自衛隊のロボット乗りは大変です。~頑張れ若年陸曹~

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第九話「里帰りと米国からの来訪者について」

腕試し

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 安久 剛による再訓練は、端的に言えば地獄だった。その内容を知るには、訓練を受けた本人に聞くか、彼らが記した業務日誌(自衛隊にとって、訓練は立派な業務である)を見るのが早い。三日間の内の二日間について記された日誌は、どちらも次の一言で締め括られていた。

『地獄も生温い』

 ミミズがのたくったような字で書かれたこの言葉に詰まった、三人の苦しみは、わかる者ならすぐに察せられた。たったの二日間で、人はこうも追い詰められるのか、この日誌を見た自衛官は、背筋に冷たいものが走ったという。

 それでも、同様の訓練(泥水で渇きを潤し、手掴みで捕まえたカエルを食べるような過酷な物)を行なった経験がある第三者以外には、彼らの苦しみは到底理解できないだろう。
 詳細は省くが、まだ二十にもならない少年少女に、死の恐怖を再認識させるには十分すぎる訓練であった。

 そして二日目の夜、満身創痍の同僚二人に対し、同じく全身をボロ雑巾のようにした日比野 比乃三等陸曹は、言ったという。

「もう、家事くらいで疲れたなんて二度と言わないよ……」

 この日、一般市民としての暮らしがどれだけ平穏であったか、比乃は強く強く思い知ったのであった。


 かくして、三日を予定された再訓練の最終日。疲労困憊で動けないということで、半日休憩を得てから復活した比乃は今、訓練用のTkー7のコクピットに収まっていた。普段乗っている機体ではない予備機である。

 その機体は今、駐屯地からほど近い、元米軍所有の演習場の中にいた。現在は第三師団が所有している密林地帯。ここは在日米軍が撤退してからほとんど手付かずで、AMWに演習をさせるには打って付けの場所として、自衛隊に有効活用されている。

 密林の中、比乃は普段の手順で機体の状態をチェックする。この辺りは機体名に「改」と付いていなくても変わらない。

 脳波受信指数、九十。戦闘動作参照は一番。その他、火器管制や出力制御のあれこれ……全て正常。最後に手首のアタッチメントが操縦桿に固定されているかを、ぐりんと回して確認する。問題なし。

 装備はペイント弾が装填された短筒と、刀身が塗料を染み込ませたウレタンになっている、訓練用のナイフが二本のみ。

 これらがヒットすると、その部位は破損したと見なされ、動かなくなる仕組みになっている。勿論、致命傷を受ければその時点で模擬戦は終了となる。 格闘戦においても、無駄な怪我を避けるため、機体の出力にリミッターがかけられていた。万全の体制である。

 ずしん、と音を立てて全高七メートル大の巨人が歩くたび、地面の土が跳ね上がり、野鳥が驚いて飛び去って行く。このTk-7は、軽量な訓練装備を身に着けた状態ならば、人間をそのまま大きくしたのと重さの比率は大して変わらない。それでも、巨大な人型というのは迫力があった。

 そして、比乃は機体を所定の位置まで前進させる。今、心中にあるのは、自分を地獄に追い込んだ上官に対する、仄暗い念であった。

 冒頭でもあったが、昨日まで行われた安久による訓練は壮絶であった。とても十八歳の少年少女にやらせるべきことではない。比乃は知らなかったが、その内容をもしレンジャー隊員が聞いたら、嫌な事を思い出したような、苦虫を噛み潰したような顔になる程だった。

 その締めとして行うのが、この模擬戦だ。相手は勿論、その上官の安久である。相手も同じ訓練用の予備機を使うので、機体性能は完全に互角。仕返しをするにはベストな状況ではあるが、技量に歴然とした差がある。

 数値で表すならば、十点満点中全科目で六、七点を取れるのが比乃であるならば、全科目で常に九点以上を出すのが、安久 剛というAMW乗りなのだ。

 操縦傾向も近い物があった、それは安久が比乃にとっての師匠と言ってもいい存在であるからだ。比乃にとって安久とは、自分自身の完全上位互換なのだった。

 だからと言って、最初から勝ちを諦めたりはしない。受信指数だけで言えば、比乃は九十以上と安久の七十代という数字を大きく上回るし、耐G能力も比乃の方が上だ。
 ブランクも昨日までの訓練で完全にとまではいかないが、かなり埋まっていた。あとはどれだけ食いつこうとするか、つまり意地の見せどころである。

『よし、互いに位置についたわね』

 通信機から若い女性の声、模擬戦の審判を名乗り出た宇佐美の声だった。

『それじゃあルールを確認するわ、お互いに使用するのは訓練用の短筒とナイフのみ、打撃戦は勿論許可するけど、大怪我しそうな大技は厳禁。負けた方は私が用意した特別ドリンクを飲むこと』

「ちょっと待って、それほぼ僕に飲めって言ってるようなものですよね宇佐美さん」

『日比野ちゃんは栄養が足りてないのよ、せっかく毎朝用意してあげたのに、結局一回も飲んでないじゃないの』

「青汁の匂いがする紫色の液体を宇佐美さんみたいに一気飲みする勇気はちょっと僕にはないですよ……」

 ちなみにその宇佐美謹製のドリンクがどのような味かと言えば、それを嬉々として飲んだ志度と心視が、そのあまりにあんまりな味にしばらくトイレから出てこなかった程である。その惨状を見ていた安久は「あー……うむ」と言い難そうにしながら

『比乃、悪いが俺も手加減はあまりしてやれん、訓練にならんからな。宇佐美に毒殺されるのが嫌なら、この二日間の成果を存分に見せてみろ、場合によっては俺が代わりに飲んでやる』

 安久の代わりに飲んでやる、という言葉に「言質取ったからね、俄然やる気が出てきたよ」と比乃は張り切り始める。 自分の特性ドリンクの評判の悪さに機嫌を損ねたらしい宇佐美が、口で「ぷんすか!」などと言う。

『ちょっと剛、それってどういう意味』『それでは始めるぞ!』

 宇佐美の抗議に被せるようにして安久が叫ぶや否や、比乃のTkー7から見て正面の木影、猛獣が飛び出したかと錯覚するような素早さで、同型のTkー7が突進してきた。
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