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第十一話「模擬戦と乱入者と保護者の実力について」

逃げの決意

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 《警告 接近する正体不明機を感知》

「正体不明機?  いったいどこの誰が――」

 比乃がそう呟いたのとほぼ同時に、同じように動きを止めたXM6が『先輩、あれ!』と空を指差した。空を指差した先、また輸送機かと一瞬、頭に浮かべて機体をそちらに向けた比乃の目が驚愕に見開かれた。

 それは鈍い虹色をした、西洋鎧のような装甲を持ち、四肢関節は襞のような物が重なった物が収まっている。まるで藁人形に鎧を着せたようなそれを、比乃は忘れもしない。

「OFMだって……?」

 その虹色のOFMは下に大型のコンテナらしき物を吊り下げており、比乃らの手前五百メートル辺りの地点でその箱はばらばらになった。中から、蹲った姿勢のAMWが、見える限りで六機は出てきた。自由落下したそれらが、不格好に地面に着地する。

 西洋鎧が投下した六機のAMW、いずれも旧世代のトレーヴォであったが、完全武装している。そして、手にしたライフルを驚愕し佇む二機に向けながら、包囲するように動いた。

『そこの自衛隊と米軍のAMW、大人しく投降しなさい。無駄な抵抗をしなければ命までは取らないわ』

 AMWを運んできた鈍い虹色の西洋鎧から、女性の声がスピーカー越しに響いた。目的はこちらの殲滅ではなく、機体の奪取。はいそうですかと、相手の思い通りにするわけには絶対に行かないが、状況が悪すぎた。

 動きからして、何時ぞやの元韓国軍などの精鋭ではない。市民団体の素人に毛が生えた程度の相手だと言うことを、比乃は即座に見破った。しかし、重火器で武装した相手に対して、こちらが装備しているのは大半が模擬戦用の装備だ。Tk-7は両腕に主兵装であるスラッシャーを内蔵しているが、XM6は、予備の腕部固定式の高振動ナイフが二振りついているだけである。それに――

『せ、先輩……』

 それを操るリアは、混乱と不安で明らかに動揺していた。彼女の経験と状況的に、パニックを起こしていないのが逆に不思議なくらいである。これが心視か志度なら、もうどう反撃するか、どう切り抜けるかの案が出ている所だが、それを彼女に求めるのは酷な話である。こうなってしまっては、戦力して彼女を数えるのは無理だろう。

 リアが使い物になるならないは別にしても、状況は最悪だ。強行突破するとしても、半包囲している第二世代型のAMWはともかく、目の前で悠然と浮遊している西洋鎧をどうにかするのは、今のTkー7の装備では不可能だ。フル装備でもなんとか出来るかわからない。

(どうする……)

 比乃は考える。今ある装備で自分が大暴れすれば、OFMは倒せずとも、旧世代機程度なんとか出来る。動きからして、搭乗員の練度も高が知れているし、少なくとも三機は一瞬で無力化出来るだろう。
 最低でも、状況に追いつけず固まってしまっている、丸腰のリアとXM6を逃すことは出来るはずだ。

 しかし、リアを逃した後、果たして自分が逃げる隙はあるだろうか、無理だろう。スラスターの容量はすでに半分を切っているし、OFMとの性能差が圧倒的すぎる。たった一機でも、自分の手に余る相手だ。

『パイロット二人。さっさとしないと、コクピットだけ破壊して機体を貰うことになるわよ、こいつの性能なら、この距離からでも正確に撃ち抜けるからね』

 言って、ラブラドライトは銃剣の穂先をXM6に向けてきた。自衛隊機は搭乗者ごと確保するように指示が出ていた。それに正直なところ、この距離で精密射撃を成功させる技量など、このOFMのパイロット、小谷野にはなかった。なので半分はブラフであった。しかし、その効果は明確で、どちらの機体も動きを完全に止める。

 その様子に小谷野は満足したように『よーし、いいこだ』と言って、市民団体に指示を出す。半包囲を完了した敵のAMWが、じりじりと包囲の輪を狭めて来た。

 敵は完全に油断し切っているが、それだけでなんとか出来る相手でも、状況でもない。時間は敵だ。比乃は思考を焦らせる。

 自分が囮になれば、少なくともリアは逃がせる。XM6の性能なら確実に逃げ切れるだろう。自分自身の安全は後から考えれば良い――いつもの自分ならば迷わずそうする。しかし、先日メイヴィスに言われた言葉が、嫌に耳に残っていた。

 ちょっぴりの臆病さがあれば、百点満点なんだけど――

(……臆病さだけで、助けられる者を無くすのは、ごめんだ)

 比乃は自身の状況判断から、メイヴィスの忠告を頭から振り払った。そして、リアに逃げるように言おうとしたところで、逆に彼女から通信が入った。

『先輩、取り乱してごめん、どうする?』

 少し間が空いて落ち着きを取り戻したのか、その声は冷静さを取り戻していた。

「僕が進路を塞いでる奴を無力化するから、その間に伍長は基地に向かって逃げて」

『なっ、それって!』

「いいから、XM6だけは渡しちゃいけないって、解るね?」

 諭すような言葉に、リアは一瞬黙り込んだ。比乃はそれを了承と取ると、これから基地方向への進路を塞いでいる敵機を始末するため、スラッシャーを起動させようとした。その直前、リアの言葉がその動作を遮った。

『私は経験不足だから、こういうときどうすればいいかわからないの、だけど……メイ少佐なら絶対に諦めない。それだけは解るよ』

 彼女の言葉に、比乃は状況を忘れて思わず反論しようとした。それは理想論だと、軍隊とは時に損害を覚悟してでも目的を達成しなければならない組織だと、しかし、

『それに、私たち二人が戦うんだから、このくらい何てことないよ! だから諦めないで』

 言われ、比乃は気付いた。いつの間にか、自分は彼女を護衛対象として捉えていた。彼女もまた、一兵士であり、戦士なのだということを、今の今まで忘れていたのだ。
 それに、上官の影響か、少なくとも何が何でもこの場を切り抜けようとするその根性と気概は、比乃より勝っているように感じた。

 少佐が、自分に遠回しに足りないと言ったのはこの事だったのか、比乃はやっと理解した。臆病になれというのは、逃げろということではないのだ。生き延びるために最善を尽くせということだ。

 今するべき最適解が何か考える。成功率が高い妥協案よりも、多少、成功率が低くとも最善の結果を求めるという選択肢が、これまでになく魅力的に感じた。

(気付くのが遅すぎた、とは思いたくないね)

 近付いてくる西洋鎧に、比乃は思考を巡らせ、一つのシンプルな作戦を思いついた。

「二人一緒に、か……ごめん。リア、二人で戦うのはダメだ」

『それじゃあどうするのよ!  先輩が囮になるのは絶対に……』

 比乃は手元のコンソールを操作し、フォトンスラスターを最大出力まで上げる。モニターに映る臨界状態を示す表示を見て、リアやメイヴィスがしたように、にやりと笑ってみせた。

「二人揃って、逃げ切るのさ!」
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