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第五話「長期的出張と長期的逃亡生活の始まりについて」

第八師団

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 第八師団。そこは、首都東京都に点在する、治安維持を任とした駐屯地の一つである。
 東京事変発生以前は十五しかなかった駐屯地は、今や三十を超える数になっている。米軍の撤退による戦力の低下は、それだけ、日本の自力による国防を求めた。

 しかし、駐屯地の数が増えても、人も機材も足りないので、規模は据え置きとはいかなかった。むしろ、機士や自衛官の不足から、名前と置いてある装備ばかりが師団規模で、人員の実質的な人数は旅団規模という、師団もどきな駐屯地も多い。兵器の量産は容易でも、人材の育成は時間と予算がかかるのだ。

 それ故に、東京にある駐屯地はほぼ全て、東部方面隊中央即応集団であると同時に、とにかく人員補給を迅速に行おうという思惑を持った。それを達成するために、実働部隊の基地であると同時に、機士養成学校も兼ねているという、かなりあべこべな状態となってしまったのだった。

 この第八師団も、その一つである。それでも、中央即応集団としての特性を残したこの駐屯地には、市街地での迅速な活動のため、AMWと高機動戦闘車両が多数配備されている。

 それを証明するかのように、ずらりとそれらの兵器群が並ぶ格納庫の中。

 訓練用のTk-7がランニングしている間を縫うようにして入って来た三両のトレーラーに積まれたAMWが三機、運び込まれていた。

 新しく搬入されてきた、その風変わりなTk-7を見て、この駐屯地の司令である高橋タカハシ一等陸佐が、大柄な体格を揺らして「ううむ」と唸り声をあげた。

「なぁ清水一尉、どーして最新鋭のTk-7改がうちに運び込まれたか解るか」

「はぁ……今のところ解りかねますが」

 問われた自衛官が「まだ資料を読んでいる所でして」と答える。隣の一佐に比べ、相対的に線が細く、気が弱そうな印象を周囲に与えるのは、清水キヨミズ一等陸尉である。この駐屯地に設置されている機士養成学校の総責任者でもある。
 並ぶと凸凹コンビという言い方がしっくり来る二人は、沖縄から送りつけられてきた資料を読み終えて、揃って首を傾げる。

「うちを選んだ理由は保有訓練場の面積、ハンガーのでかさ、東京技研からの近さ……それと、通学路に一番近いからだそうだ……これ、どこの方式の暗号だろうな」

「……恐らく、そのままの意味ではないかと」

 清水が視線を向けた先では、整備士とTk-7のセッティングについて話している機士用のパイロットジャケットを着た。どう見ても中学生かそこらにしか見えない三人の機士がいた。比乃、心視、志度の陸曹三人組である。

 東京にある駐屯地で最も敷地面積が広く、AMW用の格納庫が大きく、更には比乃らの通学路から近いという理由でここを選んだ部隊長が、あの手この手で、第八師団の格納庫の一角と演習場の利用権を引っ張り出したのだった。

 どのような交渉や脅迫が上層部と部隊長の間で行われたかは、ここでは省略させていただく。

 高橋が観察すると、三人は慣れた様子でテキパキと自機を指差しながら整備士に指示を出していて、かなり経験豊富な機士であるということが解る。
 聞けば、あの真ん中に立っている日比野三曹とやらは、まだ技本のシミュレータでしか、あの機体に触れていないという。若いのに大した物だと、高橋が再度唸る。

 ちなみに、このシミュレータとは『Tk-7改に対する人間のシミュレート』と言われていた。つまり機体の基本的な戦闘動作に人間側がついてこられるかを試す物である。比乃はこれを、顔色も変えずにすんなりとパスしていた。
 これを無事に突破できたテストパイロットは比乃一人であるので、実際、大した物なのである。

「あの出で立ちと年齢でここにいる機士の誰よりもスコアが上か。第三師団、噂以上の場所のようだな」

「……一佐、これはひょっとすると使えるかもしれませんよ」

「何にだ」

 部下の閃きに、高橋は「言ってみろ」と発言を促して、にやりと笑う。

 こいつの言う「使える」は外れた例がない……ただし、今こいつが直接対応している訓練生共に関して以外で、という言葉が付くが、それ以外なら非常に優秀だ。
 だから、無理やり教育責任者なんて物を押し付けて異動を回避させて手元に置いているのだ。

 言われた清水もにやっと笑う。見た目はともかく、中身は似た者同士の二人なのである。
 利用できるものは利用する――それが稼働機の半分しか機士がいない万年人手不足の駐屯地における常識だった。

「うちの“女子”が最近口煩く言うセクハラというしごき回避の言い訳も、まさか未成年には言うまいと思いましてね。それに、競馬の騎手と機士は小柄な方が有利とか言って調子乗ってるあいつらに、同じ条件でも経験が段違いの機士の実力。見せつけてやるいいチャンスだとは思いませんか」

「――よしわかった。日野部にはこっちから通しておこう。ここハンガーを貸す借しを返せとでも言っとけば少しくらい協力してくれるだろ」

「ご理解が早い、流石は一佐殿」

「お前もな、教育責任者殿」

 言って、二人は「ふははははぁ」と悪そうに笑った。
 それを遠巻きに見ていた比乃に「なんですあれ」と聞かれた整備士が「いつものことですので、お気になさらず」などと返すやりとりがあったりしたが、この日は特に問題もなく、スムーズに三人の専用機となったTk-7改の搬入作業が行われたのだった。

 作業を終えてからハンガーを離れた三人は、第八師団中枢の企てなど露知らず、電話で呼び出したタクシーに乗り込んだ。比乃が同僚二人の肩をぱんぱんと叩いて、少しはしゃぎ気味に言った。

 「さぁ、僕らの新しい家を見に行こう!」
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