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第十二話「自衛官毎の日常について」
自衛隊の日常
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上空の警察ヘリから追われる三機のAMWは、市街地の道路を滅茶苦茶に走り回っていた。
全長八メートルの巨人が、道路のアスファルトを陥没させながら街中を駆ける。それは、一般市民にとっては非日常のような光景に見えたはずだった。五年前であれば。
これがもし、状況が飲み込めずに棒立ちしていたり、パニックを起こしている人々でごった返す中だったら、間違いなく死傷者多数の大惨事となっていただろう。
しかし、近隣の住民はすでに、件のAMWが走ってくる前に鳴らされた警報に従って行動していた。歩道を歩いていた主婦は素早く道から退き、車を運転していた者は路肩に寄せてから降車し、ある男性は体が不自由な老人を背中におぶって、最寄りの建物へと避難していた。
数年前の東京事変以来、この国、日本においてこの手の事件。つまりテロに対する対応というのは、自治体単位でかなりの力を入れて対策されていた。
住民は、旧来における「地震が起きたら机の下に隠れる」と同じレベルで、事件発生時の避難手順が身体に刷り込まれている。
おかげで、このような事態に関わらず、今のところ死傷者は一人も出ていない。被害といえば、路肩に止め損ねたらしい軽自動車が一両、走っているAMWに蹴り飛ばされたくらいだ。持ち主には気の毒な話である。
そうして、不気味なほど無人の道路を爆進するAMW……廃工場に潜伏していたのを、AMWの密入ルートから割り出され、隠れ家にいたところを発見されてしまった結果。用意していた機体で咄嗟に逃げるしかなくなったテロリストが三人。
彼らは民間人を人質にも盾にすることも出来ずに、静まり返った市街地を疾走する羽目になっていた。
哀れな獲物を追い立てる上空のヘリの中では、パイロットが臨時の作戦指揮所へと連絡を取っている最中だった。
「対象は予定のコースを進行中、あと一キロで罠場に入ります」
『そのまま対象を追い立てろ、反撃に注意』
「了解」
通信を切り、あえて煽るように高度を下げるヘリが、目下のテロリストを挑発する。相手が銃火器を装備していないのは確認済みだ。
煽られたAMWは、鬱陶しそうに東部のセンサーを向けるが、ヘリを撃ち落とす為の装備を持っていない。それでもなんとかして振り切ろうと言うのか、ヘリが狙った通りに交差点を曲がる。
曲がった先は雑居ビルが並ぶ通りだった。なおも走り抜けようとしたテロリストの内、一番後ろを走っていた一機が、突如曲がり角から飛び出した機影に組み付かれた。
ずんぐりむっくりした、重機に手足をつけたかのような機体。自衛隊の二十三式、その改良型だった。
組み付かれたテロリストが、胴体にタックルをかます様に絡みついて来たそれを、力付くで引っぺがそうとする。だが、相手の馬力が想像以上に高く、上手くいかない。
テロリストが知る由は無かったが、未だに機種転換、装備更新が済んでいない駐屯地に配備されている二十三式は、各種関節のモータやセンサーが大幅に強化されていた。言うならば二十三式改だろう。そのパワーは、無理をすればTkー7と腕相撲をして勝てる程のパワーがある。
仲間が手こずっているのを見かねた他に二機が立ち止まり、ナイフを取り出して二十三式改に向かおうとした。が、動くよりも先に、一機の右肩が爆発し、ナイフを握ったままの腕が地面に落ちる。
たたらを踏んだテロリストの機体がセンサーを巡らせると、雑居ビルの一つ、AMWの全長とほぼ同じ高さの屋上に、生身の兵士、陸上自衛隊普通科の対AMW部隊が数人展開していた。こちらに対戦車誘導弾を構えている。
すでに二発目の照準は終わっていた。テロリストが回避運動を取るよりも早く、音速で飛来したミサイルが巨人のどてっ腹に直撃する。戦車よりも薄い装甲をメタルジェット効果で粉砕し、内部に突入した弾頭が爆発。
上半身と下半身の繋ぎ目を失った機体は残骸となって道路に転がった。
その間に、組み付かれていた機体が、柔術の絞め技を食らったように両腕の関節をばきんっと言う音を立てて破壊された。そのまま押し倒された機体は、制御系に高振動ナイフを突き立てられ、機能を停止した。
最後の一機は、自分に四方から照準されている対戦車ミサイル。眼前の自衛隊のAMW、センサーを巡らせれば、コクピットハッチに狙いを定めている対戦車ライフルを構えた自衛官が複数、雑居ビルの中に隠れているのまで見つけて、戦意を喪失した。
完全に包囲されたテロリストのAMWは観念したように両手を挙げて、降車姿勢を取る。
そして機体から黒い覆面を付けた如何にもな犯人が、機体同様に両手を頭に回して出てきたのを確認して、ようやく周囲に展開していた自衛官は、思い出したかのように息を吐き出した。
そこには、急拵えの作戦と他部隊より遅れた装備、そして警察との連携が上手く行き、死傷者を出さなかったことへの安堵が含まれていた。
現在の陸上自衛隊と警察は、いくら装備と人員が不足している部隊でも、その練度と作戦、他組織との連携、時には運まで使って、市民を脅かす敵を排除するために尽力せねばならない。
現代における平穏な日常というのは、このような治安維持組織の苦労の上に成り立っているのである。
そして、その治安維持組織、陸上自衛隊第三師団機士科に所属する日比野 比乃三曹は今――
全長八メートルの巨人が、道路のアスファルトを陥没させながら街中を駆ける。それは、一般市民にとっては非日常のような光景に見えたはずだった。五年前であれば。
これがもし、状況が飲み込めずに棒立ちしていたり、パニックを起こしている人々でごった返す中だったら、間違いなく死傷者多数の大惨事となっていただろう。
しかし、近隣の住民はすでに、件のAMWが走ってくる前に鳴らされた警報に従って行動していた。歩道を歩いていた主婦は素早く道から退き、車を運転していた者は路肩に寄せてから降車し、ある男性は体が不自由な老人を背中におぶって、最寄りの建物へと避難していた。
数年前の東京事変以来、この国、日本においてこの手の事件。つまりテロに対する対応というのは、自治体単位でかなりの力を入れて対策されていた。
住民は、旧来における「地震が起きたら机の下に隠れる」と同じレベルで、事件発生時の避難手順が身体に刷り込まれている。
おかげで、このような事態に関わらず、今のところ死傷者は一人も出ていない。被害といえば、路肩に止め損ねたらしい軽自動車が一両、走っているAMWに蹴り飛ばされたくらいだ。持ち主には気の毒な話である。
そうして、不気味なほど無人の道路を爆進するAMW……廃工場に潜伏していたのを、AMWの密入ルートから割り出され、隠れ家にいたところを発見されてしまった結果。用意していた機体で咄嗟に逃げるしかなくなったテロリストが三人。
彼らは民間人を人質にも盾にすることも出来ずに、静まり返った市街地を疾走する羽目になっていた。
哀れな獲物を追い立てる上空のヘリの中では、パイロットが臨時の作戦指揮所へと連絡を取っている最中だった。
「対象は予定のコースを進行中、あと一キロで罠場に入ります」
『そのまま対象を追い立てろ、反撃に注意』
「了解」
通信を切り、あえて煽るように高度を下げるヘリが、目下のテロリストを挑発する。相手が銃火器を装備していないのは確認済みだ。
煽られたAMWは、鬱陶しそうに東部のセンサーを向けるが、ヘリを撃ち落とす為の装備を持っていない。それでもなんとかして振り切ろうと言うのか、ヘリが狙った通りに交差点を曲がる。
曲がった先は雑居ビルが並ぶ通りだった。なおも走り抜けようとしたテロリストの内、一番後ろを走っていた一機が、突如曲がり角から飛び出した機影に組み付かれた。
ずんぐりむっくりした、重機に手足をつけたかのような機体。自衛隊の二十三式、その改良型だった。
組み付かれたテロリストが、胴体にタックルをかます様に絡みついて来たそれを、力付くで引っぺがそうとする。だが、相手の馬力が想像以上に高く、上手くいかない。
テロリストが知る由は無かったが、未だに機種転換、装備更新が済んでいない駐屯地に配備されている二十三式は、各種関節のモータやセンサーが大幅に強化されていた。言うならば二十三式改だろう。そのパワーは、無理をすればTkー7と腕相撲をして勝てる程のパワーがある。
仲間が手こずっているのを見かねた他に二機が立ち止まり、ナイフを取り出して二十三式改に向かおうとした。が、動くよりも先に、一機の右肩が爆発し、ナイフを握ったままの腕が地面に落ちる。
たたらを踏んだテロリストの機体がセンサーを巡らせると、雑居ビルの一つ、AMWの全長とほぼ同じ高さの屋上に、生身の兵士、陸上自衛隊普通科の対AMW部隊が数人展開していた。こちらに対戦車誘導弾を構えている。
すでに二発目の照準は終わっていた。テロリストが回避運動を取るよりも早く、音速で飛来したミサイルが巨人のどてっ腹に直撃する。戦車よりも薄い装甲をメタルジェット効果で粉砕し、内部に突入した弾頭が爆発。
上半身と下半身の繋ぎ目を失った機体は残骸となって道路に転がった。
その間に、組み付かれていた機体が、柔術の絞め技を食らったように両腕の関節をばきんっと言う音を立てて破壊された。そのまま押し倒された機体は、制御系に高振動ナイフを突き立てられ、機能を停止した。
最後の一機は、自分に四方から照準されている対戦車ミサイル。眼前の自衛隊のAMW、センサーを巡らせれば、コクピットハッチに狙いを定めている対戦車ライフルを構えた自衛官が複数、雑居ビルの中に隠れているのまで見つけて、戦意を喪失した。
完全に包囲されたテロリストのAMWは観念したように両手を挙げて、降車姿勢を取る。
そして機体から黒い覆面を付けた如何にもな犯人が、機体同様に両手を頭に回して出てきたのを確認して、ようやく周囲に展開していた自衛官は、思い出したかのように息を吐き出した。
そこには、急拵えの作戦と他部隊より遅れた装備、そして警察との連携が上手く行き、死傷者を出さなかったことへの安堵が含まれていた。
現在の陸上自衛隊と警察は、いくら装備と人員が不足している部隊でも、その練度と作戦、他組織との連携、時には運まで使って、市民を脅かす敵を排除するために尽力せねばならない。
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