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第六話「イベント会場における警備と護衛について」
新たなる隣人
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事の顛末。
今回の事件は、表向きは国際イベントの主賓らと観客らを狙った大規模テロとして処理された。実際は、英国の王女の拉致を目的としたクーデター軍の攻撃だったが、それを知るのは関係者だけである。
事件解決の功労者は警備に当たっていた第八師団となった。最も、テレビで流れたのはテロによる怪我人だとか、戦闘による設備への被害だとか、そういった物が殆どであったが。
要人を乗せて、国際イベントの外部会場に比乃のTkー7がやってきた時、そこは中々の惨状であった。
何機かの擱座した状態で動きを止めた第八師団のTkー7と、およそ十数の露製AMWの残骸が、イベント会場の周辺に散らばっていた。
ペーチルSのような最新鋭機は出てこなかったらしく、テロリストの戦力のほとんどが第二世代型の旧式機であったとのことだが、この数が相手では心視と志度がいても相当な修羅場だっただろう。
指揮をしていた清水一尉は、げっそりとした顔で「我が師団の練度と人員不足を早急になんとかしなければ」と呟いていた。後で聞けば、敵を撃破したのは殆ど心視と志度で、第八師団の訓練生たちは、逃げるのが手一杯だったという。
それはさておき、比乃はコクピットの中でいつの間にか気絶してしまったメアリー王女とアイヴィーを、救護場を設けていた現地の自衛官に預けた。救護医によれば、戦闘機動に耐えられなかっただけで、命に別状などはなし。外傷もほとんど軽症とのことだったので、比乃はほっと胸を撫で下ろした。
そして、心視と志度がテロリストを殲滅してから、一緒に脱出してきた護衛の兵と、金色のAMWに乗っていた、機体の派手さとは似ても似つかぬ、紳士的な態度のパイロットにその身柄を預けた。そして、二人が目を覚ます前に、第八師団駐屯地への帰路についた。
命をかけて守った相手との最後にしては、余りに呆気ない気もするかもしれない。しかし、比乃からすれば、普段の任務の延長線上で少し会話をしただけの相手である。保護シートに乗せて、緊急処置で操縦座席に乗せた、というだけの話だ。
その辺りは解っているのか、護衛隊も金色のAMWのパイロットも何も言わず、ただ敬礼をして比乃を見送った。
こうして、部隊長に言われていた“障害の排除”も終了。もう彼女らに会うこともあるまい。
元から立場が違いすぎる人々であったので、特に感傷もなかった。本来なら出会うこともない人種である。
精々、沖縄に戻った時に「クーデター軍とテロリストの魔の手から、王女殿下と国防企業の重要人物を守り通したぞ」という自慢話が一つできた。比乃の心中は、それくらいだった。
志度や心視も相当に大変だったらしく、やれ「街中で狙撃銃が使えないのは面倒」だとか「パイルバンカーが威力過多過ぎるし重たいしで酷かった」などと言った愚痴を比乃に吐いた。
比乃も「そんなこと言ったら、僕だって民間人保護の難しさをよーく再認識する羽目になったよ」と返していた。
ともかく、こうして、日比野陸曹の若干長い一日は終わりを告げたのだった。
* * *
数日後、比乃達はすっかり忘れていた重大な引っ越しイベント『引っ越し蕎麦』を配ることを忘れていたことを思い出した。慌てて、はんなり荘住民、把握している限りで一階の全三部屋に配るための準備を始めた。
部隊長から「向こう三軒両隣に配るのが習わしである」と通信機で聞いた比乃は、早速、材料を買い集めて蕎麦を打った。
半日して、素人がいきなり自作するよりも、素直に買って来た方が良いことを理解したのは、志度と心視が膨らんだ腹を抱えて青い顔をし始めた時であった。
これで丸一日を消費してしまった三人は、同日、隣室で何か作業が行われたことに気付かなかった。
その翌日、体調不良を訴えて蕎麦配りを辞退した心視と志度の二人を置いて、一人で各部屋を回った比乃は、まず一階の三部屋に向かった。
そこの住民たちは、部屋の中に大量に真剣を飾っている謎の和装美人。顔はもう七、八十歳に見えるのに首から下がガチムチマッチョな老人。ちょっとしたアクシデントで身体能力が志度並であることを確認した年下に見える兄妹など、第三師団、しいては自衛隊機士科でも、ここまではない濃い面子であった。
ともかく、なんとか無事に一階住民への蕎麦を配り終え、精神的に満身創痍になりながらも部屋に戻ろうとした時、階段側の部屋に表札がついていた。外国人のようだ。
比乃が一階の住民に話を聞くと、昨日越してきたらしかった。それを知らなかった比乃は一度、蕎麦を補充しに部屋へ戻った。
蕎麦を茹でながら、うんうん苦しんでいる心視と志度に胃腸薬をついでに飲ませてから廊下に戻ってきた。まずは階段側の部屋にして自分たちの隣室。
「どうかまた変な人ではありませんように」と祈りながら比乃が扉をノックすると、中から少し訛った日本語で「誰だ」と返事があった。よかった、と比乃は少し安心する。少なくとも、一階の住民たちのように、突然扉を破壊しながら登場するようなことはないらしいと、警戒を少し解いた。
しかし、その安心は次の瞬間不安へと変わった。扉を開けて出てきたのは、先日のテロ事件で金色のAMWに乗っていたパイロット、ジャックだったのだ。まさかの再会に比乃は「えっ」と固まる。
「おお、日比野少年ではないか! つい先日は世話になったな。自己紹介をしていなかったので今しよう、私の名前はジャックだ。よろしく頼むぞ」
そして「これはもしやヒッコシ=ソバという物か?」と固まる比乃から、勝手に蕎麦皿を一人分ひょいっと受け取る。再起動した比乃が、少しでも冷静になろうと頭を振り、
「ええっと……どうして貴方がここに……もしかして、護衛を首になったとか」
「そんなわけないだろう! 私はこの命を王家に捧げた近衛兵だぞ、この命尽きるまで王女殿下を守るのが役目だ! そもそも我々近衛軍は英国陸軍において――」
と拳を効かせながら大声で近衛について語りだしたジャックの声に反応した人物がいた。
「ジャック、一体何を騒いでるの?」
そう比乃が聞き覚えがある声がして、隣の部屋の“他の部屋に比べて妙に分厚い”扉がゆっくりと開き、若い女性が出て来た。
日本語の訛りからしてそうではないかと……否、聞いた声で比乃は日本人ではないとわかった。赤い髪に緑の瞳、少し高めの背、そして程よく豊満なスタイルにタンクトップとショートパンツだけ纏った、なんともセクシーな格好で現れたのは、なんとアイヴィー・ヴィッカースだった。
「あ、比乃だ。やっほー」
などと気軽げに名前で呼んで来たことよりも「もしかして」と嫌な予感がしている比乃の予想通りの人物が、その後ろからからひょっこりと現れた。
長いブロンドの髪をおさげにして纏めていて、色白な肌と端整な顔立ち、宝石のような碧眼。街を歩けば誰もが振り返ると言える、その姿をなぜかジャージ姿に包んだ、物凄く場違いな場所で場違いな格好をしているメアリー王女その人であった。
「あら、日比野軍曹さん、お久しぶりです」
「な、な、な……」
言葉が出ない比乃に、ジャックが指をぴんと立てて説明し始める。
「まさかクーデター軍もこんな所に王女がいるとは思うまいということで、あえてこういう庶民的な住居を構えることにしたんだ。少年達もいると聞いて警備もばっちり、ついでに経費も浮くのでよいこと尽くめ。それに警戒も万全だぞ。ここから見えるあそこと、あそこ……あとあっちの方にあるマンションに、近衛と義勇兵を待機させている」
と、彼から手渡された双眼鏡を思わず覗いてみると、どのマンションの上層階にも、見覚えのある服装をした人物が、こちらを双眼鏡で監視していて、比乃と目があった。
相手がぐっとサムズアップしてくる。
「そうそう、メアリが探している人物がいる学校がなんとこの近くにあってな、そこに通う事になったんだ。少年たちも同じ学校だと陛下の協力者から聞いている。メアリとアイヴィー嬢は二年生に編入になるし二人の要望で少年と同級生になるが、どうか学校でも二人を頼むぞ!」
何かもう吹っ切れたように笑うジャックを前に、比乃はただこれから始まるであろう苦労を想像して、もう伸び始めている蕎麦皿を片手に呆然と突っ立っているしかできないのであった。
今回の事件は、表向きは国際イベントの主賓らと観客らを狙った大規模テロとして処理された。実際は、英国の王女の拉致を目的としたクーデター軍の攻撃だったが、それを知るのは関係者だけである。
事件解決の功労者は警備に当たっていた第八師団となった。最も、テレビで流れたのはテロによる怪我人だとか、戦闘による設備への被害だとか、そういった物が殆どであったが。
要人を乗せて、国際イベントの外部会場に比乃のTkー7がやってきた時、そこは中々の惨状であった。
何機かの擱座した状態で動きを止めた第八師団のTkー7と、およそ十数の露製AMWの残骸が、イベント会場の周辺に散らばっていた。
ペーチルSのような最新鋭機は出てこなかったらしく、テロリストの戦力のほとんどが第二世代型の旧式機であったとのことだが、この数が相手では心視と志度がいても相当な修羅場だっただろう。
指揮をしていた清水一尉は、げっそりとした顔で「我が師団の練度と人員不足を早急になんとかしなければ」と呟いていた。後で聞けば、敵を撃破したのは殆ど心視と志度で、第八師団の訓練生たちは、逃げるのが手一杯だったという。
それはさておき、比乃はコクピットの中でいつの間にか気絶してしまったメアリー王女とアイヴィーを、救護場を設けていた現地の自衛官に預けた。救護医によれば、戦闘機動に耐えられなかっただけで、命に別状などはなし。外傷もほとんど軽症とのことだったので、比乃はほっと胸を撫で下ろした。
そして、心視と志度がテロリストを殲滅してから、一緒に脱出してきた護衛の兵と、金色のAMWに乗っていた、機体の派手さとは似ても似つかぬ、紳士的な態度のパイロットにその身柄を預けた。そして、二人が目を覚ます前に、第八師団駐屯地への帰路についた。
命をかけて守った相手との最後にしては、余りに呆気ない気もするかもしれない。しかし、比乃からすれば、普段の任務の延長線上で少し会話をしただけの相手である。保護シートに乗せて、緊急処置で操縦座席に乗せた、というだけの話だ。
その辺りは解っているのか、護衛隊も金色のAMWのパイロットも何も言わず、ただ敬礼をして比乃を見送った。
こうして、部隊長に言われていた“障害の排除”も終了。もう彼女らに会うこともあるまい。
元から立場が違いすぎる人々であったので、特に感傷もなかった。本来なら出会うこともない人種である。
精々、沖縄に戻った時に「クーデター軍とテロリストの魔の手から、王女殿下と国防企業の重要人物を守り通したぞ」という自慢話が一つできた。比乃の心中は、それくらいだった。
志度や心視も相当に大変だったらしく、やれ「街中で狙撃銃が使えないのは面倒」だとか「パイルバンカーが威力過多過ぎるし重たいしで酷かった」などと言った愚痴を比乃に吐いた。
比乃も「そんなこと言ったら、僕だって民間人保護の難しさをよーく再認識する羽目になったよ」と返していた。
ともかく、こうして、日比野陸曹の若干長い一日は終わりを告げたのだった。
* * *
数日後、比乃達はすっかり忘れていた重大な引っ越しイベント『引っ越し蕎麦』を配ることを忘れていたことを思い出した。慌てて、はんなり荘住民、把握している限りで一階の全三部屋に配るための準備を始めた。
部隊長から「向こう三軒両隣に配るのが習わしである」と通信機で聞いた比乃は、早速、材料を買い集めて蕎麦を打った。
半日して、素人がいきなり自作するよりも、素直に買って来た方が良いことを理解したのは、志度と心視が膨らんだ腹を抱えて青い顔をし始めた時であった。
これで丸一日を消費してしまった三人は、同日、隣室で何か作業が行われたことに気付かなかった。
その翌日、体調不良を訴えて蕎麦配りを辞退した心視と志度の二人を置いて、一人で各部屋を回った比乃は、まず一階の三部屋に向かった。
そこの住民たちは、部屋の中に大量に真剣を飾っている謎の和装美人。顔はもう七、八十歳に見えるのに首から下がガチムチマッチョな老人。ちょっとしたアクシデントで身体能力が志度並であることを確認した年下に見える兄妹など、第三師団、しいては自衛隊機士科でも、ここまではない濃い面子であった。
ともかく、なんとか無事に一階住民への蕎麦を配り終え、精神的に満身創痍になりながらも部屋に戻ろうとした時、階段側の部屋に表札がついていた。外国人のようだ。
比乃が一階の住民に話を聞くと、昨日越してきたらしかった。それを知らなかった比乃は一度、蕎麦を補充しに部屋へ戻った。
蕎麦を茹でながら、うんうん苦しんでいる心視と志度に胃腸薬をついでに飲ませてから廊下に戻ってきた。まずは階段側の部屋にして自分たちの隣室。
「どうかまた変な人ではありませんように」と祈りながら比乃が扉をノックすると、中から少し訛った日本語で「誰だ」と返事があった。よかった、と比乃は少し安心する。少なくとも、一階の住民たちのように、突然扉を破壊しながら登場するようなことはないらしいと、警戒を少し解いた。
しかし、その安心は次の瞬間不安へと変わった。扉を開けて出てきたのは、先日のテロ事件で金色のAMWに乗っていたパイロット、ジャックだったのだ。まさかの再会に比乃は「えっ」と固まる。
「おお、日比野少年ではないか! つい先日は世話になったな。自己紹介をしていなかったので今しよう、私の名前はジャックだ。よろしく頼むぞ」
そして「これはもしやヒッコシ=ソバという物か?」と固まる比乃から、勝手に蕎麦皿を一人分ひょいっと受け取る。再起動した比乃が、少しでも冷静になろうと頭を振り、
「ええっと……どうして貴方がここに……もしかして、護衛を首になったとか」
「そんなわけないだろう! 私はこの命を王家に捧げた近衛兵だぞ、この命尽きるまで王女殿下を守るのが役目だ! そもそも我々近衛軍は英国陸軍において――」
と拳を効かせながら大声で近衛について語りだしたジャックの声に反応した人物がいた。
「ジャック、一体何を騒いでるの?」
そう比乃が聞き覚えがある声がして、隣の部屋の“他の部屋に比べて妙に分厚い”扉がゆっくりと開き、若い女性が出て来た。
日本語の訛りからしてそうではないかと……否、聞いた声で比乃は日本人ではないとわかった。赤い髪に緑の瞳、少し高めの背、そして程よく豊満なスタイルにタンクトップとショートパンツだけ纏った、なんともセクシーな格好で現れたのは、なんとアイヴィー・ヴィッカースだった。
「あ、比乃だ。やっほー」
などと気軽げに名前で呼んで来たことよりも「もしかして」と嫌な予感がしている比乃の予想通りの人物が、その後ろからからひょっこりと現れた。
長いブロンドの髪をおさげにして纏めていて、色白な肌と端整な顔立ち、宝石のような碧眼。街を歩けば誰もが振り返ると言える、その姿をなぜかジャージ姿に包んだ、物凄く場違いな場所で場違いな格好をしているメアリー王女その人であった。
「あら、日比野軍曹さん、お久しぶりです」
「な、な、な……」
言葉が出ない比乃に、ジャックが指をぴんと立てて説明し始める。
「まさかクーデター軍もこんな所に王女がいるとは思うまいということで、あえてこういう庶民的な住居を構えることにしたんだ。少年達もいると聞いて警備もばっちり、ついでに経費も浮くのでよいこと尽くめ。それに警戒も万全だぞ。ここから見えるあそこと、あそこ……あとあっちの方にあるマンションに、近衛と義勇兵を待機させている」
と、彼から手渡された双眼鏡を思わず覗いてみると、どのマンションの上層階にも、見覚えのある服装をした人物が、こちらを双眼鏡で監視していて、比乃と目があった。
相手がぐっとサムズアップしてくる。
「そうそう、メアリが探している人物がいる学校がなんとこの近くにあってな、そこに通う事になったんだ。少年たちも同じ学校だと陛下の協力者から聞いている。メアリとアイヴィー嬢は二年生に編入になるし二人の要望で少年と同級生になるが、どうか学校でも二人を頼むぞ!」
何かもう吹っ切れたように笑うジャックを前に、比乃はただこれから始まるであろう苦労を想像して、もう伸び始めている蕎麦皿を片手に呆然と突っ立っているしかできないのであった。
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