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第十三話「訓練と教官役の苦労について」

教育 志度の場合

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 体育館に連れてこられた訓練生たちは、そこで道着とグローブ、ヘッドギアなどの防具を装着するように言われて着替える。そして、怪我防止のための畳の上で並ばされた。並んでいる彼女たちの前で、グローブの具合を確かめながら、志度が言った。

「今から十五分の間に、俺に一発でも有効打を取れたら合格。こっちからは手を出さないから安心して掛かってくるように」

 その言葉に、彼女らは戸惑ってお互いに目配せする。目の前にいるのは、身長百五十センチほどの小柄で細身な少年だ。「本当にやっちゃっていいの?」とその顔が語っている。

 AMWの操縦では体格差が考慮されないが、生身の格闘戦となると話が違う。訓練生とは言えど、近接格闘には自信有りとして集まっただけあって、全員身長が高く、しっかりと筋肉もついている。そんな自分たちが、華奢な少年を相手に手をあげるとなると、躊躇いも出る。

 中々手を出してこない訓練生に、志度は怪訝そうな顔をする。こちらはまったくわかっていない。なので、何のためらいもなく、こうなった場合に言うようにと比乃に教えられた台詞を、一言一句違わず口に出した。

「ボディービルダー気取りで無駄な筋肉つけまくった肉達磨じゃ、年下の男の子も殴れないかなぁ」

「は?」

「だってそうだろ、違うならかかってこいよ。ビビってんのか?」

 その言葉に反応して最初に飛びかかったのは、訓練生の中でも喧嘩っ早いことで知られている訓練生だった。肌の焼けた体格の良いアマゾネスのような、格闘技経験者だ。恐ろしく短気な彼女と、志度の身長差は、実に二十センチはある。
 そんな彼女が放った、相手の顎を狙った遠慮無しの右ストレートは、素人なら一発で昏倒させられる威力を誇っていた。しかし、

「お、中々早いじゃん」

 と少し驚いた風の志度は、それをひょいと避けて見せた。彼女がパンチを避けられたと認識するのとほぼ同時に、その伸びきった腕を掴むと、強引に放り投げた。
 技術もへったくれもない、反射神経と腕力に任せた投げ技だったが、された方はたまったものではない。

「へっ?!」

 これまで経験したことがない程の、圧倒的な腕力に驚きの声をあげた彼女は、数メートル先まで投げ飛ばされて、背中から畳に落ちて転がった。まだ状況を認識できていないのか、ぽかんとした顔のまま横たわっている。
 志度の方は、しまったという顔をしていた。今ので脳振動でも起こさせたかと心配したのである。

「やりすぎちゃったか?」

 思わず呟いてからなお「やっべー比乃に怒られる」と独り言を言ってる志度の背後から忍び寄った一人が「隙あり!」と蹴りを見舞う。蹴りを放った方は完全に決まったと思ったが、これも、

「口に出したら奇襲になんないって」

 そちらを見もしない志度の手が伸びると、その足を掴んで、また力任せにぽーんと投げた。悲鳴を上げて畳に転がる訓練生。

 最後に、投げた姿勢で隙だらけに見える志度に今度は二人同時に飛び掛かるが、結果は同じだった。

 左右から同時に飛んできた拳を一歩だけ動いて避けると、その手を掴んで、まるで木の棒でも振り回すようにスイングして投げた。二人揃って床に叩き付けられ、痛みと衝撃からか、すぐに起き上がることができない。

 相手を投げ飛ばし両手を広げ、あえて隙だらけの姿勢で止まり、次の攻撃を待っていた志度は、その次が来ないことに気付いて「あれ?」と周囲を見渡す。始数分で、志度以外の全員が地面に横たわっている状況になっていた。

「えー……」

 その状況に、不満そうに呟いて、退屈そうに肩を鳴らした。訓練生とは言えども格闘自慢が、それもこの人数であれば、安久や宇佐美と組手をするくらいには楽しめると思っていたのだが、てんで期待外れであった。

 志度は殴る蹴るといった直接的攻撃は、ほとんどしていない。使っているのは投げ技、とも呼べないものだけだ。それらを行使しなかったのは、もし万が一、志度の腕力脚力で、真面目に打撃など放とう物なら、相手に全治何ヶ月の怪我をさせてしまうからと、比乃が念入りに釘を刺したからなのだが。

「なんだよなんだよー、こんなんじゃ機士になるなんて夢のまた夢だぞー」

 白髪を掻きながら「もう少し根性見せてみろよー」と言っている背後に「うわああ!」と勢い任せに殴りかかった訓練生がまた一人、宙を舞った。そのまま背中から畳に叩き付けられる。

 思わず咳き込んで悶える彼女に一瞥もくれずに、志度は左右のグローブをパァン!  と鳴らして吠える。

「さぁ、次来い次ぃ!  まだ十分もあるんだから!」

 その場でシャドーボクシングのような動きをして攻撃を誘う志度に、ようやく立ち上がった他の訓練生達は、思わず後ずさった。
 結局、取っ組み合いの強さが自慢であったはずの彼女達は、志度に技らしい技一つ使わせることも出来ず、全員が畳に転がる結果となった。

 ***

 訓練用を示す橙色に塗られたTkー7が並ぶ格納庫。その機体の足元に並んだ一団の前で、比乃はクリップボードに挟んだ紙を改めて読んでいた。

(受信値は中々なんだけどなぁ……)

 そこに記されていたのは、この教育隊に所属する訓練生達の受信値の一覧表だった。一番高いのが、菊池二士の七十。続いて斎藤、鈴木と並んで、そこから少し下がって六十代が殆どであった。

 なるほど確かに、これほどの適性を持った人員は中々手放せないだろう……素行が論外レベルで悪くてもだ。
 ほんの少し、少しだけ彼女らを見る目を変えた比乃は、口調も変えることにした。やりにくいのである。

「えー、あー、教官っぽい口調は慣れていないので、ここからは素の口調で話します。ご了承ください……今から皆さんの操縦技術をするために三人一組になって模擬戦をしてもらいます」

 比乃の言った「三人一組」という言葉に、並んでいる六人は怪訝そうな顔を浮かべる。普通なら、二人一組で組んで、その組内で一対一の模擬戦を行うはずだ。ただ一人、その真意に気付いた斎藤が「まさか」と声を漏らす。

「はい、そのまさかです。皆さんには三対一で僕と戦って頂きます。使用兵装は模擬戦用ナイフのみで時間は五分。備考として、皆さんの機体のダメコンは切って置きますので、何度撃破判定を貰っても続行して構いません、ゾンビアタックをしても良いですよ」

 比乃の説明を聞いている間に、集まった六人の顔色が変わった。
 自分達は、目の前の少年に思い切り舐められている。そのことに鈴木は気に入らなそうに目を伏せ、斎藤は悔しげに唇を噛み、菊池は「三曹殿ー、それで本当に訓練になるんですかー?」と能天気に手を挙げて質問した。

 質問された比乃は、先程と違いにこりと爽やかに笑って言った。

「勿論です。皆さんに正規の機士との格の違いを見せてあげることが、今日の目的ですから」
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