自衛隊のロボット乗りは大変です。~頑張れ若年陸曹~

ハの字

文字の大きさ
上 下
70 / 344
第九話「里帰りと米国からの来訪者について」

腕試し

しおりを挟む
 安久 剛による再訓練は、端的に言えば地獄だった。その内容を知るには、訓練を受けた本人に聞くか、彼らが記した業務日誌(自衛隊にとって、訓練は立派な業務である)を見るのが早い。三日間の内の二日間について記された日誌は、どちらも次の一言で締め括られていた。

『地獄も生温い』

 ミミズがのたくったような字で書かれたこの言葉に詰まった、三人の苦しみは、わかる者ならすぐに察せられた。たったの二日間で、人はこうも追い詰められるのか、この日誌を見た自衛官は、背筋に冷たいものが走ったという。

 それでも、同様の訓練(泥水で渇きを潤し、手掴みで捕まえたカエルを食べるような過酷な物)を行なった経験がある第三者以外には、彼らの苦しみは到底理解できないだろう。
 詳細は省くが、まだ二十にもならない少年少女に、死の恐怖を再認識させるには十分すぎる訓練であった。

 そして二日目の夜、満身創痍の同僚二人に対し、同じく全身をボロ雑巾のようにした日比野 比乃三等陸曹は、言ったという。

「もう、家事くらいで疲れたなんて二度と言わないよ……」

 この日、一般市民としての暮らしがどれだけ平穏であったか、比乃は強く強く思い知ったのであった。


 かくして、三日を予定された再訓練の最終日。疲労困憊で動けないということで、半日休憩を得てから復活した比乃は今、訓練用のTkー7のコクピットに収まっていた。普段乗っている機体ではない予備機である。

 その機体は今、駐屯地からほど近い、元米軍所有の演習場の中にいた。現在は第三師団が所有している密林地帯。ここは在日米軍が撤退してからほとんど手付かずで、AMWに演習をさせるには打って付けの場所として、自衛隊に有効活用されている。

 密林の中、比乃は普段の手順で機体の状態をチェックする。この辺りは機体名に「改」と付いていなくても変わらない。

 脳波受信指数、九十。戦闘動作参照は一番。その他、火器管制や出力制御のあれこれ……全て正常。最後に手首のアタッチメントが操縦桿に固定されているかを、ぐりんと回して確認する。問題なし。

 装備はペイント弾が装填された短筒と、刀身が塗料を染み込ませたウレタンになっている、訓練用のナイフが二本のみ。

 これらがヒットすると、その部位は破損したと見なされ、動かなくなる仕組みになっている。勿論、致命傷を受ければその時点で模擬戦は終了となる。 格闘戦においても、無駄な怪我を避けるため、機体の出力にリミッターがかけられていた。万全の体制である。

 ずしん、と音を立てて全高七メートル大の巨人が歩くたび、地面の土が跳ね上がり、野鳥が驚いて飛び去って行く。このTk-7は、軽量な訓練装備を身に着けた状態ならば、人間をそのまま大きくしたのと重さの比率は大して変わらない。それでも、巨大な人型というのは迫力があった。

 そして、比乃は機体を所定の位置まで前進させる。今、心中にあるのは、自分を地獄に追い込んだ上官に対する、仄暗い念であった。

 冒頭でもあったが、昨日まで行われた安久による訓練は壮絶であった。とても十八歳の少年少女にやらせるべきことではない。比乃は知らなかったが、その内容をもしレンジャー隊員が聞いたら、嫌な事を思い出したような、苦虫を噛み潰したような顔になる程だった。

 その締めとして行うのが、この模擬戦だ。相手は勿論、その上官の安久である。相手も同じ訓練用の予備機を使うので、機体性能は完全に互角。仕返しをするにはベストな状況ではあるが、技量に歴然とした差がある。

 数値で表すならば、十点満点中全科目で六、七点を取れるのが比乃であるならば、全科目で常に九点以上を出すのが、安久 剛というAMW乗りなのだ。

 操縦傾向も近い物があった、それは安久が比乃にとっての師匠と言ってもいい存在であるからだ。比乃にとって安久とは、自分自身の完全上位互換なのだった。

 だからと言って、最初から勝ちを諦めたりはしない。受信指数だけで言えば、比乃は九十以上と安久の七十代という数字を大きく上回るし、耐G能力も比乃の方が上だ。
 ブランクも昨日までの訓練で完全にとまではいかないが、かなり埋まっていた。あとはどれだけ食いつこうとするか、つまり意地の見せどころである。

『よし、互いに位置についたわね』

 通信機から若い女性の声、模擬戦の審判を名乗り出た宇佐美の声だった。

『それじゃあルールを確認するわ、お互いに使用するのは訓練用の短筒とナイフのみ、打撃戦は勿論許可するけど、大怪我しそうな大技は厳禁。負けた方は私が用意した特別ドリンクを飲むこと』

「ちょっと待って、それほぼ僕に飲めって言ってるようなものですよね宇佐美さん」

『日比野ちゃんは栄養が足りてないのよ、せっかく毎朝用意してあげたのに、結局一回も飲んでないじゃないの』

「青汁の匂いがする紫色の液体を宇佐美さんみたいに一気飲みする勇気はちょっと僕にはないですよ……」

 ちなみにその宇佐美謹製のドリンクがどのような味かと言えば、それを嬉々として飲んだ志度と心視が、そのあまりにあんまりな味にしばらくトイレから出てこなかった程である。その惨状を見ていた安久は「あー……うむ」と言い難そうにしながら

『比乃、悪いが俺も手加減はあまりしてやれん、訓練にならんからな。宇佐美に毒殺されるのが嫌なら、この二日間の成果を存分に見せてみろ、場合によっては俺が代わりに飲んでやる』

 安久の代わりに飲んでやる、という言葉に「言質取ったからね、俄然やる気が出てきたよ」と比乃は張り切り始める。 自分の特性ドリンクの評判の悪さに機嫌を損ねたらしい宇佐美が、口で「ぷんすか!」などと言う。

『ちょっと剛、それってどういう意味』『それでは始めるぞ!』

 宇佐美の抗議に被せるようにして安久が叫ぶや否や、比乃のTkー7から見て正面の木影、猛獣が飛び出したかと錯覚するような素早さで、同型のTkー7が突進してきた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界に転生したのにスキルも貰えずに吸血鬼に拉致されてロボットを修理しろってどういうことなのか

ピモラス
ファンタジー
自動車工場で働くケンはいつも通りに仕事を終えて、帰りのバスのなかでうたた寝をしていた。 目を覚ますと、見知らぬ草原の真っ只中だった。 なんとか民家を見つけ、助けを求めたのだが、兵士を呼ばれて投獄されてしまう。 そこへ返り血に染まった吸血鬼が襲撃に現れ、ケンを誘拐する。 その目的は「ロボットを修理しろ」とのことだった・・・

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

Hand in Hand - 二人で進むフィギュアスケート青春小説

宮 都
青春
幼なじみへの気持ちの変化を自覚できずにいた中2の夏。ライバルとの出会いが、少年を未知のスポーツへと向わせた。 美少女と手に手をとって進むその競技の名は、アイスダンス!! 【2022/6/11完結】  その日僕たちの教室は、朝から転校生が来るという噂に落ち着きをなくしていた。帰国子女らしいという情報も入り、誰もがますます転校生への期待を募らせていた。  そんな中でただ一人、果歩(かほ)だけは違っていた。 「制覇、今日は五時からだから。来てね」  隣の席に座る彼女は大きな瞳を輝かせて、にっこりこちらを覗きこんだ。  担任が一人の生徒とともに教室に入ってきた。みんなの目が一斉にそちらに向かった。それでも果歩だけはずっと僕の方を見ていた。 ◇ こんな二人の居場所に現れたアメリカ帰りの転校生。少年はアイスダンスをするという彼に強い焦りを感じ、彼と同じ道に飛び込んでいく…… ――小説家になろう、カクヨム(別タイトル)にも掲載――

体内内蔵スマホ

廣瀬純一
SF
体に内蔵されたスマホのチップのバグで男女の体が入れ替わる話

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

装甲列車、異世界へ ―陸上自衛隊〝建設隊〟 異界の軌道を行く旅路―

EPIC
ファンタジー
建設隊――陸上自衛隊にて編制運用される、鉄道運用部隊。 そしてその世界の陸上自衛隊 建設隊は、旧式ながらも装甲列車を保有運用していた。 そんな建設隊は、何の因果か巡り合わせか――異世界の地を新たな任務作戦先とすることになる―― 陸上自衛隊が装甲列車で異世界を旅する作戦記録――開始。 注意)「どんと来い超常現象」な方針で、自衛隊側も超技術の恩恵を受けてたり、めっちゃ強い隊員の人とか出てきます。まじめな現代軍隊inファンタジーを期待すると盛大に肩透かしを食らいます。ハジケる覚悟をしろ。 ・「異世界を――装甲列車で冒険したいですッ!」、そんな欲望のままに開始した作品です。 ・現実的な多々の問題点とかぶん投げて、勢いと雰囲気で乗り切ります。 ・作者は鉄道関係に関しては完全な素人です。 ・自衛隊の名称をお借りしていますが、装甲列車が出てくる時点で現実とは異なる組織です。

改造空母機動艦隊

蒼 飛雲
歴史・時代
 兵棋演習の結果、洋上航空戦における空母の大量損耗は避け得ないと悟った帝国海軍は高価な正規空母の新造をあきらめ、旧式戦艦や特務艦を改造することで数を揃える方向に舵を切る。  そして、昭和一六年一二月。  日本の前途に暗雲が立ち込める中、祖国防衛のために改造空母艦隊は出撃する。  「瑞鳳」「祥鳳」「龍鳳」が、さらに「千歳」「千代田」「瑞穂」がその数を頼みに太平洋艦隊を迎え撃つ。

ゲート0 -zero- 自衛隊 銀座にて、斯く戦えり

柳内たくみ
ファンタジー
20XX年、うだるような暑さの8月某日―― 東京・銀座四丁目交差点中央に、突如巨大な『門(ゲート)』が現れた。 中からなだれ込んできたのは、見目醜悪な怪異の群れ、そして剣や弓を携えた謎の軍勢。 彼らは何の躊躇いもなく、奇声と雄叫びを上げながら、そこで戸惑う人々を殺戮しはじめる。 無慈悲で凄惨な殺戮劇によって、瞬く間に血の海と化した銀座。 政府も警察もマスコミも、誰もがこの状況になすすべもなく混乱するばかりだった。 「皇居だ! 皇居に逃げるんだ!」 ただ、一人を除いて―― これは、たまたま現場に居合わせたオタク自衛官が、 たまたま人々を救い出し、たまたま英雄になっちゃうまでを描いた、7日間の壮絶な物語。

処理中です...