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第一話「我が国のテロ事情とその対策について」

整備士とコーヒー

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 陸上自衛隊沖縄方面第三師団機士科所属の三等陸曹、日比野 比乃は現在、空港のロビーの片隅にある、人目に付かない長椅子の上で正座を強要されていた。

 しっかりと靴は脱いで揃えて置き、背筋はぴんと伸ばして、手はお膝。
 それは見事な正座っぷりであった。

「いやね、急とは言え任務だったし、それはしっかりと結果出して解決したし、飛行機に乗り遅れたことは別に怒ってないよ自分は、キャンセル待ちでなんとかなったし」

 そう言って、どこかしゅんと肩を落としている比乃の前を、無表情で行ったり来たりしているのは、比乃に正座をさせている張本人。
 端的に言うところのAMW整備士で、比乃と同じ師団に所属する森一等陸曹である。

 彼は、車が運転できない比乃の足となるべく同行してくれている世話好きのあんちゃんなのであるが、少し説教くさい所があった。

「……それにしては、機嫌が悪そうですね、森さん」

「これは比乃が使ったTkー7の足回りをこれからオーバーホールして直すであろう東京在中の整備仲間の怒りだよ?」

 つい数時間前まで、非情なテロリストから人質となった一般市民を間接的に救った局地的な英雄であった比乃だったが、階級も上な上に、自分達が扱うAMWの面倒を毎日見てくれている整備士の森には、頭が上がらない。

 その森一曹は、短い頭髪に日焼けした肌をしていて、体格の良い体をゆらゆらと揺らしている。
 中学生くらいの男子を正座させている姿は、いくら目立ちにくい場所とは言え、遠目に見てちょっと近寄りがたい感じの人にみえた。

 しかし、森はそんなことは御構いなしで、淡白な口調で比乃の罪状をあげていく。

「借り受けた機体の下半身にクラスBの損傷か……あのねぇ、借り物の機体なんだからもっと丁寧に扱わないとダメだよ?  というか前にTkー7壊した時にも言ったけど、Tkー7の外装が超合金Zとかガンダニュウムみたいな謎強度物質で出来てると勘違いしてない?  打撃戦を想定してる造りとは言えども、中身は精密部品の塊だよ?  それを奇襲が手っ取り早いってだけで、無理な長距離跳躍して光太郎から技を借りてキックするのは、いささかどうかと思うのだよ自分は」

 そう、比乃は事件のスピード解決のため、Tk-7のワイヤーアンカーを使って遠距離から大ジャンプして、文化会館前にいた敵機に飛び蹴りをかますという、かなり無茶な行動をとっていたのだ。
 始末書を書かされても仕方がない蛮行と言えた。

「じょ、状況は急を要すると思って……それにTkー7のスペックならいけるかと……」

「確かに、確かによ。Tkー7のスペックならあのくらいのことやれて当然だけどもさ、やれるとやっていいはまた別問題。かの対米実用機選定模擬戦でも、比乃と同じことやって勝った機士がいたけど、そりゃあきつく怒られたって話だよ」

「はぁ……」

「ともかく、機体に過負荷を与える戦い方も、廃墟とは言えど市街地の上をすっ飛ぶのも大変危険なの!  それが原因で死んだりしたら大変だし、そうでなくても、吹っ飛んだ時に出た残骸とかの後処理をしたり、そういうお話が好きなマスコミに一生懸命説明してるのは現地の自衛官の方々なんだ!  ほれ、あっちの方角に頭を下げて、誠心誠意を込めてお辞儀するのだ比乃」

「とってもごめんなさいでした……」

「よし、代わりに自分が許す。でも後で謝罪とお礼の手紙を出すんだ、いいね?」

「はい……」

「うむ、ではひとまず整備士としての話はこれで終わり。次に先輩として少しだけ……お疲れさん、よく人的被害なしでテロリストを止めたね」

 にこりと不器用に笑うと、森は比乃の頭を乱暴にぐりぐり撫でて、いつの間に買ったのか、懐から甘めの缶コーヒーを取り出して、比乃にパスした。

   それを受け取って正座を崩した比乃の「ありがとうございます」という礼に「うむ」と敢然に答えて、自身も野菜ジュースのパックを取り出して飲み始める。

 こういう所が、比乃がこの説教くさい兄貴分を嫌いになれない一旦である。

 それからしばらく、飛行機の時間まで後少しくらいで、静かにメモ帳に何かを書いていた森が、窓の外を退屈そうに眺めていた比乃に声をかけた。

「ねぇ比乃、これは好奇心から来た質問なんだけども」

「はい?  なんでしょう」

 振り向いた比乃に、レポーターよろしくメモペンをビシッと向けて

「さっきの事件のとき、大跳躍から敵機に飛び蹴り、あれどうやったの?」

 ちらりと見えたメモ帳には、Tkー7のスペックだとか、件の第二世代AMW、ペーチルと同じ露製の『トレーヴォ』の装甲厚だとか、いつ調べたのかその時の位置関係や飛距離などが書かれていた。
 どうやら紙上で比乃がやった大跳躍キックについて検証していたらしい。

 聞かれた比乃は「どう、と聞かれても」と少し困り顔で頰を掻き。

「普通に空中で姿勢制御をして安定域まで持って行って、そのまま勢いに任せて飛び蹴りの姿勢に入ったとしか……」

 本当にそれくらいなんですけど、と言ってのける比乃に、森は無表情の裏で冷や汗をかいた。

 なるほど確かに、操縦桿とフットペダルを補助にして、思考のフィードバックによる操縦、DLSをメインに持って来てやれば、そのくらいの芸当は……雑技団レベルならできるだろう。

 それでも、少しでも操縦ミスをすればバランスを崩して墜落、大惨事になっていただろう。
 まず、まともな技量と考えを持つ機士なら、やろうとも思わない。
 しかし、比乃はそれを相当な無茶だったとか、失敗するなど微塵も思っていないように見えた。

 さらに言えば、いくら思考をフィードバックすると言っても、それを操縦しているのは陸上生物である人間で、AMWの機体構造もそれを模した物である。
 決して、空中での姿勢制御に優れた構造とはとは言えないのだが、

「……とりあえず、比乃が出来ると思っても、もうやっちゃダメだからね。やるとしても周囲の安全と自分の命を第一に考えること、いいね?」

「わかりましたって、必要がなければもうやりませんよ」

 比乃がなんとも無さ気に言うが、森は内心『必要性があればまたやるつもりなのかこいつ』と戦々恐々していた。

 そうこう話している間に、森の腕時計がアラームを鳴らす。
 AMWではなく、ちゃんとした飛行機でのフライトの時間だ。

「それにしても、これで戻ったらサバイバル訓練だなんて、機士のハードさには同情するよ自分は」

「大丈夫ですよ森さん、僕はまだまだ十七歳、元気盛りですから!」

「若いっていいなぁ」

 元気一杯とばかりにポーズを取ってみせた比乃を半分呆れた顔で見ながら、森は飲み干した野菜ジュースの紙パックを屑かごに放り込んで、比乃を連れ添って搭乗口へ向かうのだった。
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