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佳代子の記憶
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佳代子は家に帰るとソファーに座ってテレビを見ていた。面白いはずの番組も今日はなぜかつまらなく感じる。引っ越した部屋は女一つにしちゃ大きく、男物も並んでいる。葵のものだった。あれから捨てるに捨てられずそのまま放置されたままだった。
(すぐに思い切ったことしなきゃよかったなぁ)佳代子はそうぽつりと呟きながら冷蔵庫からジュースを取り出そうとキッチンへ向かった。冷蔵庫を開けるとビールが入っていた。手を伸ばしたまま佳代子は過去の自分を思い浮かべた。北川君。確かそんな男子がいた気がする。慌てて本棚から彼が残した卒業アルバムを取り出し、開いた。彼は同じクラスだった。モサッとした男子で、何か話しかけてもあまり答えてはくれない、つまらない子だったと記憶していた。だから佳代子にとっては記憶には残っていなかったのかもしれない。常にマスクをしていたような気がする。卒業アルバムに移る彼のほとんどはそうだった。だが、一人ずつ撮られた写真は前髪を上げ、マスクを外していた。
「っ…」幼さはあるものの、北川君そのものだった。切れ長の目をしていて顔は整っている。かわいい感じのイケメンだった。よく思い浮かべれば彼と過ごした中学校生活は楽しかったかもしれない。頭よくて、教え方が上手で丁寧で、人に気を使って話したり、優しさがある。そんな子だった。今の彼もそれが残っている。乱暴な言葉なんて聞いたことがない。
それに、このテレビの番組も彼が好きでこの家に引っ越してきてから一緒に見て笑ったものだった。とても楽しかったのを覚えている。一緒に過ごした光景を思い出し、もう一度会いたいって思った。だけど…。佳代子はどう連絡したらいいのか躊躇った。ストーカー被害に遭ってることを話したら親身になって聞いてくれたり、板倉が彷徨っている証拠を取ったのは北川だ。彼は何でも知っている。いつでも見守ってくれていたのか。見られていた恐怖よりも、板倉のしていた散々な浮気の方が私は嫌いだ。
(変な女なのかもなぁ)ビールを開けコップに注いだ。考える為の、考えるためには必要かなと思った。あんなに「好き」だと言ってくれた人は過去にいただろうか。今まで付き合った人、好意を寄せてきた人はいたが、どれもちゃらんぽらんでどうしようもない人ばかりだ。結衣の邪魔に引っかかるような、浮気癖のある人、ナンパが趣味の人、どれも私には合わない。なら、ずっと昔から自分しか見てなかった人はどうだろうか。佳代子の嫌がることはしないようにしたり、頼り無さそうだけどずっと一緒にいると安心できそうな人。佳代子はソファーの足元に背中を預けながら頭を座席に預け上を向いた。電気が眩しく、光り輝いている。
静寂が流れる中、急にスマホが音を立てて鳴りだした。開くと葵からだった。「葵君?」会いたいって思っていた人からの電話で緊張して声が裏返ってしまった。
「…ごめん。もうこれで最後の電話だよ。もう掛けたりしない。君に嫌われるのが怖いから…ただどうしても言っておきたいことがあって…返事はしなくていいからね。忘れちゃっていいから。ただ…ずっと君のことが好きだったんだ。…こんな時に電話なんかかけてきてごめんね」早口で葵はそう言った。いうだけ言って電話を切ろうとした。彼の精いっぱいの告白だった。
「まって…」慌てて佳代子がそう言わないと切れてしまいそうだった。
「…」
「…」
お互いが黙っている。一瞬本当に切れたのかと思い、佳代子はスマホを耳から外し画面を眺めた。通話時間が進んでいる。切れてはいなかった。
「…あのね、私も伝えたいことがあって…」自分でこんなことを言ったことあっただろうか。初めてのドキドキした気持ちで顔から火が出そうだ。目の前にもしいたら顔を伏せていたと思う。
「…なに?」優しい落ち着いた声だった。
この声をずっと聞いていたいと思う。低すぎず高すぎず、少し色気のある声だった。
「別れようなんてもう言わない。長い間苦しめてごめんね。…ずっと逢いたいって思えたの…」彼の落ち着いた声で自分もゆっくりと話せた。自分の気持ちに素直になろうって思えた。葵は佳代子の言葉に驚きながら
「いいの?僕で…」と聞いた。涙がなぜか出てくる。それを抑えながら佳代子は頷いた。
「そっか、ありがとう」葵はその後、どこかご飯でも行く?と誘ってくれた。ちらりとテーブルの上に置かれた缶を見た佳代子はすぐに返事をした。
「待ってて、すぐ迎えに行くから」葵はそういうと電話を切り、嬉しさのあまり、近くで様子を伺ていた黒井に飛びついた。「やったよ」嬉しそうに喜ぶ葵の背中をポンと叩き
「よかったな」と笑った。
(すぐに思い切ったことしなきゃよかったなぁ)佳代子はそうぽつりと呟きながら冷蔵庫からジュースを取り出そうとキッチンへ向かった。冷蔵庫を開けるとビールが入っていた。手を伸ばしたまま佳代子は過去の自分を思い浮かべた。北川君。確かそんな男子がいた気がする。慌てて本棚から彼が残した卒業アルバムを取り出し、開いた。彼は同じクラスだった。モサッとした男子で、何か話しかけてもあまり答えてはくれない、つまらない子だったと記憶していた。だから佳代子にとっては記憶には残っていなかったのかもしれない。常にマスクをしていたような気がする。卒業アルバムに移る彼のほとんどはそうだった。だが、一人ずつ撮られた写真は前髪を上げ、マスクを外していた。
「っ…」幼さはあるものの、北川君そのものだった。切れ長の目をしていて顔は整っている。かわいい感じのイケメンだった。よく思い浮かべれば彼と過ごした中学校生活は楽しかったかもしれない。頭よくて、教え方が上手で丁寧で、人に気を使って話したり、優しさがある。そんな子だった。今の彼もそれが残っている。乱暴な言葉なんて聞いたことがない。
それに、このテレビの番組も彼が好きでこの家に引っ越してきてから一緒に見て笑ったものだった。とても楽しかったのを覚えている。一緒に過ごした光景を思い出し、もう一度会いたいって思った。だけど…。佳代子はどう連絡したらいいのか躊躇った。ストーカー被害に遭ってることを話したら親身になって聞いてくれたり、板倉が彷徨っている証拠を取ったのは北川だ。彼は何でも知っている。いつでも見守ってくれていたのか。見られていた恐怖よりも、板倉のしていた散々な浮気の方が私は嫌いだ。
(変な女なのかもなぁ)ビールを開けコップに注いだ。考える為の、考えるためには必要かなと思った。あんなに「好き」だと言ってくれた人は過去にいただろうか。今まで付き合った人、好意を寄せてきた人はいたが、どれもちゃらんぽらんでどうしようもない人ばかりだ。結衣の邪魔に引っかかるような、浮気癖のある人、ナンパが趣味の人、どれも私には合わない。なら、ずっと昔から自分しか見てなかった人はどうだろうか。佳代子の嫌がることはしないようにしたり、頼り無さそうだけどずっと一緒にいると安心できそうな人。佳代子はソファーの足元に背中を預けながら頭を座席に預け上を向いた。電気が眩しく、光り輝いている。
静寂が流れる中、急にスマホが音を立てて鳴りだした。開くと葵からだった。「葵君?」会いたいって思っていた人からの電話で緊張して声が裏返ってしまった。
「…ごめん。もうこれで最後の電話だよ。もう掛けたりしない。君に嫌われるのが怖いから…ただどうしても言っておきたいことがあって…返事はしなくていいからね。忘れちゃっていいから。ただ…ずっと君のことが好きだったんだ。…こんな時に電話なんかかけてきてごめんね」早口で葵はそう言った。いうだけ言って電話を切ろうとした。彼の精いっぱいの告白だった。
「まって…」慌てて佳代子がそう言わないと切れてしまいそうだった。
「…」
「…」
お互いが黙っている。一瞬本当に切れたのかと思い、佳代子はスマホを耳から外し画面を眺めた。通話時間が進んでいる。切れてはいなかった。
「…あのね、私も伝えたいことがあって…」自分でこんなことを言ったことあっただろうか。初めてのドキドキした気持ちで顔から火が出そうだ。目の前にもしいたら顔を伏せていたと思う。
「…なに?」優しい落ち着いた声だった。
この声をずっと聞いていたいと思う。低すぎず高すぎず、少し色気のある声だった。
「別れようなんてもう言わない。長い間苦しめてごめんね。…ずっと逢いたいって思えたの…」彼の落ち着いた声で自分もゆっくりと話せた。自分の気持ちに素直になろうって思えた。葵は佳代子の言葉に驚きながら
「いいの?僕で…」と聞いた。涙がなぜか出てくる。それを抑えながら佳代子は頷いた。
「そっか、ありがとう」葵はその後、どこかご飯でも行く?と誘ってくれた。ちらりとテーブルの上に置かれた缶を見た佳代子はすぐに返事をした。
「待ってて、すぐ迎えに行くから」葵はそういうと電話を切り、嬉しさのあまり、近くで様子を伺ていた黒井に飛びついた。「やったよ」嬉しそうに喜ぶ葵の背中をポンと叩き
「よかったな」と笑った。
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