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第六話「イベント会場における警備と護衛について」

赤毛の少女

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 なんとも説明しにくいなと思いながら比乃が名乗る。その女性、アイヴィーは、戦闘服を着た、自分よりも一回りほど小柄な少年の容姿を見て、驚いたように緑色の瞳を見開き「東洋の神秘……」と呟いてから、はっとした。

 知らされていた自衛隊の助けが来たのだ。それを理解したアイヴィーは、若干早口になって説明する。

「私はアイヴィー・ヴィッカース。軍属じゃないけど、メアリー王女の……なんていえばいいんだろう、世話役……いや、幼馴染だよ。貴方は、陛下が仰っていた自衛隊の人?」

 説明を聞いていて、幼馴染と言ったところで彼女の表情が若干曇ったことから、比乃はなんとなく『この人、苦労人なんだろうなぁ』という印象を受けた。きっと、その幼馴染の尻拭いだとかをしてるに違いない。

 それは置いておいて、彼女が正規軍側だと理解した比乃は銃を下ろした。

「はい、自衛隊の者です。話に聞いていたよりも酷い状況みたいですが……敵の内通者ですか?」

 あっさり言い当てた比乃に、アイヴィーはまた驚いてから、肯定して頷いてから、難しい顔で話を続ける。

「内通者よりも質が悪いね。近衛に裏切者が混ざってて、父の会社の最新鋭機を奪われて、このざまだよ。コンカラーに乗っていた中で、生き残ったのは私だけ」

 父親のということは、この人はBMGシステムズの関係者の娘さんか、比乃は彼女が護衛対象の一人であることがわかって、安堵の息を漏らした。自分が到着するよりも先に死なれていたらと思うとぞっとする。

「それはまた……大変でしたね」

「それより急がないと、もう一人こちら側の近衛が追ってるけど、あの機体、カーテナには、厄介な装備が搭載されているの」

「厄介な装備? それはいったい……」

カーテナというAMWの名前は知っていたが、その詳しい性能についてまで、比乃は把握していない。英国の試作機である。知っているのはそれこそ英国の軍人と技術者だけだろう。

余程焦っているのか、比乃の質問に答えようともせず、アイヴィーは立ち上がろうとする。

「とにかく、急いでメアリ王女に合流しないと……っ」

 しかし、呻いて倒れかかってしまう。それをを比乃が支えた。見れば、足を酷く挫いてしまったようだった。これでは歩くのもままらなそうだ。彼女の焦りようも、事情がわかれば理解できた。まさか、部隊長の言うやんごとなき人が、英国の王女様だったとは……事の重大さを再認識して、比乃は速やかに行動を始める。

「僕の機体は後部座席がありますから、一先ずそこに乗ってください」

 比乃は「さ、急いで」と有無を言わさず彼女に肩を貸すと、そのままTk-7の前まで歩いて行く。口頭操作で機体の掌を昇降機代わりにして登った。
 彼女を肩装甲の上に座らせると、比乃が座席を前にスライドさせた。そして、搭乗席の後ろ、空いた隙間に押し込むように設置されている、折り畳み式の座席を展開する。

「ちょっと狭いですがそこは我慢してください。耐Gスーツは……今着ている物で大丈夫そうですね、ほんとに狭いので気をつけて」

 言って、アイヴィーをコクピットに滑り込ませるのを手伝ってから、比乃が彼女の身体を補助シートに取り付けられている固定ベルトで固定する。
 一般人であれば、耐Gスーツを着て固定していても戦闘機動など取れないが、訓練を受けている人物を乗せているならば、多少激しい動きでなければある程度の戦闘も可能だ。それでも、気遣ってコクピットの収納スペースから薬剤ケースを取り出す。

「鎮痛剤もありますけど、どうします?」

「うん、ありがとう、でも大丈夫……AMWにそんなものまで積んであるなんて、まるで救急車みたいだ」

「救難活動も視野に入れてますからね、こいつは」

 強がっているかもしれないが、無理に飲ませる必要もないだろう。ケースをしまってから自分の座席に戻り、ハッチを閉じる。座席が前に来たので、若干、足元のスペースが狭くなっていた。だが、フットペダルをほとんど使わない比乃には、さして問題にならない。

「ありがとうね、貴方、名前は?」

 後ろから問われる。比乃は英語でなんて言うんだっけ、と思いながら、自分の所属と名前を告げる。

「陸上自衛隊第三師団機士科所属の日比野です。どうぞよろしく……それで、王女様はどちらに?」

「メアリー王女は戦闘が始まる前に護衛を連れてに逃げたよ。だけど、私たちが裏切者のカーテナを足止めするのに失敗しちゃって……その上、あの機体には光化学迷彩があるから、目視での発見は困難なんだ。それを利用されて……」

「完全に見失って機体も撃破されたと……災難でしたね」

 ステルス迷彩機、英国でそんなものが開発されているとは聞いていたが、実際に敵として遭遇するとは……第四世代機となれば、総合的な機体性能もTk-7より上だろうが、護衛対象の安全を確保するには倒すしかない。敵が王女を見つける前に、こちらが敵を見つけるのが最優先目標になるだろう。

 機体も立ち上がると同時に、各種センサーをオンにする。
 対ステルス装備としては心許ないし、バッテリーの消費も激しいが、やらないよりはマシだし、何より王女を探さなければならない。

「あ、酔い止めもありますけど、いります?」

思い出したように言う比乃に、アイヴィーが不満そうな口調で「いらないよ」と返す。

「そこまで構わないで、大丈夫だから」

 流石にAMWを操縦していた人には無粋だったかと「失礼しました」と謝った。それでも、最初は丁寧に、そして周辺の安全を確認してから、今度はスラスターを使わずにTkー7の脚力のみで跳躍した。格上の相手と戦闘する可能性があるので、スラスターは温存しておきたかった。

 滞空している間に周囲を見渡す。埠頭内には、一般車両がほとんど停車していないのが解る。すでに避難したのか、休日なのだろう。脱出の際、間違いなく戦闘になると考えれば、民間人がいないのは有難いことであった。

 機体が重力に捉まって落下、コンテナの上に着地。数トンの重量で少し足跡がついてしまったが、気にせずもう一度跳躍。今度はm孤島の入り口に展開する大型トレーラーとAMW――露製の第三世代機が、五機もいるのが見えた

 こちらはすでに補足されていると見て間違いないが、こちらに接近してくる気配は見られなかった。態々、こちらを追い立てるよりも、出口を封鎖してから、閉じ込めて中の猟師に獲物を捕らせるつもりなのだろう。

(だけど、どうして第三世代機があんなに)

 どうやって、あれだけの機体を用意したのだろうか……日本政府も馬鹿ではない。海は常に海上自衛隊の潜水艦と海上保安庁の船が巡廻しているし、空輸なんて尚更不可能なはずだ。

(気にはなるけど、今はそれよりも)

 今は目の前の任務をこなすことが優先だ。コンクリートに着地して更にもう一度、今度は少し低めに跳躍した。
 すると、島の中央付近にある倉庫の搬入シャッターが一つ、何かでこじ開けた様にひしゃげているのを見つけた。嫌な予感に胸騒ぎ――

「間に合え!」
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