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第十一話「模擬戦と乱入者と保護者の実力について」

撤退戦

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 次の瞬間、臨界点から一気に解放されたフォトン粒子が、光の奔流となってラブラドライトを襲った。
 並みのAMWならば、余波で吹き飛ばされかねない衝撃波と閃光を受けた小谷野は『うわっ』と悲鳴を上げる。機体も同調するように大きく仰け反った。

 あわよくば、これで損傷を与えられればと比乃は思っていたが、やはりというか、想定通りの堅牢さだった。自分たちの手札では対抗できないことを再認識する。

「リア伍長、ダッシュ!」

 比乃が叫ぶと、リアが『了解!』と呼応し、二人は全速力で基地の方へ、機体を走らせた。
 そこに包囲状態になっていた敵が二機、立ち塞がろうとする。その前に、スラッシャーが大気を切り裂く音をたてながら飛んだ。薄い装甲を貫通してコクピットを正確に穿つ。

『うっわ先輩ってば残酷』

 言いながら、もう片方の敵機に急接近したリアのXM6が、展開した両腕の高振動ナイフを振るうと、敵は両腕を跳ね飛ばされて倒れた。活路は開かれた。二機は猛然と包囲の開けた場所から走り去る。

「僕は伍長と違って、余裕がないからね。このまま突っ切るよ」

 比乃がぐんと機体を加速させる。それに追従するように、否、追い越すほどの速度で、XM6も加速する。やはり機体性能はあちらの方が上だ、模擬戦が続いていたとしても、勝てたかわからないな。と、比乃は内心で舌を巻いた。

 どちらにせよ、旧世代のトレーヴォと素人パイロットに追い付ける速度ではない。それでも、敵は散発的に追い討ちの射撃をかけたが、左右へジクザグに回避運動を取る相手に当たるような精度ではなかった。

『……ま、待て!  撃つぞ!』

 包囲網を突破されてから、ようやく視力が回復した小谷野が、慌てて機体を浮遊させる。すでに機影が小さくなった二機を追い掛け始めた。威嚇と足止めを含めて射撃するか、彼女は一瞬迷ったが、焦りから、本来の目的を忘れてしまった。
 銃剣の穂先から、光線を数度発射する。しかし、二機は後ろに目でもあるようにその射撃を回避して見せた。焦りがさらに積もり、それが怒りに変わり、彼女から冷静さを奪い取った。

『抵抗するなら容赦しないよ!』

 スピーカーの電源を入れたままということも忘れて、虹色の西洋鎧も、銃剣を構えたまま、二機に追い縋ろうと速度をあげた。浮遊しているということもあってか、OFMの方が、幾分か足が速い。上から観ると三つの影がレースのデッドヒートを繰り広げているように見えるだろう。

 森林地帯の中を追い立てられるTkー7の中、比乃は相手の速度に少しも慌てず、冷静に駐屯地への通信を入れる。

「こちらchild1、テロリストの包囲を受けていましたが、伍長共々突破に成功。現在、OFM一機からの追撃を受けています」

『日野部だ。よく突破した。援軍はすでに向かっている、もう少し持たせろ』

「child1了解」

 短いやり取り、相手の狙いに気付いていたらしい。流石は部隊長、仕事が早い。自分の上司に感嘆しながら、比乃は通信を切って操縦に集中する。転倒ギリギリの動きで、射撃してくる西洋鎧の攻撃を避けながら突き進む。

 森林地帯もう少しで抜ける、そうすれば駐屯地は目と鼻の先だ――しかし、そこで事態が急転する。『もう容赦しないからね!』と西洋鎧が吠えたかと思うと、その機体がぐんっと再加速したのだ。そしてそのまま、追い付いたXM6に斬り掛かかろうとする。これには比乃とリアも驚愕する。まさか、まだ速度をあげられるとは思ってもいなかった。

 全速で直線移動していたXM6に回避する余裕などない。比乃は思わず「リア!」と叫ぶ。しかし何かできるわけでもなく、ただ彼女の機体に手を伸ばすだけしかできない。

 そして無情にも、彼女の機体が致命傷を負わされるかと思われた。その寸前。

 突如、虹色の西洋鎧の胴体が小規模の爆発を起こした。パイロットが『がっ』と悲鳴をあげて、敵は吹っ飛んでいく。どこからか飛来した砲弾が直撃したのだ。

 この一瞬でわかったのは、飛んできたのは大口径の砲弾だったということだけだ。あんな物を装備しているAMWは、今の自衛隊にはない。だとすれば戦車か、あるいは、

 比乃とリアが思わず足を止めて砲弾が飛来した方向、つまり基地の方を望遠モードで拡大する。リアの窮地を救う砲撃を行ったのは、AMW用の大型火砲を両手で構えたM5A3 シュワルツコフ。データリンクでモニターに表示されたその認識番号を見て、リアが声を上げた。

『アッカー大尉!』

 その間にも、望遠カメラの中のシュワルツコフが発砲。起き上がろうとしたOFMに直撃。そのまま無様に転げた。そこに容赦なく、更に立て続けに射撃、射撃、射撃。
 その狙撃はいずれもが西洋鎧の胴体、コクピット部分に命中し、貫通はしないものの、その衝撃は凄まじい。『あっ……がっ……待っ……!』スピーカーから搭乗者の悲鳴を漏らしながら、ピンポン球のように西洋鎧が転げ回る。

 駐屯地からここまで、二.五キロはある、この距離で狙撃を成功させるのは、かなりの技術が必要だ。もしかしたら、あの大尉は心視並の狙撃手なのかもしれない。メイヴィス少佐の副官を務めるだけはあるな、と比乃は言葉に出さずに賞賛した。

『大尉すごーい!』

『伍長、軍曹と一緒にさっさと離脱しろ、弾が足りん』

「援護感謝します!」

 感謝の言葉に『任務を果たしているだけだ』と言ってる間も、砲撃を続けるシュワルツコフの方向へ向かって、二人は再び機体を走らせる。
 だが、OFMもまだ致命傷は負っていなかった。弾切れによって射撃が途切れると、よろめきながら立ち上がり、もう基地の手前まで逃げている目標に、無謀にも追撃を仕掛けようとする。

 しかし、逃げ出した目標と入れ替わるように現れた新手のAMW、肩に「〇一」「〇二」とそれぞれマーキングされた二機のTkー7が、その行く手を拒ぶように駆けて来た。

 小谷野は、ぐらつく思考の中で「たかが量産型が二体くらい」と高を括った。それがいけなかった。

 銃剣を構えるよりも早く、片方のTkー7が腰に挿していた長刀を二本とも抜刀。その内一本を相方に放り投げ、それを相方がそれを受け取った次の瞬間、ラブラドライトの一番脆い、それでもAMWからすれば硬い装甲の隙間、つまり関節が、一刀両断された。

 銃剣を持った右腕と、それを支えようとしていた左腕が地面に落ち、土を上げる。

『……は?』

 西洋鎧の脇を掠めるようにして動き、両腕を一本ずつ斬り落としたTkー7二機が急反転する。
 そして、搭乗者が何をされたのか理解する間もなく、露出した方の切り口部分から、コクピットが収まっている胴体まで、高振動ブレードを奥深くまで突き刺した。

 結局、小谷野は絶命するその瞬間まで、自分の身に何が起きたのか理解することはできなかった。
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