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第七話「初めての学校生活と護衛対象について」

夕闇のゴミ掃除

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 それから数日後。放課後も過ぎ薄ら暗くなった中、人通りの少ない道を、紫蘭は一人で歩いていた。
 周囲には黒服のSPも潜んでおらず、大財閥の令嬢などでなくとも、”そういう目的の人間”にとっては格好の獲物であることには間違いなかった。

 しかし、そこから数十メートル離れた雑居ビルの屋上から、彼女の周辺を監視している小柄な影があった。それは、久々に自衛官の制服を身に纏った比乃だった。彼は双眼鏡と通信機を持ち、紫蘭の周辺をじっと観察している。

 今回の作戦は至極単純、囮作戦であった。紫蘭が偶然、たまたま、完全にフリーな状態になったと見せかけて、ストーカーを誘き寄せてしまおうというのだ。作戦は簡単かつ効率的な方が良い、これは万国共通である。

 この作戦に際して、なんとハードロッカーの中身が解放されている。比乃とはまた別の位置、数百メートル離れた場所には狙撃銃を構えた心視が、スニーキングと素手の戦闘能力が高い志度が、紫蘭の近くにフル装備で張っている。

 何故こんな物々しい装備になっていると言うと、比乃の嫌な予感が原因であった。森羅財閥ほどの組織が用意したSPで捕まえられないストーカーなど、どう考えても只者ではない。

『こちらchild2、不審車両発見、紫蘭の後ろから接近中……電気自動車、しかもスモークガラスに消音タイヤ。比乃、”大当たり”』

 そもそも、相手はストーカーではなく、テロリストである可能性だってあるのだ。

「child1了解、child3、射撃を許可する。車の足止め優先、逃亡者は撃ってよし。ただし殺さないこと。child2は出てきたのが完全に予想通りだった場合は処理、半殺しまで許可する」

『child3……了解』

『child2、了解!』

「さてと……他にはいないかなっと」

 二人に指示を出して、比乃は望遠鏡で他に不審車両ないし不審者……否、テロリストがいないか探し始める。東京の夕方過ぎに、三人の自衛官がその職務を全うすべく行動を開始する。いつもと違って殺さないのは、ただ単に、死体の処理が面倒なだけだった。

    *   *   *

 その集団は、世間的には市民団体、正確に言うならば反政府……というよりは、反与党に属する、暴力団に近い組織だった。
 沖縄にいる過激派とは、資金と武装の有無以外は大して変わらない彼らは、車にぎゅうぎゅうに詰まっていた。その十数人は、自分たちの“支援母体”から供給された武器を片手に、これも支給された改造ハイエースの後部座席で、今か今かと出番を待っていた。

 出番とは即ち、見た目麗しい大企業の令嬢を拉致し“適度に暴行を加えて”ことである。それは、その企業を脅し立てて、活動資金を得るためであった。
 昨今は自衛隊や警察の活動が活発化しており、市民も金をばら撒かなければ誘導できなくなってきている。それ故に多少の暴力を持ち出さなければならない場面も増えてきていた。金は入り用なのだ。

 それに、かの企業は与党との繋がりも強い。それだけでも、狙うには充分すぎる理由だった。

 そして今、その令嬢に背後から音もなく近づき、ここから一気に加速して目標の横に車をつけて、車内に引き摺り込んでしまおう――と運転手がアクセルを踏み込もうとした直前。

 運転席側のリアガラスに丸い穴が空いた。飛び込んできた銃弾が、運転手がの太ももを貫く。運転手が悲鳴をあげ、ハンドルが切られてハイエースが急停車する。

 自分たちが逆に襲撃されたのだと理解する前に、更に何かが空気を切り裂く音と、着弾音。更にタイヤから空気の抜ける音がして、そこでようやく、自分たちががハメられたのだと気付いた。

 慌てて車外に飛び出すと、車の真正面に小柄な人影が立っていた。どこから現れたのか、オリーブ色の服に黒い防弾チョッキ、そしてハンドグローブとハードブーツを着ている。その子供にしか見えない背丈の少年が、口元をにぃっと歪めて、赤い目を暴虐的に見開くと、人間離れした速さで男達に飛びかかった。

 飛びかかられた一人が胴体に拳をねじ込まれ、吹っ飛ぶ。他の男達は銃を構えようとしたが、誰かが「馬鹿、同士討ちになる!」と叫んでしまった。そして戸惑っている間に、また一人の顔面にブーツが突き刺さった。
 状況はすぐさま乱戦へと様変わりし、白い悪魔が踊り狂う。その手のハンドグローブが、鮮血に染まった。


「child2、後ろから一人来てる」

 その様子を望遠鏡で観察していた比乃が言うと、志度の背後から近づいていた男が、裏拳を受けて錐揉みしながら吹っ飛ぶ。「やっぱあいつ人間じゃないわー」と思いつつ、比乃はその様子を観戦していた。その場から逃げようとした男が突然、足から鮮血を吹き上げて倒れる。

 更に、やけくそにサブマシンガンを構えた男の肩も、同様に血を吹き出して、銃器がその腕から落ちる。遠距離からの狙撃だ――銃声もしないので、撃たれている方はたまらないだろう。

「心視、流石だなぁ」


 乱戦が起きている場所から約五百メートル。雑居ビルの屋上で、愛銃をうつ伏せで構えているのは、child3こと心視であった。
 調整済みのスコープの向こうで、今しがた肩を撃ち抜いてやった男が、それでもまだ銃を拾おうとしている。思わず頭に照準を合わせるが、比乃に言われたことを思い出して、脛を撃ち抜くに収めた。

 構えたまま、思わず「もっと遠くてもいいのに……」と呟く。そして、更に逃げ出そうとした男の足を破壊する。その愛銃、という概念は心視にはあまりないのだが、支給されて一番長く使用している狙撃中。サプレッサーを装着したH&K社製のそれが二度、独特の発砲音を発した頃には、現場に立っているのは志度だけになっていた。

   *   *   *

『いやぁ、後ろの方で悲鳴が聞こえてきたときは観戦したくてウズウズしてしまったぞ!』

 翌朝、土曜日なので学校は休みであるその日。比乃から電話越しに報告を受けた紫蘭は、そう楽しげに言った。
 あれから、適当に半殺しにした反社会団体ことテロリストを元の車に詰めると、後始末をするという黒服達に後を任せていた。その後、比乃らは一応周辺をもう一時間ほど警戒してから、残党がいないことを確認して帰宅したのだった。

 そして、事の次第の報告と、逆に彼らを尋問したであろう結果を聞くため、紫蘭の携帯に連絡を入れていた。

『尋問した結果、と言ってもつまらないものだぞ。ただのチンピラだチンピラ、装備だけいっちょ前に貰っただけの』

「やっぱり、東京で見るにしては随分な装備にしてたけど、その割に練度が低かったから」

『まぁ、ストーカーではなかったわけだ。写真を送りつけてきたのは偽装目的だったみたいだが、まぁうちのSPも捜査能力に落ち度があると解ったし、目障りな蝿も消えたしで一石二鳥だな!』

 仮にも、自分を拉致しようとした武装集団を蝿呼ばわりするとは、晃が絡まなければ大物なのに……比乃は溜め息をついた。しかし、敵があんな簡単な罠に引っ掛かるような小物で良かった。この前の重武装テロリストだったら、こうも簡単には行かなかっただろう。

「それじゃあ、一先ず脅威は去ったと見ていいかな、一応の護衛は続けるけど」

『ああ!  お前達といるのも中々楽しいし、志度も心視も可愛いしな!  これからもよろしく頼むぞ!』

「はいはい、それじゃあまた学校で」と答えて比乃が電話を切ると、これでやっと一息つけるなと、一息ついたのであった。

   *   *   *

「奴らの装備は解った、王女との関係性も……釣り餌としては充分だ」

 どこかの廃倉庫の中。茶髪に白い肌、碧眼の西洋人に見える男が、闇の中に佇む、武装した集団に向けて語る。

「しかし、今回のことは幸運だった。どこの間抜けか知らないが、な」

 そして侮蔑するように笑うと、その背後に佇む鉄の巨人を見上げて、ここにはいない誰かに向けるようにその男は叫ぶ。

「今度こそ、今度こそ、捕まえて泣き叫ばせて踏み躙って差し上げますからね。メアリー王女殿下……!」
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