいんです」
斎藤はここ数日で思ったこと、溜め込んでいた意見を言い切って「答えをお聞かせください」と比乃の目を見て言った。
その真っ直ぐな目線を受け止めた比乃は、まだコーヒーの入ったカップを机の空いたスペースに置くと、腕組みをして「うーん」と悩み始めた。何と返せばいいか、迷っている風だった。
その間に痺れを切らしたように、今度は鈴木が口を出した。
「つまりよ教官、あんたらは私達を鍛えに来たのか、追い出しに来たのかっていうのを聞きたいんだよ」
とても上司に向かっての言葉使いではないが、それがどこか投げやりになっている心境を表しているようで、比乃は更に「むむむむむ」と、脂汗を流して唸り始めた。
そんな同期二人に続いて、何か言わねばと焦った菊池が手を挙げて「はい、三曹殿!」いつもの調子で声をあげた。比乃も思わず腕組みして悩んだポーズのまま「ど、どうぞ」と答える。
一旦、息を大きく吸って、意を決して、菊池は当初から抱いていた疑問を、教官にぶつけた。
「三曹殿は、いったいおいくつなんですか!」
斎藤と鈴木がずっこけた。「今聞くことか……!」と鈴木が呻くように突っ込むが、菊池は「だってだって、これで二十代後半とかだったらアンチエイジングについて聞かないと! 神秘だよ神秘!」とテンション高めに騒ぎ出す。
そんな明らかに場違いなことを聞かれた比乃は「そんなに顔老けたかな」と思わず頰に手をやってみてから
「いえ、十八ですけど」
となんて事なしにあっさり答えた。
「まさかの年下ぁ?!」
今度は菊池が慄いてずっこけた。若いのは見た目だけだと思っていたが、まさか自分より下とは……鈴木と斎藤に至っては一回り以上の年下である。唖然とした表情で比乃を見る。
そこは通常の教官室とは違い、普通の宿舎部屋を間借りしている場所らしい。らしい、というのは、備え付けのベッドや、机の上が雑多に散らかっていて、一瞬、それらが自分たちの部屋と同じ部屋であると気付かなかったからだ。
教務課の管理番号がついたファイルや資料。もう読む必要がないはずであろうAMW操縦の指南書。市販の物か「良い教育者になる方法」「教育者のススメ」なるタイトルがついた教本など、教官をする上で関連するらしい書籍が、何冊も何冊も、ベッドの上に大量に積み上がっていた。
電源が付けっ放しのノートパソコンは、こっそり覗いて見れば、今後の訓練方針についてという題名で、その下にはずらずらと、読むのが嫌になるほどの文字列が並んでいる。
自分たちの訓練の面倒を見始めてから、ずっとこう言った作業を行なっていたのだろうか? 菊池は誤解を抱いていたのではないかと思った。
てっきり、適当に理不尽な訓練をやらせていたのだと思っていた三人は、この部屋から窺える教官たちの努力の内容を見て、意外そうに顔を見合わせる。
それを尻目に、比乃から資料を受け取った白髪と金髪の教官二人は、また新しく用意したであろう資料をどさりと置くと、それを読み込むことに没頭し始める。
どうやら、菊池たちの相手は比乃に丸投げするつもりらしい。
「いやぁ、今朝は整理整頓しろと言っておきながら、借りてる部屋をこんなにしてて恥ずかしいんですけどね」
先程から相変わらず困ったような顔の比乃が、コーヒーが入った紙コップを三人に配りながら言う。
そんなことを言いつつも、教材の下は綺麗に折りたたまれているシーツがある。教材とは無関係の備品類は、きっちりと整頓して本棚に収められている辺りは流石というべきか。
数日前までは、ベッドの周りを散らかし放題にしていた自分の部屋と比較して、菊池は「うっ」と呻いた。
それには気付かない様子で、比乃は自分の分のコーヒーを入れて、椅子に腰掛けて三人に向き直った。
「それで、要件はなんでしょうか……もしかして、除隊したいとか、そういう話ですか?」
言いながら、その表情を曇らせた。教官としての顔というよりは、何か失敗した子供のような表情に見えた。それに一瞬、戸惑いながらも、何か言わなくてはと菊池が口を開くが、上手い言葉が出なかった。
「い、いえ……そういうではなくて……ええっと」
まるで年上の相手に話すような口調と雰囲気、ここ数日で見た姿とは、全く異なる印象を与えてくる教官を前に、菊池は先ほどまでの剣幕はどこへ行ったのやら、すっかり毒気を抜かれてしまった。しどろもどろになって、助けを求めるように左右に首を振る。
仕方なく、斎藤が「教官、質問があってきました。よろしいでしょうか」と代わりに話し始めた。比乃が「どうぞ、斎藤二士」と短く了承してから、コーヒーを一口啜る。
「教官、私は教官達はAMWの教導のために、本教育隊の係付曹として着任したと聞きました。しかし、実際行なっているのは、理不尽な体力教育のみで、肝心のAMW訓練は最初の一日目だけ……失礼を承知で申し上げますが、教官達は、我々第八教育隊の素行矯正のみを目的にして、主目的であったはずのAMW訓練を疎かにしているのではないでしょうか……私は、教官のような熟練の機士の指導を受けて、もっと強くなりたいんです」
斎藤はここ数日で思ったこと、溜め込んでいた意見を言い切って「答えをお聞かせください」と比乃の目を見て言った。
その真っ直ぐな目線を受け止めた比乃は、まだコーヒーの入ったカップを机の空いたスペースに置くと、腕組みをして「うーん」と悩み始めた。何と返せばいいか、迷っている風だった。
その間に痺れを切らしたように、今度は鈴木が口を出した。
「つまりよ教官、あんたらは私達を鍛えに来たのか、追い出しに来たのかっていうのを聞きたいんだよ」
とても上司に向かっての言葉使いではないが、それがどこか投げやりになっている心境を表しているようで、比乃は更に「むむむむむ」と、脂汗を流して唸り始めた。
そんな同期二人に続いて、何か言わねばと焦った菊池が手を挙げて「はい、三曹殿!」いつもの調子で声をあげた。比乃も思わず腕組みして悩んだポーズのまま「ど、どうぞ」と答える。
一旦、息を大きく吸って、意を決して、菊池は当初から抱いていた疑問を、教官にぶつけた。
「三曹殿は、いったいおいくつなんですか!」
斎藤と鈴木がずっこけた。「今聞くことか……!」と鈴木が呻くように突っ込むが、菊池は「だってだって、これで二十代後半とかだったらアンチエイジングについて聞かないと! 神秘だよ神秘!」とテンション高めに騒ぎ出す。
そんな明らかに場違いなことを聞かれた比乃は「そんなに顔老けたかな」と思わず頰に手をやってみてから
「いえ、十八ですけど」
となんて事なしにあっさり答えた。
「まさかの年下ぁ?!」
今度は菊池が慄いてずっこけた。若いのは見た目だけだと思っていたが、まさか自分より下とは……鈴木と斎藤に至っては一回り以上の年下である。唖然とした表情で比乃を見る。
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