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第八話「級友のピンチとそれを救う者たちについて」
索敵
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廃工場の正面入り口付近には、二人の見張りが立っていた。
この二人が不幸であったことを述べるならば、ただ、外で見張りをしていたことだろう。空気の切り裂く音に気付く間も無く、共に額に穴を開けて、そのまま地面に倒れる。その死体を、比乃と志度が音も立てずに近付いて物陰に引っ張り込む。
人質救出は、立て籠もっている相手を一瞬で制圧できる物量を持って行うのが基本である。しかし、今回は協力してくれたメアリの護衛の兵を入れても十五人。しかも装備は拳銃が良いところで、晃がいう所の“軍隊っぽい武器”、つまり小銃を持っている相手を制圧するには、どうしても決定打に欠ける。
一応、周辺には件の護衛と、紫蘭の護衛の内、戦闘経験があるベテランのSPを呼んで展開してもらっている。だが、全員で突入しても返り討ちに合う可能性があった。それほど、相手の戦力が不透明なのである。
それに場所も問題だった。とうの昔に廃棄された工場の見取り図など、すぐに用意できるはずもなかった。なので、こうして比乃と志度が二人でクリアリングしながら、中の様子を伺うしかない状況になっている。
索敵を担う二人の自衛官は、工場の裏口に周る。そこにあった裏口のドアノブを慎重に、ゆっくりと回して、視界が確保できる最低限だけ開ける。
比乃がポケットから取り出した鏡を使って、隙間から中の様子を確認する。入り口から数メートルの位置に、ライフルを持った兵士が一人、見張りをしていた。幸いなことに、こちらに気付いた様子はない。
志度がハンドサインで『殺るか?』と聞くと、比乃が『僕がやる』と返した。懐からコンバットナイフを音もなく引き抜く。
念のため、その場で軽く脚を動かす。義足の静寂機能はしっかり働いていて、殆ど駆動音は出なかった。
比乃から鏡を受け取った志度が中を見ながら、指で比乃に突入のタイミングを知らせる。
『三……二……一……』
中にいた兵士が、ふと視線をドアか逸らした。ネズミが走っていた。
『行け』
そして兵士が視線を戻した時には、生身の頃よりも強靭になった脚力で突進してきた比乃のナイフが走り、その喉元深くに突き刺さった。ほぼ同時に、比乃の片腕が素早く動き、断末魔を上げようとした口を塞ぐ。動脈を断ち切られ「ひゅっ」と空気を漏らしたその兵士の抵抗は一瞬だった。
しばらく痙攣していた兵士が動かなくなると、音を立てないように死体を横たえる。鮮血に染まったナイフと自身のグローブを見て、なんとなく、左右に振る。
(……うーん)
比乃は生まれて初めて、生身で人を殺したが、特にこれと言った罪悪感や嫌悪感などと言った感情もなかった。本人もびっくりするほど、何とも思わなかった。AMWで敵機のコクピットを潰した時と大して変わらない。
刷り込みレベルで行われた、幼少期からの訓練の賜物か――自分に殺人術を徹底的に仕込んでくれた安久と宇佐美に感謝しながら(二人は凄く嫌そうな顔をしそうだが)、コンバットナイフを敵兵の服で拭ってから懐に収める。比乃が志度に手招きして、中に招き入れる。
志度も比乃の行為になんとも思わない様子で(比乃が殺さなければ志度が殺していたわけなので、当然なのだが)近寄って、兵士が立っていた奥の扉に耳を当てて、向こう側の様子を探る。そちらには誰もいないらしく、物音一つもしない。
だが、この様子では、至る所に見張りが配置されていることが予想できる。中の様子を把握するだけでも一苦労しそうだった。しかし、このように強引にクリアリングをするにしても、あまり時間をかけていられない。二人は出来るだけ音を殺しながらドアを開けると、足早に駆け出した。
五分後、最初に見張りを始末した正面入り口まで戻って来た二人の顔は、焦燥していた。じっくりとまではいかないが、中の様子は確認できた。アサルトライフルを持った兵士が十数人、拳銃を持っているリーダー格らしき西洋風の男が一人。
その足元に、よく見えなかったが、恐らく紫蘭らしき人影が倒れていたのも見た。その時は思わず飛び出しかけたが、比乃の中の理性がそれをなんとか抑えつけた。
クリアリングの際に処理した兵士を除いても、まだこれだけの人数がいたのでは、“通常の”強攻策は不可能に近い。素直に取引に応じる振りをして、用意した手札を切って賭けに出るしかない。
比乃としては、出来る限り確実な安全策を用意してからが良かったのだが、そうも言えない状況になってしまった。
みすみす馬鹿正直に出て行っても、恐らくどうにもならないだろう、生身では余りにも戦力差がありすぎる。比乃は、罠だと思っていても、行くべき時は行くという行動が取れる人間だが、それも事前に万全に策を用意してからが基本だ。今のような状況は、正規軍では想定していない。
悩んでいる時間も惜しい。比乃は数秒だけ考えてから、覚悟を決めて、何もないように見える宙空に向けて合図を送る。
何かが駆動する、低い音が静寂に響いて、何もない空間からメアリが現れた。そして比乃と志度の表情を見て状況を察すると、二人に向かってにこりとして言う。
「大丈夫、これでも私、修羅場は潜ってるんですよ?」
この二人が不幸であったことを述べるならば、ただ、外で見張りをしていたことだろう。空気の切り裂く音に気付く間も無く、共に額に穴を開けて、そのまま地面に倒れる。その死体を、比乃と志度が音も立てずに近付いて物陰に引っ張り込む。
人質救出は、立て籠もっている相手を一瞬で制圧できる物量を持って行うのが基本である。しかし、今回は協力してくれたメアリの護衛の兵を入れても十五人。しかも装備は拳銃が良いところで、晃がいう所の“軍隊っぽい武器”、つまり小銃を持っている相手を制圧するには、どうしても決定打に欠ける。
一応、周辺には件の護衛と、紫蘭の護衛の内、戦闘経験があるベテランのSPを呼んで展開してもらっている。だが、全員で突入しても返り討ちに合う可能性があった。それほど、相手の戦力が不透明なのである。
それに場所も問題だった。とうの昔に廃棄された工場の見取り図など、すぐに用意できるはずもなかった。なので、こうして比乃と志度が二人でクリアリングしながら、中の様子を伺うしかない状況になっている。
索敵を担う二人の自衛官は、工場の裏口に周る。そこにあった裏口のドアノブを慎重に、ゆっくりと回して、視界が確保できる最低限だけ開ける。
比乃がポケットから取り出した鏡を使って、隙間から中の様子を確認する。入り口から数メートルの位置に、ライフルを持った兵士が一人、見張りをしていた。幸いなことに、こちらに気付いた様子はない。
志度がハンドサインで『殺るか?』と聞くと、比乃が『僕がやる』と返した。懐からコンバットナイフを音もなく引き抜く。
念のため、その場で軽く脚を動かす。義足の静寂機能はしっかり働いていて、殆ど駆動音は出なかった。
比乃から鏡を受け取った志度が中を見ながら、指で比乃に突入のタイミングを知らせる。
『三……二……一……』
中にいた兵士が、ふと視線をドアか逸らした。ネズミが走っていた。
『行け』
そして兵士が視線を戻した時には、生身の頃よりも強靭になった脚力で突進してきた比乃のナイフが走り、その喉元深くに突き刺さった。ほぼ同時に、比乃の片腕が素早く動き、断末魔を上げようとした口を塞ぐ。動脈を断ち切られ「ひゅっ」と空気を漏らしたその兵士の抵抗は一瞬だった。
しばらく痙攣していた兵士が動かなくなると、音を立てないように死体を横たえる。鮮血に染まったナイフと自身のグローブを見て、なんとなく、左右に振る。
(……うーん)
比乃は生まれて初めて、生身で人を殺したが、特にこれと言った罪悪感や嫌悪感などと言った感情もなかった。本人もびっくりするほど、何とも思わなかった。AMWで敵機のコクピットを潰した時と大して変わらない。
刷り込みレベルで行われた、幼少期からの訓練の賜物か――自分に殺人術を徹底的に仕込んでくれた安久と宇佐美に感謝しながら(二人は凄く嫌そうな顔をしそうだが)、コンバットナイフを敵兵の服で拭ってから懐に収める。比乃が志度に手招きして、中に招き入れる。
志度も比乃の行為になんとも思わない様子で(比乃が殺さなければ志度が殺していたわけなので、当然なのだが)近寄って、兵士が立っていた奥の扉に耳を当てて、向こう側の様子を探る。そちらには誰もいないらしく、物音一つもしない。
だが、この様子では、至る所に見張りが配置されていることが予想できる。中の様子を把握するだけでも一苦労しそうだった。しかし、このように強引にクリアリングをするにしても、あまり時間をかけていられない。二人は出来るだけ音を殺しながらドアを開けると、足早に駆け出した。
五分後、最初に見張りを始末した正面入り口まで戻って来た二人の顔は、焦燥していた。じっくりとまではいかないが、中の様子は確認できた。アサルトライフルを持った兵士が十数人、拳銃を持っているリーダー格らしき西洋風の男が一人。
その足元に、よく見えなかったが、恐らく紫蘭らしき人影が倒れていたのも見た。その時は思わず飛び出しかけたが、比乃の中の理性がそれをなんとか抑えつけた。
クリアリングの際に処理した兵士を除いても、まだこれだけの人数がいたのでは、“通常の”強攻策は不可能に近い。素直に取引に応じる振りをして、用意した手札を切って賭けに出るしかない。
比乃としては、出来る限り確実な安全策を用意してからが良かったのだが、そうも言えない状況になってしまった。
みすみす馬鹿正直に出て行っても、恐らくどうにもならないだろう、生身では余りにも戦力差がありすぎる。比乃は、罠だと思っていても、行くべき時は行くという行動が取れる人間だが、それも事前に万全に策を用意してからが基本だ。今のような状況は、正規軍では想定していない。
悩んでいる時間も惜しい。比乃は数秒だけ考えてから、覚悟を決めて、何もないように見える宙空に向けて合図を送る。
何かが駆動する、低い音が静寂に響いて、何もない空間からメアリが現れた。そして比乃と志度の表情を見て状況を察すると、二人に向かってにこりとして言う。
「大丈夫、これでも私、修羅場は潜ってるんですよ?」
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