自衛隊のロボット乗りは大変です。~頑張れ若年陸曹~

ハの字

文字の大きさ
上 下
11 / 344
第二話「正体不明の敵に対する自衛隊の対処法について」

予兆

しおりを挟む
 小葉ら侍女の私室は銀月の居室がある正房せいぼうから裏手に伸びた渡り廊下の先、後罩房こうとうぼうにある。翠明、黒花も同じ房に部屋があり、一番若い小葉は渡り廊下から一番遠い一室を与えられていた。
 
「だから、昨夜仕事が終わって下がらせてもらってから、耳飾りもかんざしも外してこの卓に置いておいたのよ」

 そういって彼女は部屋の隅に置かれた卓を指さした。藍色の敷物に乗った猫足の卓上には小さな鏡が立てられていて、飾り物を並べる小皿もある。白狼も見た事がある帯飾りと小ぶりな簪が二本、大切そうに並べられていた。小葉は若い割には衣裳道楽にはあまり興味がなく、給金の多くを食材やら調理用具に使っていると聞いたが本当らしい。
 ぞろぞろと付いてきた銀月とその側近たちを背に、ふうん、と白狼は鼻を鳴らした。この騒動をどうしたものかと思案している翠明や黒花、訝し気にしている周、興味深げな銀月。それぞれの視線が背に刺さるが、白狼はお構いなしにあたりをきょろきょろと伺った。

 有能な銀月の側近たちだが、ともに暮らすうちにそれぞれの個性が分かって来ていた。

 護衛宦官の周はとんでもなく単細胞である。過去に何があったかは知らないが忠誠を誓っている銀月の命令は彼にとって絶対らしい。本当に宦官かと思うほどに立派な体躯をしており、剣技を振るえばそこらの兵など相手にならないのではないかと思う。ただし、頭脳戦はからっきしらしく、周には銀月の囲碁の相手は務まらないと白狼が知ったのはつい最近である。

 礼儀作法に厳しい侍女頭の翠明は、後宮内外に情報網を張り巡らせており銀月の頭脳面での片腕である。几帳面で老獪な糞婆という一面もあるが、逆に情が深く面倒見が良い。なんだかんだいって白狼に対して立ち居振る舞いの教育を諦めないのだから、すごい人である。銀月の乳母を勤めたとあれば銀月が逆らえないのも当然であった。

 黒花はすらりとした細身の美女だ。外見に似合わず気安い質で、白狼の砕けた物言いにもひるまず軽口を返してくる女だった。また白狼ほどではないが身が軽く体術に優れているので周が居ない際には護衛も買って出る。しかし腕力がない。小柄な白狼に腕相撲で負ける程度に。

 そして小葉。一番若い侍女で炊事、洗濯、掃除など雑用ならなんでもござれという、実は銀月の宮ではとても貴重な家事専門の働き者だった。宮廷作法に忠実な動きをしながらも掃除と洗濯の合間に自ら厨房にこもりおやつを作るという、白狼にはおよそ信じられない行動を見せる。
 働き者の小葉のおかげで宮の内部はいつもきれいに整頓されており、中庭にも枯れ葉一枚落ちていない。掃除後に塵捨てを言いつけられる白狼は、その細かい塵の量にいつもびっくりさせられていた。

 しかしこれは表から見える所の話である。

 帝姫である銀月の宮には皇帝をはじめ皇后の使者など、いつ何時来客があるか分からない。わずかな気のゆるみがで足元をすくわれる可能性がある。翠明に叩き込まれた作法で必死に仕事をこなす小葉も、自室がある裏に帰ればその反動が出てしまうこともあるらしい。
 白狼は卓と反対側の壁際に目をやった。そこにはやや乱雑に寝具が畳まれた寝台がある。朝の支度に手間取ったのか、とりあえずといった畳み方だ。表では決して許されない作法だが、自室ならという油断もあろう。

 ――つまり自室での小葉は、若干、いやかなり気を抜いてしまうのだ。

「昨夜、小葉さんが戻ってきたのは何時頃だっけ?」
「何時ごろだったかしら、夕餉の後片付けをしてそのあとちょっと厨房のお掃除をしてだから……」
「まあつまり、いつもみたいに遅かったってわけだよな」
「そうね」

 であればいつもと同じ程度に疲れて部屋に戻ってきたに違いない。さて、と白狼は卓の下に潜り込んだ。明り取りの窓はあるが卓の下は薄暗い。目視できない壁と卓の間や、敷物の裏、板の目の隙間などに指を這わせることほんの数呼吸。
 敷物の端にある房飾りの一つで、指先に固い突起が触れた。そうっと絡む糸をほぐすと、中からころんとした小さな珠が付いた耳飾りが出てくる。暗がりで見ればくすんだ色合いの珠だが、珊瑚とか言っていたはずなのでおそらくこれだろう。
 やっぱりな、と白狼は肩を竦めた。
 仕事が終わって一息ついた小葉は、いつも通り気が抜けた状態で簪や耳飾りを外して着替えを行ったのだろうが、その時自分が思っているより幾分乱暴に動いたのだろう。外して皿においたはずみで落ちたか、それとも衣を脱いだ時に皿に当たったのかは分からないが、何らかの拍子に落ちた耳飾りは敷物の房飾りに紛れて上手く見つからなかったらしい。

「これじゃねえの?」

 立ち上がった白狼は手の中の耳飾りを小葉に見せた。明るいところで見れば珠は濃い桃色で、まろい光を帯びている。小葉の表情が、あ、というものに変わった。

「これ……私の耳飾り……」
「だろ? 敷物の中に紛れてた」
「え? でも、私も朝起きてそこは探したのに」
「敷物の房飾りに絡まってたんだよ。暗いし、朝はあわただしいし、小葉さん慌てて細かく見てなかったんじゃねえの?」
「……そうかも」
「見たとこ珊瑚に欠けもなさそうだし、これでいいよな?」
「う、うん…そう、ね」
「そうね、ではありません。小葉、白狼に謝りなさい」

 手渡された耳飾りを見て、小葉がしょんぼりと肩を落とす。白狼として嫌疑が晴れればそれでよいのだが、そこは厳しい翠明がぴしゃりと叱りつけたのだった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

『インパルス』~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~

時雲仁
SF
ある日、900億円を手に入れた。 世界的規模で宝くじを運営している会社の ジャックポットくじに当たったのだ。 普段と変わらぬ日常を送っていたのだが、 ある日勤め先のスキャンダルを知る事になり…… ※時代設定は現代~近未来を想像して頂けると! ※現代日本では有りますが、並行世界です。 ---------------------- ■投稿サイトに関して(別サイト掲載先) ・小説家になろう ・ツギクル ・カクヨム ・ノベルバ ※最新版は"なろう"になります。

【書籍化】パーティー追放から始まる収納無双!~姪っ子パーティといく最強ハーレム成り上がり~

くーねるでぶる(戒め)
ファンタジー
【24年11月5日発売】 その攻撃、収納する――――ッ!  【収納】のギフトを賜り、冒険者として活躍していたアベルは、ある日、一方的にパーティから追放されてしまう。  理由は、マジックバッグを手に入れたから。  マジックバッグの性能は、全てにおいてアベルの【収納】のギフトを上回っていたのだ。  これは、3度にも及ぶパーティ追放で、すっかり自信を見失った男の再生譚である。

Select Life Online~最後にゲームをはじめた出遅れ組

瑞多美音
SF
 福引の景品が発売分最後のパッケージであると運営が認め話題になっているVRMMOゲームをたまたま手に入れた少女は……  「はあ、農業って結構重労働なんだ……筋力が足りないからなかなか進まないよー」※ STRにポイントを振れば解決することを思いつきません、根性で頑張ります。  「なんか、はじまりの街なのに外のモンスター強すぎだよね?めっちゃ、死に戻るんだけど……わたし弱すぎ?」※ここははじまりの街ではありません。  「裁縫かぁ。布……あ、畑で綿を育てて布を作ろう!」※布を売っていることを知りません。布から用意するものと思い込んでいます。  リアルラックが高いのに自分はついてないと思っている高山由莉奈(たかやまゆりな)。ついていないなーと言いつつ、ゲームのことを知らないままのんびり楽しくマイペースに過ごしていきます。  そのうち、STRにポイントを振れば解決することや布のこと、自身がどの街にいるか知り大変驚きますが、それでもマイペースは変わらず……どこかで話題になるかも?しれないそんな少女の物語です。  出遅れ組と言っていますが主人公はまったく気にしていません。      ○*○*○*○*○*○*○*○*○*○*○  ※VRMMO物ですが、作者はゲーム物執筆初心者です。つたない文章ではありますが広いお心で読んで頂けたら幸いです。  ※1話約2000〜3000字程度です。時々長かったり短い話もあるかもしれません。

EX級アーティファクト化した介護用ガイノイドと行く未来異星世界遺跡探索~君と添い遂げるために~

青空顎門
SF
病で余命宣告を受けた主人公。彼は介護用に購入した最愛のガイノイド(女性型アンドロイド)の腕の中で息絶えた……はずだったが、気づくと彼女と共に見知らぬ場所にいた。そこは遥か未来――時空間転移技術が暴走して崩壊した後の時代、宇宙の遥か彼方の辺境惑星だった。男はファンタジーの如く高度な技術の名残が散見される世界で、今度こそ彼女と添い遂げるために未来の超文明の遺跡を巡っていく。 ※小説家になろう様、カクヨム様、ノベルアップ+様、ノベルバ様にも掲載しております。

異世界帰りの底辺配信者のオッサンが、超人気配信者の美女達を助けたら、セレブ美女たちから大国の諜報機関まであらゆる人々から追われることになる話

kaizi
ファンタジー
※しばらくは毎日(17時)更新します。 ※この小説はカクヨム様、小説家になろう様にも掲載しております。 ※カクヨム週間総合ランキング2位、ジャンル別週間ランキング1位獲得 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 異世界帰りのオッサン冒険者。 二見敬三。 彼は異世界で英雄とまで言われた男であるが、数ヶ月前に現実世界に帰還した。 彼が異世界に行っている間に現実世界にも世界中にダンジョンが出現していた。 彼は、現実世界で生きていくために、ダンジョン配信をはじめるも、その配信は見た目が冴えないオッサンということもあり、全くバズらない。 そんなある日、超人気配信者のS級冒険者パーティを助けたことから、彼の生活は一変する。 S級冒険者の美女たちから迫られて、さらには大国の諜報機関まで彼の存在を危険視する始末……。 オッサンが無自覚に世界中を大騒ぎさせる!?

僕の秘密を知った自称勇者が聖剣を寄越せと言ってきたので渡してみた

黒木メイ
ファンタジー
世界に一人しかいないと言われている『勇者』。 その『勇者』は今、ワグナー王国にいるらしい。 曖昧なのには理由があった。 『勇者』だと思わしき少年、レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言っているからだ。 どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。 ※小説家になろうにも随時転載中。 レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。 それでも皆はレンが勇者だと思っていた。 突如日本という国から彼らが転移してくるまでは。 はたして、レンは本当に勇者ではないのか……。 ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。 ※小説家になろう、カクヨム、ネオページにも掲載。

処理中です...