自衛隊のロボット乗りは大変です。~頑張れ若年陸曹~

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第十話「米国の未成年軍人と日本の未成年自衛官について」

演習相手

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「だぁーっ、負けたぁー!」

 コクピットから這い出た比乃はヘッドギアを脱ぎ捨てると、がしがしと頭を掻いた。
 模擬戦を思い返して、あそこをこうしていれば、あれをああしていれば、と今更な後悔の流れが頭に押し寄せてくるのを、頭皮を引っ掻く痛みで思考の片隅へと追いやる。こういうのは次回に活かすもので、後悔するために考えるものではない。

 結局、あの後、自分の大振りな攻撃の隙を突かれて、一発ノックアウトという情けない結果で模擬戦は終わってしまった。
 自分の全力の攻撃が届かなかったことに、若干の気落ちと、安久への尊敬の念を改めて抱く。師匠にして目標であるその壁は遥かに高いが、いつか乗り越えなければならない。

 そのためにも、今、何よりも先になんとかしなければならないのは、原材料不詳のドリンクがなみなみと注がれたジョッキを片手に、にこにこしている目の前の悪魔だ。

「ひっびのっちゃーん! 残念だったわねー。いい勝負してたとは思うけど、負けは負けだからここはグッと! いっちゃいましょう!」

 素早い身のこなしでコクピットまで這い上がってきた宇佐美が、比乃の顔にジョッキをぐいっと近寄せる。
 そのなんとも言えない、あまりにもあんまりな匂いに、比乃は思わず涙目になる。「そ、それだけはご勘弁を……」と懇願するが、宇佐美はその顔にむしろ唆られたように「ほれほれほれ~」とジョッキを口元に押し付ける。

「あまり虐めてやるな宇佐美」

 その様子を見かねたのか、自身のTkー7から降りた安久もコクピットに登ってくると、宇佐美からジョッキを取り上げた。

「比乃、まだ荒削りだが、あの攻め手は悪くなかった。怪我をする前よりも鋭かったくらいだ……だから、今回は合格とする。約束通りこれは俺が処理しよう」

 言って、ジョッキをぐぐっとあおり、喉を鳴らしてその紫の液体を一気に飲み干した。そして、飲み干した姿勢のまま固まった。

 宇佐美と比乃が見守る中、十秒ほどの沈黙の後。

「………………宇佐美、これは子供に飲ませるものでは……ないぞ」

 飲む前とは顔色が一変し、青白くなった剛が、絞り出したような声でそう言った。言われた宇佐美は「えー」と心外そうな顔をする。

「あら、むしろ栄養が不足しがちな現代っ子にこそ飲んで欲しいんだけど」

「……俺が比乃と同じ年の時に親にこれを出されたら、家庭崩壊物だぞ」

 ぜーぜーと肩で息をして辛そうな様子の安久は「ともかく、あとで報告書を作って部隊長に提出しておくように……それとこのドリンクは飲むな……」と、息も絶え絶えにTkー7から降りる。そのまま、よろよろと更衣室に去って行った。

「何入れたら剛があんなことになるんですか」

「身体にいいもの色々……えーっと、ヤモリの干物に栄養ドリンクに滋養剤、漢方薬に野草に秘伝のタレそれから」

「うわぁ……」

 指を折りながら、おぞましいレシピを公開し始めた宇佐美から、少しでも距離を取ろうと、比乃はコクピットの縁を掴んで足を引っ掛ける。

「ところで日比野ちゃん、おかわりあるんだけど――」

 全てを聞く前に、比乃は上司の命令を実行に移すべく、乗機の装甲を勢いよく駆け下りた。

 謎の液体を持った女性自衛官と未成年自衛官の鬼ごっこが始まり、何故か比乃だけが、部隊長に「廊下を走るな」という古典的なお叱りを受けている間に、駐屯地上空に米軍の輸送機が飛来していた。だが、それに比乃が気付いたのは、その輸送機から来客が降下してきた時だった。


 その場にいた二人の内、最初にその音に気づいたのは比乃だった。部隊長にやれ廊下を走るなと学校で教わらなかったかとか、心視と志度の兄貴分なんだからしっかりしろなどと説教されている最中。

 頭上から独特の低いエンジン音、窓がカタカタと鳴る。それに気づいたの比乃が、思わず窓から外を見た。するとちょうど、太陽を遮って二人がいる所に影を落とした大型の輸送機から、三つの機影が飛び出した。

 部隊長も、説教を中断すると「お、やっと来たか」と窓から身を乗り出してその様子を観察する。

 数瞬後、空に三つの白丸が開き、互いの位置を微調整しながら、三角形の陣形を崩さず、地面から数十メートルのところでパラシュートを切り離し、駐屯地のグラウンドに一直線に降下。重厚な着地音を立てて、その三機は降り立った。

 窓から見える限り、それぞれの距離は十五メートル前後、綺麗な三角形に並んでおり、自分達とは段違いの練度を持っていることがわかった。

 その証拠に、いつの間にか来ていた大関と大貫が「うーん、百点!」「今度こそ富士の教導団かと思ったが、ありゃあどっちかっつうとグリーンベレーだな」とかなんとか言っている。

 部隊長に「お前ら何しに来たんだ……」と言われながらも、それを無視して「見てみろ比乃、あの肩のマーキング、ありゃあ泣く子もUSAとコールするアメリカ陸軍特殊部隊だぜ」「部隊長もとんでもないのを呼んだもんだ」と、比乃の頭を掴んで、三機の内一機の肩に記されているマークを見せる。

 なるほど、それほどの部隊ならば、この技量も納得がいく。しかも、三機とも違う機体での降下して、タイミングもばっちりとは、噂に違わない技量である。
 その内の一機、マーキングが施されている機体は比乃も知っている。M5A3シュワルツコフ。アメリカ陸軍の主力機である。

 他の二機も、比乃は写真で見ていた。それは、先日部隊長に見せられた、米軍の次期主力機だ。その二機は細かい装備が違ったが、同型機に近い物だろうと、比乃は勝手に予想した。

「それで部隊長、あの人達は一体何しに来たんですか?」

「まさか、比乃達の空挺訓練のためじゃないっすよね」

「いくら部隊長が比乃たちを可愛がってるからって、そりゃあちょっとないだろ」

 口々に聞いてくる部下を前に、部隊長はニヤリと笑って言った。

「おいおい、今朝の朝礼で言ったはずだぞ。今度の演習相手は、スペシャルゲストだってな」
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