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第十一話「模擬戦と乱入者と保護者の実力について」

反省会

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 沖縄各地で発生した同時多発テロは、現地自衛官の大暴れ、もとい活躍によって無事、終息した。
 この前代未聞の事態にもかかわらず、死者重傷者は無し。避難するときに転んで、軽傷を負った民間人が数名いた程度と、その被害の少なさと迅速な事件解決は、第三師団の狂ってる神話を更に肥大化させることになった。が、それはまた別の話。

 駐屯地の格納庫では、各地からほぼ損傷無しで戻ってきたTkー7各小隊機が並び、その周辺では担当の整備士と機士が忙しなく行ったり来たりを繰り返している。そんな中、格納庫の隅っこで地べたに正座させられている影が三つ。

 比乃、リア、そしてメイヴィスの三人であった。その前で、部隊長が不機嫌そうな顔で、腕を組んで佇んでいる。

 離れたところから、自分の上官を見ていた米兵が「オーウ、ジャパニーズセッキョウ……」などと言って慄いていた。対照的に、遠巻きに見ていた自衛官連中もそそくさと自分の作業に戻っていく。その背中から怒気のような物が立ち上っている幻覚が見える程、部隊長がお怒りなのが判っていたからだ。

 そんな部隊長の様相に怯むことなく、比乃が手を挙げて「あのー部隊長」と発言。

「……なんで僕も正座なんですか?」

「連帯責任だ、当然だろう」

「は、はあ……了解しました」

 比乃は釈然としなかったが、連帯責任の四文字を出されては仕方がない。甘んじて罰を受け入れることにした。

 一方、リアは慣れない上に硬い床での正座が堪えるらしく「なんで私が……」と拗ねた表情で、明らかに不服そうにしていた。しかし足は痺れるのか、つま先をもじもじさせている。

 そんなリアに、部隊長は目線を合わせるように屈む。比乃からは見えなかったが、リアが「ひっ」と声を漏らしたので、相当怖い顔をしているのだろうなと、比乃は想像した。

「ブラッドバーン伍長、君は今回の模擬戦闘の趣旨を理解した上で、あのような行動を取ったのかね」

 部隊長の詰問に、青い顔になったリアはびくっと視線を逸らした。どうやら、不味いことをした自覚はあったようだ。返す言葉が見つからないらしい彼女に、部隊長は怖い顔のまま続ける。

「自分の技量を試したいというのも、戦いを生業にする者としてはまあ解る。解るが、それ以前に君は命令を受けた一兵卒だろう、それが命令を無視して私闘を演じるとは何事か、そんなことでは軍人としてもパイロットとしても失格だ。向こうに戻ったら基礎教練からやり直したまえ、少なくとも、私の部隊に、君のような兵士はいらない」

 そこまで言われたのがショックだったのか、リアはしょんぼりと肩を落とし、蚊の鳴くような声で「はい……」と返事をして俯いてしまった。
 比乃は言い過ぎだと思ったが、流石に口には出さなかった。リアの行動に問題があったのは事実であったし、擁護のしようがなかったからだ。

 そして、部隊長は意気消沈するリアに意も介さず、今度はメイヴィスの前に立つ。

「メイヴィス、お前には言いたいことが山ほどある」

 そう前振りをして、息を大きく吸ってから一気に捲し立てた。

「……貴様、他国とは言え現地の上官の指示を無視して独断専行、その上に試作機を大破させるとは何事だ!  少佐にまでなっておいて、最低限の規律すら守れんのか、部下への示しがつかんだろう!  ついでに行動権があることくらい事前に知らせておけ!  何より一番気に入らんのは、お前ともあろう者があの正体不明の敵に対して自分ならやれるなどと傲慢かつ軽率な判断を下したことだ!  自分の腕と機体性能を過信するなど貴様らしくもない……伍長の保護者を自称するなら、軽はずみな行動は控えろ! この大馬鹿もんが!!」

 部隊長の雷が鳴った。その余りの剣幕にリアも、比乃も思わず身を引いてしまう程だった。しかしメイヴィスはそれを真っ直ぐに受け止め「誠に申し訳ありませんでした」と抗弁などもせずそれだけ答えて、部隊長の顔を見据えた。

 メイヴィス自身も、今回の自分の行動がどれだけ馬鹿げていたかは、はっきりと自覚していた。処罰も覚悟の上の行動だった。

 しかし、そうしてでも、この駐屯地の旧世代の、通常兵装しか持たない機体に乗ったパイロット……自分の尊敬する人の部下を、あの化け物OFMと戦わせたくなかった。あれの脅威はアメリカでの戦闘や目撃情報などからよく知っていた。それに優れた操縦者が乗っていたら、どうなるかということも。

 しかし、どんな理由があろうと、軍人が私情に駆られて独断行動することほど愚かしいということも、また事実であった。

 どんな処罰でも受け入れる。メイヴィスの表情からそう語っているように、部隊長は感じた。
 比乃とリアが心配そうに見守る中、互いの考えを示すように、二人の保護者は見つめ合っていた。数秒後、部隊長は「全く……馬鹿が」と息を吐いて、頭を掻く。

「俺の方から、向こうの少将には口利きしてやる。今回の出撃は俺が出した物として処理する。結果的にこの師団の人材を救ってくれたのと、独自の行動権を得ていたのは事実だからな……機体は……襲撃されたときにやられたとでも言っておけばいい」

 部隊長は遠回しに、メイヴィスへと処罰がいかないように、自分が全ての責任を取る。と言っていた。メイヴィスは信じられない物を見るような顔をして、思わず立ち上がった。

「いけないわ日野部大佐!  軍規に反したのは私、試験機であるXM8を大破させたのも、悪いのも全部、私なのよ? それなのにそんな」

「甘すぎるってか?」

 憤るメイヴィスを宥めるように「まぁ聞け」と部隊長は、その髪をくしゃりと撫でた。「な、何を」と抗議するのを無視して、その頭をリアの方へ向けさせた。

「もし、お前が処罰を受けて左遷でもされてみろ、誰がこの半人前以下の伍長を育成するんだ、ん?」

「それは……」

 言われて、メイヴィスは口を噤んだ。自分を慕っているこの少女は、まだ他人に任せられるほど育てられていない。未熟そのものだ。先ほど部隊長が言った基礎教練からというのも、冗談ではない。
 言い返せず、押し黙ってしまった彼女の髪を、更にぐしゃぐしゃに撫で回してから手を放して「それみたことか」と、部隊長は腰に手を当てて「はっはっは」と快活に笑う。

「これは一人の親としてのアドバイスだが、保護者するなら、自分の子供への影響もよく考えて行動しとけ。他人の部下の命なんかより、大切なはずだろう? 親ってのはそういうもんだ……なぁにラモスとは昔、ラスベガスで一緒に馬鹿やった仲だからな、お前に悪いようにはさせんさ。俺のことは心配しなくていい、友達が多いからな、なんとかする」

 それでも不安そうな顔をするメイヴィスに「ラムスのやつも、アメリカの友達も、俺に死ぬほど貸しがあるからな」と自慢げに部隊長は言った。そんな彼を見て、メイヴィスも諦めたようにふっと微笑んだ。

 昔から、この人は優しすぎるのだ。本当に、敵わない。諭されたメイヴィスは、乱れた髪に手をやる。本当に激甘だ。軍人失格と言っても過言でもなかった。だが、父親としては、きっと魅力的なのだろう。

「今、軍人失格だとか思っただろう。お前も人のこと言えんだろ、ん?」

「ええ、軍人としては類を見ないほどに、駄目駄目な上官だと思いましたわ。身内に甘すぎるんだから」

「お前にだけは言われたくないな。出たがりの上官は、部下を置いてきぼりにするからな」

 そこまで言うと、二人は顔を見合わせて「お互い様だな」と吹き出した。そんな一幕に水を指すように、比乃が再度「あの、部隊長」と手を挙げた。

「伍長がちょっと限界そうで……ああ、女の子がしたらダメだな顔だよそれ」

「おっと、すまん正直忘れてた。足崩していいぞ」

 言われて、なんて事なしによっこいしょと立ち上がる比乃と対照的に、初めてする正座(しかも硬い床の上で)が相当堪えたリアは、地面に転げた。苦しそうに「うああ……」と呻く。比乃の手を借りて、足をぷるぷるさせながら、ようやく立ち上がる。

「さて、メイヴィスの件と、お前らのレギュレーションガン無視模擬戦の話は別だ。明日の出発までに、ブラッドバーン伍長は始末書を提出すること、日本語でな」

「え゛っ、あの、私日本語書けないですけど……」

「俺もそこまで鬼ではない、比乃を手伝いにつけてやろう。手取り足取り日本語を教えてやれ」

 指名されて「え、僕がですか?!」と固まる比乃と、足を震えさせるリアを放置して、部隊長は「メイヴィスはOFMとの戦闘データを纏めてくれ、交渉材料に使うから」と、メイヴィスを連れてさっさと歩いて行ってしまった。

 取り残しされた比乃とリアは、手を繋いだ姿勢のまま固まってから、

「……とりあえず自習室いこっか、歩ける?」

「む、無理……先輩、ちょっと引っ張って」

 仕方ないなと言われ、彼女は手を引かれて、足を震えさせながら自習室へと向かったのだった。
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