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第七話「初めての学校生活と護衛対象について」

意外な再会

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「森羅、それに有明、お前達は初日から遅刻常習犯でも目指すつもりなのか?   それも逢引で」

 教師が皮肉交じりに叱責する。晃少年は「ち、違いますよ! こいつが勝手に絡んできてるだけですって!」そう言って、腰に纏わり付いている紫蘭をエルボーで叩き落とした。小さく悲鳴をあげる女子。美少女に対して些か乱暴に見えるが、それがもう日常なのか、誰も咎めなかった。

「もういい、わかったから席につけ……さて置き、アレクサンダさんとヴィッカースさんはイギリスから、浅野さんと白間さん日比野さんは沖縄から遠路はるばるやってきた身だ。困ってるようだったら手助けしてやるように、以上!」

    *   *   *

 休み時間に入ると、五人が固まって座る教室の後ろ側には黒山の人だかりが出来ていた。
 女子も男子も転入生、それも普通とはちょっと違う彼女彼らに興味津々で、質問や部活への誘いの集中砲火を浴びせてきた。

 こうも変わり者の転校生だと、少しは気後れしそうな物だが、ここの生徒は真新しいもの、ひいては面白そうなことにはとにかく敏感だった。たとえ近寄りがたい気高さを持つ美少女だろうと、変わった容姿をしている相手だろうと、まったく遠慮など見せずにわいわいと騒いでいた。

「今はどこに住んでるの?」
「メアリさん、日本語上手だったね! どこで習ったの?」
「放課後にカラオケでもどう? 割引券があってさ」
「浅野さん髪ながーい!  毎朝セットするの大変じゃなぁい?」
「すっごい真っ白、それに赤い目でうさぎちゃんみたい! かーわーいーいー!」
「あのアイヴィーさん、是非写真部のモデルに……」

 こんな調子で、生徒達からチヤホヤされる四人を、一番後ろの席からのんびりと眺めているのは比乃であった。特にこれと言った特徴というか、属性がない彼のところには、疎らな人数が当たり障りのない質問をしにくるだけだった。比乃も当たり障りのない内容しか答えないので、すっかり興味の枠から外れている。

 心視と志度も質問攻めを受けていたが、先ほどの挨拶はともかく、質問に対する答えはちゃんと、自衛官であることを隠すためのカバーストーリー。つまりはでっち上げの嘘話を返していた。

 ちなみに、表向きの話では、比乃達は東京出身沖縄育ち。三人とも東京事変に巻き込まれた被災児で、今まで沖縄にいる養父の元で世話になりつつ、地元の高校に通っていたが、その父親が東京へと転勤になった為ついてきた――ということになっている。

 英国組も似たような内容で、二人揃って英国のクーデター騒ぎから、単身で日本に来たということになっている。

 質問からこの話が出た辺りで、何人かの生徒が「大変だったんだなぁ……」「何かあったら、私たちを頼っていいからね」などと、涙ぐんだりしていた。

 一方、その人だかりを割るようにして集団と転校組のメアリと生徒の間に入り込んだ男子がいた。有明 晃だ。彼は明るいキャラクターと温厚な性格、男女問わずにお人好し、そして整った顔立ちにシャープな体付きの、まぁ普通であれば、クラスの人気者ポジションに収まっているであろう人物だった。

 その腰に美少女、長い黒髪と利発そうな大きな瞳、容姿だけならばメアリと並ぶ程の……しかし学内では性格と学力以外はパーフェクトと称される残念美少女問題児、森羅(シンラ) 紫蘭(シラン)をぶら下げていなければ。

 そんな彼は、腰に纏わり付いているそれを完全に無視しながら、笑顔でクラスメートの質問に答えていたメアリの前に来る。そして彼女の顔をまじまじと見て「もしかして」と呟く。すると、メアリの方から「お久しぶりです、アキラさん」と、満面の笑みで言った。

 お久しぶり、という言葉に反応して、周囲の生徒たちがざわつく「なんだ晃、お前メアリさんと知り合いだったのかよ」と、晃は首に腕を回してきた男子生徒に「このこの」と、脇腹を小突かれた。

「ああ、いや、前にイギリスに短期留学してたことがあるって言っただろ、その時にな……にしても驚いたな、髪型も随分変わってて最初は気づかなかったけど、日本で再会できるだなんて」

「晃さんが、ロングヘアが好みだと言っていたので、頑張って伸ばしたんです……似合いますか?」

「あ、ああ……凄い似合ってるよ、綺麗だ」

 束ねた髪の先を摘んで揺らし、微笑むメアリに、晃がどきりとした顔をする。それを見たアイヴィーが「メアリ、本気だなー」などと呟いているが、完全に二人のギャラリーと化したクラスメートはその声に気づかなかった。

「何やら話を聞いてると、ただ留学先で出会ったってだけじゃないよなぁ」
「そーそー、怪しいよね」
「これは普通じゃないよ」

 生徒達が頷き合う。その生徒たちの疑問に答えるように、メアリがもじもじしながら、

「英国で、悪質で頑固な悪漢に追いかけられていた時に、アキラさんが助けてくれたんです。それを切っ掛けに何度も会うようになって、一緒に過ごしている内に夜のホテルで……」

 そこまで言って「きゃっ」と“わざとらしく”恥ずかしそうに顔を伏せて両手で覆う。それだけで、色々なことを邪推した生徒達がどっと盛り上がる……ちなみにだが、悪質で頑固な悪漢とは彼女の宮殿脱走を止めるSPのことである。しかしそんなことは知らない生徒達は大盛り上がりだった。

「そこで運命的な再会を果たしたのかぁ……すげぇな」

「そうそう……って違う! そういうのはなかっただろ、あの時は行く宛がないからしかたなくって首、首絞まってる!」

 首に回った男子生徒の腕をパシパシと叩く晃を尻目に、その腰にくっ付いていたまま、今まで黙っていた森羅 紫蘭が、騒いでいる周囲を無視してメアリの顔をジーっと見て、第一声をあげた。

「それにしてもお前、どこかで会ったことなかったか? そう、外国とかで」

 その喧騒を後ろから観察していた比乃は「王女の身分がばれたか」とぎくりとしたが、メアリは慌てた様子もなく。

「そうですね、お父様のお仕事の都合でお会いしたことがあるかもしれません、森羅財閥の紫蘭さん?」

「ふむ、そのことを知っているとなると……父上の仕事の付き合いで出た社交界ででも挨拶したかもしれないな、流石に全員覚えているわけではないから、許せ」

 メアリの話に紫蘭の方も納得したようで、比乃はほっと息をついて安心した。
 しかし、周りにいた生徒達は「メアリさんもセレブ系だったのか……」「それも森羅と同じレベルの」と慄いた。

 この学校におけるセレブ、あるいは金持ちというのは、自由奔放、傍若無人の象徴なのである。主に、この場にいる紫蘭のせいで、

 生徒達がメアリから若干距離を取ると「そういえば晃と縁があるのも共通点か……」「あいつ、変な知り合い多いしな」などとひそひそ話を始めた。それを晃が咎めた。

「メアリはそんな変なやつじゃねぇよ!  イギリスでだって、困ってた赤の他人の俺を他色々助けてくれた、すごい優しくて親切な人なんだぞ!」

 更に「森羅(こいつ)みたいな変人じゃない!」と豪語する。それを聞いて生徒達は、非礼を詫びた。

「そうだよな……金持ちが全員変人なわけないよな」
「流石に森羅並は失礼だったな……」
「ごめんなさいメアリさん」

 メアリは「気にしていませんよ、それに晃さんにそんな風に思っていただけていたなんて……嬉しいです……」と若干惚気ながら笑みを浮かべてそれを許した。そして良い話みたいなムードになりかけた。が、

「ぐぐぬぬぬ……」

 面白くないのは紫蘭だった。別に変人だなんだと言われるのはどうでもいいが、自分が好いている晃がデレデレしている(ように彼女には見える)のが、とにかく気に入らない。
 整った相貌を歪めて、のしのしとメアリの目の前に歩み寄る。そしてキョトンとするメアリに対して宣言する。

「この泥棒猫が!  私の晃を奪おうという魂胆だろうがそうはいかんぞ!    ただし……今回は……運命の再会ということで……見逃しておいてやる……うぅ」

 そして、瞳からぽろぽろと悔し涙を流し、「月夜の晩ばかりだと思うなよ!」と何かが違う捨て台詞を残して教室から去って行った。森羅財閥、哺乳瓶から軍事機器までを取り扱う世界的メーカーの社長令嬢は、割と涙脆いのだった。
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