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佳代子

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 結衣の顔を見るとなんだか腹が立つ。そのわけを知っている。簡単に言えばこの女が私の元カレを取ったのだから。しかもこれ見よがしに婚約指輪までつけて。何がしたいんだろう。あいつはあんなことを考える奴だったか?いや、違う。きっと結衣が欲しいとせがんだのだろう。それに何かを頼まれると断れないあの男はひょいひょいそのお願いに答えたに違いない。あぁ、考えるだけで気持ち悪くなる。目を合わせたくもない。同じ事務仕事をしているにも、同じ空気を吸っているのも嫌だ。しかもこんな憎ったらしい女の仕事を引き受けなきゃならないなんて。佳代子は今日も残業で帰りが遅くなった。やっと仕事を終え、「なによ、私に仕事押し付けてさ」道端に転がる小さな石を力任せに蹴り飛ばした。その石は闇にのまれ見えなくなる。

「何がデートよ、デートだから先に帰りますって?ふざけんじゃないわよ」見えなくなった小石を見つけ再び佳代子は蹴り飛ばす。ふと後ろから自分の足音とは違う音が聞こえてきた。佳代子は立ち止まり、恐る恐る後ろを向いた。高ぶっていた感情が一気に下がる。この感じ、毎日のことだ。後ろを向いても誰もいない。だけど誰かの足音が聞こえる。マンションの部屋に入っても誰かが外から見ていたこともあった。

(ストーカー?)まだ足音は消えず、こちらに向かってくるのが分かる。近づきすぎないように、かといって離れないように…そういった足ぶりだ。姿が見えないのが余計に恐怖が増す。

 佳代子は走ってマンションの中に入った。部屋の前に立ち、鞄から鍵を探した。(あれ?)手がもたついて思うように動かない。気が焦ってかえって時間がかかる。誰かが階段を上ってくる音がした。

(やめて…)もう時間は22時をとっくに過ぎていた。寄り道しなきゃよかった。この時間は誰もほとんど歩いていない。だからちょっとは安心していたのに。

(もしかしてただの同じマンションの人なんじゃないの?)そう思うように考え、もたつく手を落ち着かせた。足音は5階へ上がってきている。佳代子のいる階だ。ここは佳代子しか住んでいないはず。その上は屋上だし…。チャリ…。金属音が聞こえ、ほっとして周りを見ながら扉を開けた。

(っ…!)入る前に誰かの人影が見えた。細身の男だった。

 鍵をかけ、チェーンを付けて、念のため空いている椅子でガードした。被害妄想と言われるかもしれないが、念には念を入れてのことだった。

(はぁ…)全てのことが終わると佳代子はソファーに力が抜けた様にへなへなと腰を下ろした。これからお風呂に入るのだるいなぁ…。一度下ろした腰を中々上げるのは困難で、明日はお休みだしとソファーに座ったまま眠ってしまった。

 目を覚ますと日は登っていた。カーテンの隙間から部屋に射しかかる光が眩しい。佳代子はソファーから起き上がり大きくのびをした。洗面台に映る自分の顔が化粧が落ち酷くみっともなくなっている。服を脱ぎ、シャワーを浴び出てきては朝食を作る。いつもの静かな朝だ。テーブルの上でけたたましく鳴るスマホがなければ。

「うるさいなぁ」

始めはただのアラームだと思った。だが、広げてみるとそうではなく何件も着信が来ていた。非通知でかかってきている電話で切れると何度も鳴りだす。昨日のことがあってから佳代子は恐怖を感じた。玄関にたけかけてある椅子はそのままだ。ホッとはしたが、嫌な推理のようなものが頭の中で流れた。

(電話が来て起きたわけではなく、私が起きた途端に鳴り出したの?)

「いや、まさかね」

自分の被害妄想ぶりに笑えて来る。手に持っていたスマホは静かになった。ホッとしてそれをテーブルの上に置くと別のところから音楽が鳴り出した。

「え?」

音がする方を見ると赤く光っている個電だった。

「なんだ、お母さんかなぁ」

母は携帯を持つのが嫌だとかで、スマホに掛けるとお金が掛かるとかで私の家に個電を付けて行った。その為、この電話は親と私を繋ぐものになった。

 佳代子は受話器を耳に当てた。

「…」

何も物音がせず切れた電話。しんと静かになる部屋。佳代子がずっと受話器を持ったまま固まっていた。あたりを見渡しても何も変化がない。遠くの方から秒針を刻む音が聞こえるだけだ。それが異様に大きく聞こえ、規則正しいその音が余計佳代子の心を乱した。誰にも相談ができない。だけど…

「誰?お母さんじゃないの?」

念のため母親にかけなおしたが、

「何言ってるの?」と笑われた。近況報告をして佳代子は電話を切った。怖くなった佳代子は個電の受話器を置いて、スマホの電源を切った。
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